今夜はクリスマスイブなのに(年下の)彼氏が会ってくれません。

さい

【短編】









私の彼氏はツンデレだ。





ちなみに年下。超イケメン。大学生。名前は蓮君。名前まで格好良いよね。うん。そうだよね。聞いてもいないのにこんな発表をするとリア充爆発しろと思いますよね。逆にどう考えても詐欺か妄想みたいで俄には信じがたいでしょうがご安心下さい。二次元の話ではなく三次元の事実です。おかげさまで幸せでいっぱいな私は今年の春から社会人になりました。名前が七海なので周りからはナナさんと呼ばれる事が多い。



蓮君は私が学生時代にアルバイトをしていたカフェの後輩だった。そのカフェは美しい内装とお客さんの日常に寄り添うというコンセプトで、度々メディアに取り上げられる程の有名店だった。たまたま店長と顔見知りだったというコネでバイトしていた私とは違い、彼はそんな空間が本当に似合っていて、その周りに纏う雰囲気も何気ない立ち姿も、とにかく何もかもが綺麗だった。



とにかく私は彼の事が大好きだ。



私は彼より1年早く学生という身分から卒業した。無事に就職も決まりバイトを辞める時、悔いなく辞められたら良いなと思った私は軽い気持ちで告白した。とにかくシンプルに【ずっと好きでした】と。それはほとんど返事すら期待せず気持ちを伝えただけだったのに、結果はまさかのOK。【それなら付き合いますか】と応えてくれた彼は相変わらず最高にクールで格好良かった。そんなのますます惚れてしまう。彼から【連絡先教えて下さい】と言われた私は舞い上がった。




だからそれからは大変だった。




フラれるパターンやスルーされるパターンのシミュレーションは何度もしていた。ご気分を害して大変失礼しました。これからの益々のご活躍を心からお祈りしています等、出来るだけ迷惑を掛けないようにサヨナラしようと思っていた。しかしOKのコースは一種類も妄想していなかったのだから、最初はどうすれば良いのか解らなかった。だって彼から直接メールが来るのだ。詐欺とか勧誘とか迷惑メールではなく全くのプライベートなメールが。当たり前か。いや、まったく全然当たり前じゃない。これは奇跡だ。とにかく彼から届いたメールは全て保護。絶滅危惧種。彼から連絡が来るという幸福に感極まった私がものすごく長文の感謝の言葉をメールにしたためて送ると、しばらく後にちゃんと返信が来る。【うん】とか【わかった】とか。そんな文字すらクールで世界一格好良い。送られてきたメールは手厚く保護してクラウドにバックアップして暇さえあれば延々と見返して日々の糧にした。それだけで私は誰よりも幸福だった。




時には直接会うことすら出来た。




バイト中ではないのに、同じ空間内に蓮君がいる。もちろんタダで。これは夢なのだろうかと何度も思った。夢ではないと確かめたくて恐る恐る触れても、彼は拒絶しなかった。だから一緒にいる時は出来るだけ彼の側にいた。背中だけでも。指先だけでも。迷惑にならないように寄り添っていた。そしてなにより彼に直接【好き】だと伝えられる事が何よりも嬉しかった。だから私は湧き上がってくる感情を極力たくさんの言葉にして伝えた。どんな所が好きなのか。どんな些細な事で幸福を感じるのか。出来るだけたくさん伝えておきたいと思った。




私がどんなに溢れるほど【好き】だと伝えても、彼はいつも同じように【うん】とか【わかった】と応える。大丈夫。全然つらくない。私は彼と一緒に過ごしているだけでこんなに幸せなのだから。




付き合ってから初めて迎えるクリスマスイブ。




私は蓮君に予定を聞いた。こちらから連絡しても蓮君はいつもすぐには返信をしてくれない。それでもさすがに不安になるほどしばらく経ってから【会えない】と簡潔な返信があった。1分でも良い。ほんの一瞬顔を見るだけで良い。私がどんなに懇願しても彼は【絶対に来ないで】と言うだけで取り合ってはくれなかった。大丈夫。全然つらくない。私は彼と一緒にいる事が出来ない時もひどく幸せなのだから。それから私はクリスマスについて彼に何も言わなくなった。




今夜はクリスマスイブだ。




前夜イブも、聖夜クリスマスも。今年はどちらも平日だ。もちろん私は普通に仕事だった。いつも通り出社して、いつも通り仕事を終えた後、何も予定のない私は真っ直ぐに自宅へ向かうつもりだった。




いつもと同じ道。




先月の末からすでに何度も見たはずなのに駅前のイルミネーションはまるで初めて点灯されたように特別に見事で、まるで魔法の存在する世界にでも迷い込んだみたいだった。去年の全体がゴールドだったライトアップよりも、今年の白に近い淡いブルーの方が何倍も何倍も輝いて見える。ここに蓮君がいたらどんな風に見えるのだろうか。そう考えているからこんなに胸が痛むほど美しく映るのだろう。友人なのか恋人なのかわからないけれど、私以外の人はみんな誰かと一緒に歩いているように見える。そんなはずない。私と同じように一人で歩いている人だってたくさんいるはずなのに。どうしてもすんなりと【自分と同じような人】を見付けられないのは周りではなく、きっと自分のせいだろうと思った。顔も。指先も。痛いほど寒くて凍えてしまいそうになる。




行かない方が良い。




絶対に来ないでと、はっきり言われたのだから。それでも。いつの間にか私は蓮君の部屋の前に立っていた。灯りはついていない。彼は部屋にはいないのだ。早くここを立ち去って大人しく帰らないと、きっと彼に怒られる。ちゃんとそれは解っているのに私の足は凍えてしまったかのように動かなかった。とうとう途方にくれてその場に座り込んだ。ドアに触れた背中が氷のように冷たかった。




魔法はやっぱりあるのかもしれない。




今夜だけの特別仕様なのかもしれない。現実はもちろんただの偶然だろう。それでもまるでこの日のためにすっかりと念入りに準備をしていたみたいに、真っ白い羽のようなふわふわとしたものが空から落ちてきた。なるほど。いつもよりも寒いのはこの特別な魔法を使うための準備だったようだ。次から次へと惜しげもなく降り始めた雪がかすかな風と戯れるように静かに舞う。それは嘘のように綺麗で、まるで蓮君みたいだと思った。大丈夫。全然つらくない。




これは雪が頬に落ちて溶けただけ。




それからずっと。ただ降る雪を見ていた。世界はあまりにも静まり返っている。どれ程の時間が経ったのか解らなくなる頃に、物音がした。帰ってきたのかな。きっと怒られる。ゆっくりと視線を向けるとそこに、









――――――――真っ赤なサンタクロースのコスチュームを身に付けた蓮君が呆然とした表情で立っていた。










「蓮君バイト遅くまで大変だったね。お疲れさま。おかえり」


「……ただいま、ナナさん。この姿だけは見られたくなかった」





(注:意味不明で混乱が止まらない皆様に説明しよう。このツンデレ年下彼氏は今夜はバイト先のカフェで開催したクリスマスイベントに参加していた。そこで無駄に本格的なサンタクロースのコスチュームを着せられる、という辱しめを受けた。しかし彼は耐えた。それは時給の良い年末イベントに参加して【最愛の彼女にクリスマスプレゼントを贈りたい】との一心からだった。必死に耐えてバイトを終えて秒で着替えようとしたら、自分でカフェを開いてしまうような個性的な店長が【サンタクロースが私服に着替えて出てきたらご近所の子供の夢が崩壊する】【無事に家に帰るまでがクリスマスイブだぞ】と脅すように言うから渋々従って着替えずに帰ってきたのだった。道中すれ違う町の方々に数え切れないほど【あ!サンタクロースだwww】【ソリじゃなく徒歩なのトナカイどうした?www】【サンタコス。ただしイケメンに限るwww】とか言われて本当に、本当にしんどかった。それでも彼は耐えた。取り乱す様子を万が一にでも知人に目撃されたくないとの一心からだった。ちなみに彼女の前ではクールなキャラを押し通すキャンペーン実施中なのも、一足先に社会人になってしまった彼女から見れば大学生なんて生活力の乏しいガキに見えるだろうなとガチで不安だったからだ。だからせめて時給が良いクリスマスのシフトに入って、社会人の彼女が普段使いにしても違和感のないようなアクセサリーをスマートにプレゼントして、あわよくば周りを牽制したいと思って、この雑な罰ゲームみたいなコスチュームを身に付けても我慢して営業スマイルで限定のケーキを販売したのだ。ちなみに店長を含む他のスタッフ全員が、実はむしろ彼氏の方が彼女を溺愛しているという事を知っており【バカみたいに派手なコスチューム着せられてるけど彼女のために営業スマイルで頑張る年下ツンデレ彼氏の健気な様子】を逐一こっそり撮影して、仕事中の彼女にこれでもかと送ってくれていた事を彼氏だけが知らないのだった。そんな感じで彼女の事が好き過ぎて逆にどんな言葉にすれば伝わるのか解らなくなるくらい拗らせてるけど本当は今にも彼女への想いが溢れそうな彼は【いつも溢れるほど好きだと伝えてくれるナナさんの真っ直ぐなところが大好きです。本当はナナさんが卒業してバイトを辞める時に自分から告白しようと思っていたんですけど、まさかナナさんの方から告白して下さるとは思わなくて、気が動転している様を悟られたくなくて、まるで反抗期の男子中学生みたいな見るだけでイライラするようなリアクションを取ってしまい心から申し訳ないと思っております。付き合ってからは直接連絡を取れるのが奇跡かと思ったし、直接会えば死ぬほど素直で可愛いし、どんどん好きになるし、社会人になってその魅力は日増しに倍増してるし、不安になるくらい好きで一瞬も離れたくないと思っています。自分は言葉も行動も呪われているかのように不器用ですけど、言葉も行動も素直でいつも幸せそうなナナさんの事が大好きです。クールキャラがお好みならば全力で取り組ませて頂く所存です。どんな些細な事にも幸せを見付けて周りさえ変えてしまうナナさんの事を誰よりも愛しています。全身全霊で大切にしますから、至らない部分ばかりの彼氏ですが間もなく社会人になりますので見捨てずに末永くよろしくお願いいたします】とかなんとか、どう考えても彼女よりも長文で堅苦しくてめんどくさい内容のメールを打ち込んだり、消したり、やっぱり打ち込んだりと何度も何度もウゼーくらいウダモダと試行錯誤した挙げ句最終的にはいつも【うん】とか【わかった】としか送れないため結果的に【一言しか返さないくせに返信が異常に遅い】という実にダメな感じの彼氏に仕上がっておりますが、実は以前うっかり消す前の長文をそのまま送信してしまう、という痛恨のミスをした事があり死ぬほど焦って大慌てで秒で彼女に電話して【読まないで……】と泣き付いた事がありましたが、もちろん彼女はその愛が溢れてしまっている長文の怪文書みたいなメールを秒で保護してスクリーンショットを100枚くらい取ってから保護してコピーして厳重にバックアップを取って墓場まで持っていくつもりで宝物にしているよという一部の方々にはお馴染みの注意書きが長すぎて読みにくくて相変わらずゴメン)



「蓮君のそういう所が堪らない。不器用で口下手なのに実は誰よりも優しい所が大好き。なぜか頑なに私の前ではツンデレキャラをキープしてくれる所も、中身は取り返しつかない程ピュアな所も。おそろしく真っ赤ではしゃいだサンタクロースのコスチュームさえ着こなしてしまうのに、まるで初めて他人に裸を見られた処女のように恥じらっている蓮君が尊くてクリスマスという風習に可能な限り課金したいくらい全力でありがとう!」


「こんなに目が痛くなるほど赤い衣装を身に付けている姿を晒すくらいならいっそ裸を見られた方がマシだなとか思ってしまう自分が怖い。そんな事よりナナさんは何時からここで待ってたの?雪をまとってるから部屋の前に天使が舞い降りたのかと思ったんだけど。寒かったでしょ?だから来ないでって言ったのに。手袋は?風邪引いたらどうするの?それより合鍵は?なんで使わないの?忘れて来ちゃったの?もう1個あげようか?」




ほらね。怒られると思った。




彼は私が自分の事を雑に扱うと心配してすごく怒る。そもそも私が蓮君に惚れたのは彼が誰よりも優しいのに口下手で不器用で尊いからだった。学生時代の私がバイト代欲しさに体調不良を隠して何食わぬ顔で働いていた時の事だ。なんの前触れもなく蓮君に【帰れ】と言われた。それがもう心から不愉快そうなイラっとする言い方だったため、もしこれが学校内での出来事ならば教育委員会に一発で通報されるくらいの暴言に仕上がっていた。最初は【なんだこいつ先輩に向かって帰れと上から目線で吐き捨てるどこぞの勘違いした俺様みたいな無礼な態度反省させて泣かせるぞイケメン爆発しろ】と思った。しかし後日バックヤードで【具合が悪そうだったので心配になって。それなのに自分の言い方が下手過ぎて……いっそ死にたい】と落ち込んでいたという蓮君の目撃情報を他のスタッフにこっそり教えてもらった私が恋に落ちてしまったのは致し方ない事でした。


【帰れ】は【無理しないで休んで下さい】

【邪魔】は【危ないから離れてて下さい】


それからは蓮君の全ての行動の根底が【ツンデレ】であるという奇跡が判明して、私の脳内は毎日お祭り騒ぎになった。とにかく彼は不器用過ぎる程に不器用で優しい人だったのだ。




ドアを背に座り込んでいた私は、駆け寄ってきた蓮君に秒で抱き締められた。これは周りから見たら【イケメンサンタクロースにグイグイ迫られている幸運な人】ですありがとうございますメリークリスマス天使はお前だろ感がとにかく凄い。蓮君は素早くパタパタパタパタと私の頭や肩に付いた雪を念入りに払ってから、被っていたサンタクロースの帽子を脱いで私に被せた。



「だってはっきり【絶対来ないで】って言われたのに勝手にお邪魔したら悪いかなーと思って。合鍵はちゃんと持ってるよ。いつも肌身離さずに。私の宝物だから。墓場まで持っていくつもりだし。でも社内が暖かかったから手袋はロッカーに忘れて来ちゃった。うっかり」


「悪いわけないだろむしろ一緒に住んで欲しいと毎日思ってるけど現在は学生という身分ですからギリギリ自粛しているのにもうダメだ決めた入社日から同棲しよう。とにかく早く入って。とりあえず一刻も早く温かいココア飲んで。すぐにお風呂準備するから。俺のためにナナさんがこんなに冷えきってるなんてあり得ない。これが逆なら喜んでいつまでも待ってるしどれ程凍えても良いけど。ご飯はちゃんと食べたの?……ナンパとか、されなかった?すごい混んでたけど。ナナさん明日も仕事あるだろうし、今日は会社まで迎えに行けないし。夜は冷え込む予報だったから心配で早く帰って休んで欲しいと思ったのに」



蓮君は私の冷えた手や頬を触って何度も【信じられない……】と呟いている。自分を待っていたせいで、自分よりも私の身体が冷たいのが許せないようだ。私は蓮君に会えた瞬間心がポカポカになったから大丈夫なのに、念入りに怒られてなかなか許してもらえない。ちなみにご覧の通り蓮君は怒っている時は普段よりも素直で饒舌になる。もう一片の雪さえ当たらないように、と守るように抱き締められた状態のまま家の中に入れてくれた。それからも【ナナさんが俺より冷たいなんてあり得ないから】と怒る彼にまるで救助されたばかりの遭難者みたいに家中の毛布でくるまれた。あんまりたくさん掛けられたので雪だるまみたいだ。蓮君から被せてもらったサンタクロースの帽子を被った雪だるまなので、とてもクリスマスっぽい。




「どうしても会いたくて我慢出来なかった。ごめんね」


「……我慢しないで来てくれてありがと。本当は嬉しい」




私は蓮君の事をいつもずっと見ているから。実は蓮君がちゃんと私に惚れているという事もバレバレです。




私のために大急ぎでお風呂とご飯を用意しながら、何度も様子を見に来ては手や頬に触れて【寒くない?】【どこか具合悪くない?】と確認してくれる。【今日は来ないと思ってたから完全に油断してた。……鍋焼うどんしかないんだけど幻滅しない?クリスマス的な雰囲気のおしゃれメニューのストックがなくてゴメン】と申し訳なさそうに告白する彼が尊い。もちろん蓮君はサンタクロース衣装を身に付けたままだ。きっと今すぐにでも脱ぎたいはずなのに、いつも彼は自分よりも私の事を優先してくれる。そんな事よりもすぐにでも私をお風呂に入れて温めて、ご飯を食べさせないと大変な事になる、と言わんばかりの大慌てだ。←私が思わず【あわてんぼうのサンタクロース】を口ずさんでしまう程の大慌て具合だった。




そんな蓮君の優しい所が大好きなのだ。

どうしても我慢出来なくなるくらいに。




「蓮君。私ね、口まで冷えてしまったよ。暖めてくれる?」




唇も冷たいと、彼にまた怒られてしまうかもしれないけど。我慢出来ないからから仕方がない。




「……わかった」









私の彼氏はツンデレなのだ。だから一緒にいる時も。離れている時も。全然つらくない。





【Merry Christmas】




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今夜はクリスマスイブなのに(年下の)彼氏が会ってくれません。 さい @sai2

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