学園編~中編~

発覚

「ふぁ~あ、よく寝たぁ」


 まだ辺りは暗いままだが、すっかり身に沁みついた時間に目を覚ました俺。お城ではいつもこの時間に起きていたので全く辛いとは思わない。日課になってしまった早朝ジョギングを始める為、動きやすい服に着替える。


 学園の寮に来て少ししか経っていないが、明るいうちにジョギングのコースは決めてあり迷うことなくそのコースを走っていく。道中、何人かとすれ違い軽く挨拶をする。相手方もここ数日、同じ時間に走り始めた俺の事を覚えてくれているようだ。


 日の光が顔を出し始めた頃、良いタイミングで自分の部屋に戻りシャワーを浴びて制服に着替える。朝食を取るため、寮に併設されている食堂に向かうと寝ぼけ眼を擦りながら起きてくる学生がチラホラとみえる。


 少々運動したおかげでお腹もだいぶ空いている。そろそろ来ると思うんだが…


「メディくん、おはようございます」


 今日のメニューは何かと眺めていると後ろから声が掛かった。振り向き、挨拶を返す。


「アリシアさん、おはようございます」


 そう、この国の王女。アリシアさんだ。毎朝この時間に一緒に朝食を取ろうと約束しているのだ。制服に身を包んだ彼女の首元にはプレゼントしたネックレスが掛けられている。何か不都合が生じれば彼女のネックレスと俺が嵌めている指輪に付与されている【念話】で連絡がつくので問題ない。


 メニューで朝食を選び、モニターに表示されている朝食の場所まで向かうと学生証を懐から取り出し置いてあるパネルにタッチする。すると、ピコンと音が鳴り丸印が表示され先へ進むと食堂のおばちゃん達がせっせと料理を提供している場所に出る。トレーに、置かれている品を一つ一つ取りながら進んでいく。


「おばちゃん、ごはん大盛りでお願いします」

「はいよ、朝からよく食べるねぇ。良いことだよ」


 盛られたごはんを受け取ると周りを見渡し、空いている席を確認するが…アリシアさんの方が早かったようで既に席を確保していた。


「メディくん、毎朝お米を食べていますね。パンはお嫌いですか?」


 席に着くなり、彼女がそんなことを尋ねてきた。今日の朝食は、白米に味噌汁、焼き魚におひたしのザ和食構成だ。


「朝はがっつりと食べたいんですよ。パンだとお腹に溜まりにくい感じがして。寧ろアリシアさんはよくそれだけで足りますね」


 彼女の朝食は、パンとジャム、スクランブルエッグに小鉢に入ったヨーグルトみたいなやつだ。とてもこれだけでは活動出来ないと思うのだが…。


「そうですか?私はこれだけでも十分満たされますよ」


 彼女は少ない量でも活動出来る様だ。俺が燃費悪いのかな?そんな他愛もない話をしながら後から来るであろう二

を待つ。


「おはようございます。アリシア様、メディ君」

「ごきげんよう、クラー」

「おはよう、クラー」


 丁寧な挨拶で姿を現したのは公爵家長男こと、クラー。メイリックだった。


「まだ食堂のシステムに慣れなくて。ああやって一人一人管理しているんだろうね」

「学生証の事か?確かに朝食無料なんてそうでもしないと管理出来ないだろうからな」


 そう、この学園での朝食は基本的に国が負担してくれている。学園の入学費といい、こんなにも国が負担して大丈夫なのだろうか。


「だがまぁ、僕らが在学中に働いて得たお金の一割を国に納めることになっているから無料といってもね…」

「そうだな。それでも国の負担の方が大きいから文句は言えないけど」


 国の経済については少し齧った程度なので、ダンジョン産の物が貿易の大半を占めているという事ぐらいしか知らない。収支の関係上、そんなに余裕があるとは思えないのだが…俺には分からん。


「そういえばメディ君」


 何かを思い出したようにクラーが小声で話しかけてくる。


「ルミナースはどうしているかな?」

「彼女でしたら私の部屋にいますよ。魔力はメディくんが十分に与えたので当分の間は人化していても問題は無いみたいです」


 ダンジョンの奥地で発見した魔剣…ルミナースは人格を持っており使用者を選ぶ筈なのだが、何故か俺とクラーの二人が使用者として認められた。話し合いの結果、クラーが魔剣を所有することになったのだが…。

 その時、ルミナースが張り切り過ぎてクラーの魔力を根こそぎ持って行ってしまったのだ。おかげでクラーは魔力欠乏症に陥り気を失ってしまった。


 そんなクラーと魔剣を担いでアリシアさんに【転移】してもらい元の場所に戻った…しかしそこで問題が発生した。


「す、すみません。お待たせしました」


 慌てた様子で駆け寄ってきた女の子。この子が待っていたもう一人だ。


「いや、それ程待ってないから大丈夫だよ。クローサさん」


 クラスメイトである彼女こそが発生した問題の中心人物なのだ。


 遡ること数日前、俺達がダンジョンから帰還するところから始まる。







 学園内のダンジョンに戻った俺達はアオバジュンヤに警戒しながらも周りを見渡した。アリシアさんとあんなことがあって頭が混乱しているがそれとこれとは別だ。魔力反応的に、近くには居ないことを確認済みなのだが…。


「メディくん!」


 アリシアさんが声を上げる。彼女も気を引き締めているようだ。視線の先には倒れている人影があった。


「うぅ…」

「おい、大丈夫か!?」


 そこにはクラスメイト達が倒れていた。慌てて駆け寄るも目立った外傷はない。皆の反応を見るに眠らされているだけのようだ。


「良かった、彼と戦いになったと言う訳ではなさそうですね」

「あぁ、みんな魔術で眠らされているだけみたいだ。だがどうして…」


 クラスメイトを連れ去るわけでもなく殺すわけでもない。口封じは必要ないって事か?それとも目を覚ましたらみんな記憶を失っているなんて事は…


「あ、あの!」


 突然背後から声を掛けられた。少し聞き覚えのある声に急いで振り向くと…


「君は、クローサさん?」

「はい!えっと、メディさん達がボス部屋に入った瞬間、姿が見えなくなって、渡り人の方が睡眠の魔術で他の皆を眠らせてしまって…」

「その渡り人はどこに!?」

「な、何かをバッグから取り出して光に包まれたかと思ったら姿が消えていました」


 脱出した?それとも姿を消す何かで身を潜めている?魔力反応は無いが確かめておくか。


 手のひらを地面に着け、魔力の波を起こさせるように衝撃を送る。


「ハッ!!」


 これは意図的な魔力の波で魔術を乱すという技だ。強い魔力波に当てられると強制的に魔術が解除してしまうのを利用している。しかし、渡り人の姿は見当たらない。どうやら本当に脱出したようだ。


「…ここに居たって仕方ない。上のギルド職員に知らせて他の先生たちを呼んで来よう」

「そうですね。これは学園の問題…いいえ、ギルドも含めた国としての問題になります」


 アリシアさんがそう続けた。そうだよな…この国は渡り人を管理する組織には入っていないからギルドでの依頼だったのだろう。そもそも何故、渡り人が派遣されて来たんだ?この学園にそんな金銭的余裕は無い筈だが…。


「とにかく私は皆さんの容態のチェックを行います。倒れたときに頭を打っているかもしれませんし」


 クラスメイトの事はアリシアさんに任せよう。俺は皆が目を覚ますまでの万が一に備えて障壁を張っておこう。そうなるとクローサさんに呼んで来てもらうしかないが…


「わかったよ。クローサさん、君には誰かを呼んできて貰いたいんだけど…」


 ああ、しまった。彼女一人でダンジョン内を歩かせるのは不味いよな…。【転移】で上まで送っていくしかないか…?


「僕がついて行くよ」

「クラー?目を覚ましたのか」

「多少は気持ち悪いが…この層の魔物程度には遅れは取らないよ」


 気分が悪そうに見えるが足元はふらついている様子はない。任せても大丈夫だと判断した俺は、クラーの肩に触れ魔力を少しだけ移してやった。


「すまない、楽になったよ」


 向こうに居た時に魔力を移せれば良かったんだが、クラーの魔力波が弱まっていて正しく読み取れなかったのだ。


「じゃあクローサさん。上に行って事情を…」


 お願いをしようと振り向いた瞬間、彼女の容姿に違和感を覚えた。よく見ると頭には…


「角…?」


 彼女の頭には灰色の角が生えていたのだ。しなやかに湾曲していて艶がある。それは彼女が人間ではないことを表していた。


「ぇ…あっ、そ、そんな!」


 俺達の視線に気が付き上を見た彼女は、自分の身に何が起こっているのか理解した上で混乱していた。


 角。それは普通の人間には現れることのない特徴。魔物を除いて、魔族と呼ばれる種族にしか発現しない特徴なのだ。つまりこれが意味するのは…


「君は魔族だったのか…?」


 驚いているクラーが彼女に尋ねる。同じく動揺している彼女だが、やがて覚悟を決めたように、


「はい、私は魔族です」


 渡り人以外の、新たなる問題が発覚してしまった瞬間であった。

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