爆弾発言

「お邪魔します」


 少し遅れてやってきたクローサさんはクラーの隣、アリシアの正面に腰を下ろした。


「じゃあ早速本題に……といきたいけどこの後の事もあるし、食べながら話そうか」


 俺の提案に三人とも頷く。実を言うと今日はまだ学園はお休み中。なのに何故俺たちは制服を着ているかと言うと、前々から計画されていたSクラスの上級生によるSクラスの歓迎会が行われるらしい。


 それに参加すべく、俺たちは学園に通うのと同じように朝の支度をしていたのだ。そのことを通達されたのが昨日で、クローサさんと約束をしたのは一昨日だった為、ゆっくりと話す時間も限られてしまった訳だ。


「「いただきます」」


 俺とアリシアはいつもの様に食事の挨拶をした。街でも食事をした事があるが、やはりこの文化は根付いていないようだった。


 しかし、クローサさんの反応は違った。


「え……?お二人共何故それを…」

「ん?何故って…もしかしてこの挨拶のこと何か知ってる?」

「知ってるも何も、それは魔族に広まる儀式です」


 彼女の言葉に絶句する俺たち。まさか、魔族の間で広まっているとは考えていなかった。


「そうなんだ。実は魔族に関する古い資料があったから参考にね」

「なるほど…。私が聞いたのはここ数年で再ブレイクを果たした儀式のことだったのですね」


 正直に渡り人なので、とは言えるはずもなく、適当に答えたのだが…。


 えっ、もしかして彼女自身も詳しくは知らなかったのか?広まっていると言うのも風の噂程度で、新しくできた文化に対して俺が変な歴史を付け加えてしまったのか…?


 ま、まぁ魔族の歴史とかよくわからないし、本当に昔から存在する儀式の可能性もあるだろう。彼女には悪いがこの件はこのままで…。


「だがそうなると少し不味くないかい?魔族の間で広まっているだけとはいえ、何処で誰が聞いているかも分からない」

「確かにそうだな。最悪、魔族との関係性を疑われるかもしれない」


 実際に関わっているので疑いも何もないんだが、彼女が魔族とバレてしまうのは非常に良くない。他国に知られてしまえばカルスニア王国は魔族を保護していると、非難される口実にもなってしまう。


「となると、今後は控えた方が良い…ですよね」

「あぁ、今までの行動は少し迂闊だったと反省しなきゃね……っと、話が脱線しすぎたね。時間もあまり無いし手短に話そう」


 幸いにもまだ焦るような時間ではない。それに今すぐに話さなければいけないようなことではないので、歓迎会が終わった後にでもゆっくりと話せる時間を作ればいいだけだ。


「あの、先程から皆さん魔族魔族と口に出されていますが、大丈夫なのですか?」


 控えめに手を上げ尋ねてくるクローサさん。そりゃ説明していないと不安にもなるよね。


「その事なら安心して。魔術で魔族みたいなキーワードは聞こえにくくなるようにフィルターをかけてるんだ。こちらの会話に意識を集中させない限り大丈夫だよ」

「そうなんですね。私達を囲んでいる術は何だろうと思いましたがそういう事でしたか」


 流石は魔族。魔術、魔法に関してはかなり敏感なようだ。


「では、私の事について話させてもらいますね」


「私は幼い頃から人間に興味がありました。それは魔族の間で出回っている絵本に敵として人間がよく現れていた事から始まります。弱い魔族をイジメている人間を強い魔族が懲らしめる、という王道な物語です」


「ですがある時、人間が描いた絵本を読む機会がありました。その中では魔族が悪として描かれていて、私は思ったのです」

 

「同じ考える力を持っていて、平和に暮らしたいと願っているのに、どうして対話という道を選べないのか。私は人間の生活を知る事で、対話への道を開く事ができないかを探りたかったのです」


 嘘を言っているようには感じなかった。寧ろ、彼女が本心から融和を望んでいるように思えた。


「……わかった。話してくれてありがとう。俺はクローサさんが嘘を付いているようには思えなかったし、害があるとも思えない。何か他に聞きたいことはある?」


 ここで彼女が嘘を付いたり、魔術を使ったりして誤魔化そうとした場合には取るべき手段を、と思っていたがその様子もない。俺としては彼女をこのまま受け入れる方向で行きたいのだが……。


「そうだね…僕もこの国に害する危険は少ないとは感じたね。彼女自身には」


 クラーも同様の意見みたいだが、何か含みがある様な言い方だな。


「私もクローサさんにはこのまま学園に留まって頂いても良いと思っています。ですが……」


 アリシアも友好的にしたいと思っているようだが、何か引っ掛かっているモノがあるらしい。


「……やはりお話しなければいけませんよね。私がどうやってこの国に、この学園に入ることが出来たかを」


 あっ、そうか!魔族である彼女がどのルートから潜入して学園に入るための資料をどうやって偽装したのかを調べないといけないもんな。


 万が一にも、この国に害そうとする魔族が侵入出来るようなルートがあるなら潰さなければ、被害が出てからでは遅い。


「教えて貰えた方が国としても管理しやすいからね。どの魔族が君の仲間で敵なのかも。それに学園に堂々と入学出来る手段は流石に見過ごせないよ」


「当然、お父様には報告をしてありますが理解も頂いています。既にこの街で情報収集していますが、教えて頂けると円滑に物事が進みますね」


 そ、そうだよな。害がないと判断するのは俺じゃなく国だもんな。情報収集って事は諜報員か何かかな?つまり、『お前達の存在は把握しているから大人しく居場所を申告しろ。でなければ害とみなす』みたいな事をオブラートに包んで表現していると言うことか。


「……分かりました。関係者には左胸にバッジを付けるように言い聞かせておきます。この国への侵入経路はその者たちに聞いて頂けると…」

「ご理解頂き感謝します。こちらとしても客人は把握しなければなりませんので」


 うわぁ…何かアニメとかで観たようなシーンだな。俺も政治についてもっと勉強しないと…。


「学園への入学方法ですが、ハッキリ言いますと簡単でした。実在している遠方の村を利用し、資料をでっち上げて提出しただけで受付が完了してしまったのですから。私達も村に潜入する等、準備をしていたのですがそれは杞憂に終わりましたからね」

「……アリシア様、これは」


 クラーは難しい表情を浮かべた。そしてアリシアも険しい表情で頭を抱えていた。キョトンとしている俺のためか、アリシアが説明をしてくれた。


「本来、貴族でない方は本人確認のために職員を派遣することになっているのです。行っているのは該当地域を管理している貴族なのですが、これには国から支援金として多額の費用を支出しています」


 ああ、そう言えば勉強の時にそんな資料を見た記憶があるな。かなり財政を圧迫している要素だったような。


「今回、クローサさんが利用した村を管理している貴族には調査が必要な様ですね。…はぁ」


 やるべき事をせず、自分の懐だけを温めていた貴族のようだ。学園もロクにされていない調査結果を鵜呑みにしていた管理体制は問題だろう。


「規模が大きくなる程、隅々まで目が行き届かなくなるとは思っていましたが……もうこの件はお父様に丸投げしましょう」


 アリシアもお手上げのようだ。この国、本当に大丈夫なのだろうか……。


「あと、ステータス測定は父が所有していた魔具で行いました」

「…は?」


 ちょっと待て。魔族はそんな物を個人で所有出来るほど魔具の研究が進んでいるのか?いやそもそも彼女は一人でこの国に潜入してる訳ではなく、複数人だ。


 そんな事、魔族であっても庶民には無理があると思う。するとクローサさんは魔族の階級でも上の方に位置している、くらいは想像がつく。


「今更だけど、クローサさんの家って魔族の中でもかなり権力が…?」

「えっ……そ、そうですね」


 何気なく聞いた質問だったが、彼女はとんでもない爆弾発言を投下するのだった。



「私の父は魔族を統括する…いわば王様みたいな立場でしょうか」



 へー、魔族の王様……ね



 はい!?まさかの魔王ですか!!!!!!

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