19 チョコレートヒルの星
思い出した、先週までオレは電気技師だった。どこでショートしたのか流れ流されここに来た、それも嵐のように、イケメンだったり、なかったり。
知り合ったばかりの女子との対面、普通ならそうそう話題が続かずシラっとしたことになりそうだが、気が楽だ。仕事の話をすればいいのだ、
「怨霊飛びかう非情な館内、向こう岸に石積アーチの入り口、スペインの牢獄みたいな、でも、その中は明るい別世界。そっちに逃げたいが、血の川を渡らなければ行かれない。川底に落ちたら溶けて白骨化、そこに架かる3本の橋、迂闊に渡ると橋ごと落ちる」
「ガイコツさんの材料は地下室の通路にたくさんあったけど、あれを拾いに行けば、あっ? あの子、一生懸命集めようとするから、落盤して……美彩ちゃん、やだ、どうしよう」
紀美と一緒にオレも白骨化するまで、このまま居たいものだが、
「血の川はガセの企画に入れてないんだってば、それは社長の隠しアイデア」
「そうか、なら、そこまではいいよね。アーチの中はスーベニアとかカフェでしょ」
「そうそう、カフェは2階。座っている人の目線が石積みの天端より上、川を渡ってくる人達を見物できなきゃ」
「アッ〜って、血の川に落ちる人をカフェから観覧、笑える席をつくるんでしょ、悪趣味ね」
「悪趣味で思い出したけど、橋の手前はフカフカな足元にしてみたらどうかな」
「それだけは絶対、イヤ」と、魚の切り身を刺したフォークでオレを指した。
イヤだというのに紀美はオレの嫌いなキニラウを今日もオーダー。酸っぱすぎの震え、その観覧を楽しんでいるようだ。他は家庭料理のように、もう馴染んでしまった。紀美も今日はサンミゲルを外国人女性のようにラッパ飲みしている。
「どの橋が落ちるか、その都度シャッフルすると混乱するから、私は、なんか……鍵とかを探して、持ってくることにしたいの」
「橋は、橋ごと落とすのはコストが掛かるし復旧に時間を要するから、途中の床板がバタンって抜け落ちる、そう開閉式にするんだよ。鍵は……クイズ形式?」
「館に纏わる問題とかキャラの名前とか、そのクイズのカードを入り口で配る、それが鍵」
「正解を誰がチェックするか、それを考えたら、やっぱクイズ形式は成立しないか」
「お客さん混んじゃったら、館内も暑くなりそうだよね」
「そこなんだけど、オレ、現地で思ったんだけど、人がいてもいなくても暑いよ、あそこ」
この貝の塩茹でも熱くて手で持てない。
「じゃ、どうするの?」
「冷房をガンガンにして、ホラーだから極端に冷やさないと、まずいんじゃない」
「そうだよね、予算はどのくらいかなー」
「2千万、て、とこだね」
「どうしてそんなこと分かるの」
「いや、ちょっと調べたんだよ、予算書で抜けてたから」
「まずいなー、まだ予算内には収まるけど、絶対、社長、怒りそう」
「オ、オレの責任。まあ、それはオレから社長に話すしかないか」
「うん、でもいいよ、私もチェックしてなかったから。そこは置いといて、一方通行のスルーじゃなくて、メイズみたいにゲストはどこを歩いても、好きな部屋に入ってもいいのが特徴で、だから探検仕立ては成立」
「鍵を得るためには嫌でもコースの途中で小部屋の中とか、井戸とか棺桶を覗き込んで情報収集しなきゃいけない訳だ。情報集めに必死の最中は予想外の方向から気兼ねなくアタックを仕掛けられる、そういう構成だね」
「なぜか、自分じゃない他人が映る鏡、しかも自分と関係ない動きをしちゃう」
「あっ、それ、忘れてた」
「それで、鍵はどうやって?」
「そうだな……」
「竹浪くんて、ウチの面接の時、仕組みを考えるのは得意って言ってなかった」
圧迫されても、今のオレじゃないし、
「そう言われても……う〜ん、ブラックライトで壁から浮き上がる怨霊……そうだ、例えばタイムカードの機械をエージングして、いや、訳の分かんない色んな外箱で化粧して、小部屋の中とか石壁の隙間に潜ませるんだよ」
「それで」
「恐怖心を抑えて巡って探検してガジェットを見つけて、そのカード、というより通信型の簡易パッドだな、それをかざす。スタンプラリーみたいなもので、発見者にはパッドに可愛い星が『ピコン』って付くんだよ。それが4つ以上溜まったら橋のゲートに、そう、交通カードみたいなもので、落ちずに渡れるってこと。だから、もう橋のシャッフルはいらないってわけ」
「それいい、私もそんな、お星様のパッド持ちたいなー。どうすれば貰えるの?」
ターコイズ、Tシャツに波打つ胸のスパンコール、キラキラ反射し海の輝きを思い出させる紀美の瞳、惹かれてしまうが、
「いやいや、システム構築するのは我々なんだってば。お金は掛かるけど、パッドは入り口で入場券替わり、だけど返却式で、もれなく貰えるのは達成記念カードだな」
「えー、また予算上がっちゃう。予算は社長の……もう、こうなったら、無視、社長の専権事項なんか、ポイ!」
「その代わりゲーム出題は何種類も作れると思うよ」
「どんな?」
「万、十、千、みたいな暗号とか地図。それを紐解きながら、目当てのものを探索に行く」
「だったら、時間も表示しちゃえば、何分で脱出できたとか」
「あー、記録ボードを建て表示すれば、例えば、どこの町の何々さんが今月のベストタイムとか、ゲストに競争心が出るよね。社長が期待する、リーピートも高まるし」
「なに、竹浪くんてすごい、酔ってる方が頭の回転、良くなるの?」
「えっ」酔っているのは君、紀美のほう。
「でも、社長って、そう甘くないと思うの、星4つじゃ。最後のヒネリの難関がなんかないと、また、なんか言いだしそう」
「難関……橋以外に?」
「橋のチョイスは、もう難関じゃなくて、今はズルっ子する人だけが血の川に落ちることになっちゃったんだよ」
「そこに執事がいるから、そういう人は渡らせないでしょ。戻ってくださいって」
「それじゃ余計ダメでしょ。ある程度落ちる人が居ないと。カフェでの笑える対象がなくなっちゃうよ。執事は親切そうに見えても、ウソを教えたり、逆に仕掛人だったりするから、ホントは危ない人なのよ。本来、ゲストと執事は雇用関係にないし、皆んなそこに気づかないの」
「キビシ〜〜」もう、アイデア欠乏症……
*****
暴漢は居ないか…… 一応確かめ、酔ってはいないが酔い覚ましに外に出てみる。ガサツな駐車場だが星は綺麗、その動きが見える気もする、キレイなものは、
「思い出した! ゴルフ場の牢獄にあった小汚い電話機、あれって脱出ヒネリに使えるよ。突然鳴って飛び上がったヤツ」
「あー、アレ」
「ビビって出たくないけど、勇気を持って受話器を取った人は、最後の星、そのヒントがもらえる、それをクリアすればパッドに星が5つ、チカチカ光って橋のゲートにかざせば、今度は行けるかも『チャレンジ』って表示される寸法」
「なるほどー、でも、そこら中でベルが鳴ったら、館内中に響きまくっちゃうし、うるさくならない」
「そんなの簡単だよ、振動とか点滅ランプで知らせるんだよ」
「誰が?」
「社長が云う人力だよ。センサー式だから4つ星の人がどこにいるかスタッフがモニター見てて神視点で簡単に分かるわけ。で、タイミングよく電話するんだ、電話を探して出てください、と。今、監視カメラって安くなってるから、そんなにコストは掛かんないと思うよ」
「執事に掛かって来たケータイを突然渡す、でもいいんでしょ?」
「もちろん、それ、すごくおもしろい。暗闇でいきなりケータイ渡されて『アナタ、電話出て』って言われたら怖いよね」
「怖くてもコミュニケーション、それが大事ってこと?『あの部屋に行きなさい』とかアドバイスもらって、そして最後のガジェットを探しに行く」
「それだ、各部屋にはトーチカで見つけたような怪しげな銘板をつけておく、それがカードの暗号と合致、あーなるほど、って感じ」
「やったね、これで全部繋がった。私も
「ちょっと違うけど、まあ、似たようなもんか」
「これで勝てる、イケてる。私から篤くんに五つ星をあげたい気分。ここで、いいもの残せるといいよね」
五つ星かー……見上げれば満面に輝く星、でも、オリオン座のベテルギウスはすでに実在して無いかもしれない。見掛けと実際は違っているのだ。
「ずっと思ってたんだけど、今までの竹浪くんと違う気がする、中身絶対ヘン……あなたって、ホントは誰?」
「エッ」
「杜の広場で刀を突きつけられた時、助けてくれようとしてすごく嬉しかったの。私、泣きそうになっちゃって」
あー? 泣きそう? それ、違ってたと思うし……
頷きながらオレの腕を取り、恥ずかしそうに目を瞑る、えっ? やった、いいの、オレにとっては宝もの、キミこそ動機、おかげで自身が変われた気がする。
動悸を抑えて……甘い唇、あ、あ、とっても、まずい、逸物が、いいのだろうか、だけど目眩がしてきた、違う、
「アッ、アーーーーッ」
漆黒のスパイラル、助けて社長〜と叫ぼうが冷たき抱かれ感……瞬間、原因を思い知った、曖昧さだ、しっかり抱きしめ言葉で伝えなきゃ、でも、遅かった……
紀美の企画だけは成就した、が、優柔不断なオレを
オレだってクリエーターしたいけど -1 石川鉄弥 @ishikawat28
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