告白
「はい、私は魔族です」
衝撃の告白に動揺してしまう。人間と魔族は戦争こそしていないが、友好関係も結んでいない。稀に魔族が人間の町を襲撃し、その報復と称して魔族の領域を荒らしに行く…といった行為が繰り返し行われている。
その点からいうと敵対関係と言っても過言ではないだろう。幸いにもこのカルスニア王国は襲撃されていないみたいだが……。
「………」
どうしよう、この空気。渡り人の次は魔族が現れるなんて…。いや、彼女はまだ敵と決まった訳じゃない。まずは目的を聞き出そう。
「君はどうしてこの学園に…?」
「あの、私、は、悪い魔族ではないです…人間の生活を、知りたくて…」
弱々しく発言する彼女。その言葉は嘘を言っている様には見えない。彼女の角は既に魔術によって隠されている。精霊が常時発動させていた魔術は角を隠す為のものだったらしい。アリシアさんとクラーはまだ様子を窺っているみたいだ。
長い間付き合いをしてきた訳でもないので彼女の事はよく知らない。この件を放置したままにして、もし彼女が何か問題を起こしたら…俺は責任を取ることが出来ない。
彼女の薄く赤みがかった目は嘘をついていないと思うが…どうしたものか。
俺が想定外の事態に頭を抱えていると、クラーが口を開いた。
「少しいいかな?…君は人間の生活を知りたいと言っていたが、それを知ってどうするんだい?」
「何かしようという訳ではなくて…ただ本当に知りたいと思っただけ、です」
力強く、彼女はもう一度そう答えた。回答を受け取ったクラーはふむ、と顎に手をやり考える。
「メディ君、ここは彼女の問題を後回しにして先生方を呼んで来よう」
「大丈夫なのか?確かに呼んできて貰いたいが…」
彼女と同行するのはクラーだ。ダンジョン内を歩いていたら後ろからズドン、なんてこともあり得る。ましてやクラーは魔力欠乏症を起こした後であり、体調が万全とは言えない。
「大丈夫さ。それに魔族の問題は根が深いからね。不用意に噂を広めれば学園、ひいては国の責任にまでなりかねない」
「そうですね。魔族の潜入に気が付けない管理体制は見直す必要があります」
「なるほど。それならこの件は取りあえずは秘密という事で。状況が落ち着いたら改めて話を聞く、という感じでいいかな?クローサさん」
突然話を振られたクローサさんは戸惑いながらも、少し安心したように頷いた。
話がついてからの行動は迅速だった。クラーとクローサさんは事情の説明にダンジョン出口へと向かい、アリシアさんと俺はその場に残りクラスメイトの安全を確保する。
基本的にボス部屋の前に広がる空間にはモンスターが出現することはないのだが、通路から人の気配に誘われてモンスターがやって来ないとも限らない。
魔力が少ないためあまり強くは出来ないが、念には念を入れて魔除けの結界を張っておくことにした。
アリシアさんはクラスメイトの容態を見て回っていた。どこか強く打っていないかや、呪い的なものが掛けられていないかを確認してくれている。後天的に発動したらたまったもんじゃないからな。
「異常は無さそうかな?」
「はい、皆さんかすり傷程度で済んでいます。メディくんの方は終わりましたか?」
「うん。もう一回確認してみたけどやっぱり渡り人は居ないみたいだ。念のために結界は張っておいたけどね」
アリシアさんは手際が良く、もう全員を見て回ったようだ。後はクラー達が応援を呼んできてくれるのを待つだけだ。
……
き、気まずい。
先程、頬に感じたアリシアさんの感触を思い出して顔が熱くなるのがわかる。あんなことがあった直後で二人きりになると嫌でも意識してしまう。正確にはクラスメイトが居るのだが寝ているのでノーカウントだ。
「あ、あの」
静まり返っていたダンジョン内にアリシアさんの声が響く。
「え、えっと、どうかした?」
「転移する直前の件ですが……」
「うん」
あぁ、アリシアさんも同じことを考えていたらしい。
「ごめんなさい!」
「え?」
突然謝罪をしてくるアリシアさん。意図が分からず混乱してしまう。そして当の本人は申し訳ないという顔ではなく、どこか恥ずかしそうにしている。
「それは、ど、どういう事?」
「私、勘違いでメディくんに大変なことを!」
そういって顔を手で覆ってしまう。勘違い…大変なこと…いまいち要領を得ない。俺が彼女にされたことと言えば、やはり頬へのキスしか思い当たらないが…。
「メディくんが呟いた、す、好きという言葉を私に言ったと思い込んで……本当は他の事に対して呟いていたのに、頭が真っ白になって、何か話さなければと慌ててしまいあの様なことを……!全部忘れてください!!」
若干、自暴自棄になりかけながら釈明をする彼女。忘れてと言われても、あんな衝撃的なことは一生忘れることが出来ないだろう。
それに、彼女がその時考えていたことは勘違いなんかではないのだ。これは俺がハッキリと彼女に伝えなかったのが悪い。クラスメイトは眠っている。ここで改めて、自分の気持ちを言葉にしよう。
「アリシア、好きだ」
「そうですよね、かんちが…い……え?」
どうやら聞き取れなかったみたいだ。ゆっくり、はっきりと言葉を紡いでいく。
「俺が好きだと言ったのはアリシアに対してだ。俺は、君の事が好きなんだ」
とうとう本人の目を見て言ってしまった。もう言い訳という逃げ道は無い。
俺の言葉を咀嚼するようにして一言一言理解していく彼女。そしておさまっていた赤面が一気に復活した。
「す、好きって!私を?!本気ですか?!」
「あぁ、本気だよ。自分でも釣り合うとは思ってない。だけど君に近づけるように頑張る。どこの誰にも文句を言われないように」
言い切った。彼女は一国の王女で俺は渡り人。世間的には渡り人ということは公表できないため、立場としては只の護衛に過ぎない。
そんな俺が王女である彼女に相応しいかと問われたなら全員が全員、否と答えるだろう。
秘密を知っている城の人たちでさえこんな面倒の塊のような存在は表舞台には出したいと思っていない。学園を卒業し、ひっそりと城で魔導の研究をするように願っているかもしれない。
だが、彼女に惚れてしまった。彼女の笑顔を守りたい。微笑む彼女の隣に居たい。分不相応だと分かっていても、城で過ごして行くにつれてその感情が膨らんでいったのだ。
そして、今回の出来事ではっきりとした。
タルペール帝国はアリシアさんのことを狙っている。理由は分からないが渡り人と帝国が繋がっていて、俺たちをダンジョンへと転移させた。既に実力行使に出てきているのだ。
『ならば忠告をしておこう。何も失いたくないなら強くなれ』
光の球の言葉を思い出す。あぁそうだ。彼女を護るために俺は強くなる。他の誰にも、魔剣を持った渡り人にだって負けない力を手に入れる。
「メディくん」
彼女が俺の名前を呼ぶ。頬をほんのりと赤く染め、柔らかく微笑んで想いを溢す。
「嬉しいです。私も、貴方の事が好きです。初めて出会った時、オークとの戦闘で傷ついたメディくんを見て、この人が私の運命の人だと感じたのです」
「アリシア、俺も一目見た時から君の事で頭がいっぱいだった。もっと一緒に居たいと思ったんだ」
「ふふ、私たち、一目惚れ同士だったのですね」
もっと早く気づけば良かったです、とお互いに照れ笑いをする。
「君を護れるように強くなるよ。だから、これからも一緒にいて欲しい」
「はい。私も、メディくんの足枷にならないように強くなります。これからよろしくお願いしますね、メディくん」
「アリシア……」
差し伸べられた手を取り彼女の身体を強く引き寄せる。驚いた彼女は反射的に身体を固くしてしまうが、すぐに受け入れた。
包み込むように彼女の背中に手を回すと、同時に彼女も背中に手を回してきた。ふわりと太陽のような温もりに心が安らぐ。
「メディくん」
身長差的に、見上げるような形で彼女が囁いた。目を瞑り何かを期待するようにそわそわしていた。
これって、いいんだよな?……よし、覚悟を決めろ!俺!!
彼女の肩を軽く掴み、深呼吸をする。そしてゆっくりと顔と顔が近付き、
「ひゅーひゅーですね」
「「?!」」
声に驚きお互いに顔を離してしまった。誰だ?!まさかクラスメイトが目を覚ましていたのか?
「あっ、ワタシとしたことが。まだする前でしたね」
そこには人化した魔剣、ルミナースが立っていた。俺とアリシアは既に少し距離を置いていたが杞憂だった事に安堵する。
「ルミナース…どうしてこのタイミングなんだ……」
あともう少し待ってくれてていれば…!
「若い頃は歯止めが利かなくなると聞きます。それにクラー様がお戻りになりそうでしたので」
マジか、もうそんなに経っていたのか。歯止め云々は置いといて、クラーが戻ってくるのは気が付かなかった。危ない危ない。
「そうだったのか、知らせてくれてありがとう」
「いえ、それよりもワタシはどうしたら良いですか?剣の状態でもかなり目立つと思われますが」
確かに、派手な剣を背負ってたら間違いなく目立つよな。
「ルミナース、悪いが【収納】の中に入ってもらえるか?暗いけど……」
「了解しました。暗さなら問題ありません」
ルミナースの了承も取れたので【収納】を発動させルミナースを入れた。そしてその直後、クラー達がボス部屋前の空間に先生を引き連れてやってきた。
そこからは事が早く進み、クラスメイトの保護、ギルド担当者の聞き取り、証言者として俺たちへの聴取も行われた。ここまでくると学園だけでは手に負えなくなり、国から直々に職員が来て調査を行うまで発展した。
その間、学園は休校となり学園内のダンジョン施設周辺の立ち入りも規制されていた。突然の休校に喜ぶ者も多かったが、不安の声も決して小さくは無かった。
俺とアリシアは一度城に戻り、王様に事件の報告をした。
これがまた面倒臭くて…。アリシアが城について馬車を降りるなり、王様が駆けつけてきて騒ぎ立てるものだからアリシアも頭を抱えていた。
当然、俺は王様に責め立てられた。お前が付いていながらアリシアを危険な目に遭わせるとはどういうことだ、と。だが王様はアリシアに学校を辞めさせるとは言わなかった。それだけ彼女が学園生活を楽しみにしていたことを知っているからだ。
王様への報告を済ませると、とんぼ返りのように学園へと戻った。とは言ってもまだ休校中で急ぐ必要は無かったのだが、早く寮での生活に慣れろという事だろう。
そして現在、気持ちの整理がついたクローサさんと話をする約束をしていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます