第3話 後編
ドキドキしていたら、別のシロクマが僕を指差した。
「それはおめさんのではないっぺ? こっちに返してくれるっぺ」
「そう――」
「ま、待って待って。僕は人間なんだ。人間の僕を繁殖に使って、最終的に餌として食べるなんてダメだよねっ?」
「……人間?」
魔法使いの男が僕を上から下まで、まあ小さいので一瞬で、見た。
「人間?」
大事なことだから二度言ったんですね。分かります。
って、そうじゃない!
僕は憐れさを誘うフリで、実際に憐れなんだけど、男のズボンにしがみ付いた。
「召喚されたんです。何故かカワウソになってて。それで雌たちを孕ませろって。餌を作れって。ひどいですよね?」
「あー、まあ、ひどいかな?」
「そ、そんなぁ」
少しだけの付き合いであるカワ子のためにシロクマたちの住処へ乗り込んできたくせに、元人間の僕にはその態度?
どうしたらいいんだ。
この人に付いていかないと、僕は餌コースの未来しかない。
どうすればいい?
僕は必死で縋り付いた。
「お、お願いします! 助けてください! 僕こんなところで餌になって死にたくない!」
「うーん」
うーん、じゃねえよ! ひとでなし!
大体僕は喋っているだろ? これって獣人族じゃないの?
僕は段々腹が立ってきた。
シロクマにもだ。
「元の世界に返せよ! 勝手に召喚して、餌の元になれだなんて! 僕は人間なんだぞ!」
「でもカワウソだっぺよ」
「喋るカワウソがどこにいるんだよ!」
「ここにいるっぺ」
「あんたたちだってシロクマなのに喋ってるじゃないかっ!」
「何言ってるだっぺ。シロクマ族は喋るっぺ」
「シロクマは喋らないよ!」
「ふむ。シロクマは喋らないのか」
「喋らないよ! 僕の世界では! もうやだ。夢か、これって夢? なんなんだよ。元の世界に返せ。バカクマ、アホクマ、シロじゃなくてクロクマ!!」
「なっ、なんて言ったっぺ」
シロクマが急に怒った。
何かが彼等を刺激したらしい。何かって、僕の暴言なのは分かってるけど。
「おらたちをクロクマって言ったっぺな?」
え、そこ?
「おらたちは誇り高きシロクマだっぺ。それを――」
ぐわーっと開いた口には鋭い歯があって。思わず僕は後退る、ことはできずに蹌踉めいた。
あ、死ぬな。そう思ったのに。
シロクマは来なかった。
止められたからだ。建物から出てきたシロクマたちに。
止めたシロクマが小声で耳打ちしてる。
怒ったシロクマは大きな溜息を吐いた。
「カワ子は死んだっぺ」
「あん?」
魔法使いの男が超低音で聞き返した。ちょっと怖い。僕はそっと男の傍から離れた。
「エルマの森から連れてきた雌が、他の雌を逃がそうとしたんで見せしめにしたっぺ。エルマの森のは全部食べたっぺ。仕方ないから、別のを連れて帰れ――」
「カワ子を食べたのか?」
「仕方ないっぺ。不幸な行き違いだっぺよ」
「そうか。仕方ないのか。不幸だっただけだな? ならば、俺がお前たちを討伐するのも仕方のないことだ」
「何を言ってるっぺ。只人族と獣人族は不戦条約を結んでるだっぺよ」
「例外がある」
「例外なんて――」
「盗賊、海賊など、ならず者相手ならば殺すのは構わん」
正直、その時の僕はブルってしまって、漏らしそうだった。
怖かった。本当に怖かった。
男から離れていたのに、何か変な気配のようなものが溢れ出て、そう「あてられた」みたいな状態だった。
そんなに怖い状況だったのに、僕は気を失うことなく魔法使いの男の姿を見続けた。
僕の本能が言うんだ。ここで気を失ってはいけないと。
*****
シロクマたちとその住処が壊滅状態になった後、魔法使いの男は建物の中にいたカワウソたちを連れて出て行こうとした。
僕はもちろん、しがみついた。
「お願いします! なんでもするから連れて行ってください」
「……この雌たちとエルマの森で暮らせばいい」
「だから、僕は人間なんだってば! じゃなくて、人間なのでカワウソの生き方はできません」
「そうは言っても、カワウソを飼うのは難しそうだからな」
カワウソじゃねえって言ってるだろ!
と思ったけど、もちろん言いませんとも。
僕は人間に戻りたいし人間らしい暮らしがしたい。山奥でカワウソたちと暮らすのは嫌だ。
あ、助けてもらった雌には感謝してるけどさ。さっきから「きゅーきゅー」と僕のことを気にして鳴いているのも分かってるけど。
「僕は人間なので自分のことは自分でできます! なんだったら、お世話もします!」
「……ふむ」
「身の回りのお世話はどうですかっ。料理も作れます!」
「料理か。お前、掃除はどうだ?」
「掃除もできます!」
「……だったら、飼ってもいいか」
だから、僕はカワウソじゃない! 飼うって言うんじゃないよ!!
だけど、カワウソ姿のままでは説得力がない。
僕は下手に出た。
「カ、カワウソじゃないけど、獣人族ってことでもいいので」
「ふむ。カワウソ型の獣人族はいないが」
えっ、シロクマがいるのに、カワウソはいないの?
そう言えばシロクマって「獣」はいないらしい?
「でもま、人族の大陸では獣人族のことはあまり知られていないしな。言葉を喋るカワウソがいても、そんなものだと思ってもらえるか」
「じゃあ!」
「仕方ない。お前は連れて行ってやろう。どうやら何か混ざっているようだしな。ただのカワウソとしては暮らせないか」
「ほんと!? ありがとう!!」
「うるさい。さて、お前たちはエルマの森までだ。いいな?」
カワウソたちは、きゅいきゅいと鳴いて承諾したらしい。
何故か人間の男の言葉は分かるようだった。魔法使いだからかもしれない。
シロクマを倒した時の魔法もすごかった。見えない風の刃が次々と襲ったのだ。割とスプラッタ。
でも僕は、自分のこれからの方が大事。だから気にしない。
僕は気を失うことなく、最後まで男にしがみつくことに成功した。
おかげで、人間の世界で暮らせるようになった。
*****
さて、そこから僕の物語が平和に始まると思うよね?
平和なわけがなかった。
只人族が住む大陸にはドラゴン族の航空便で戻った。
そこで僕は、人間に戻れる魔法がないか模索しながら男のお世話をして暮らすことになった。面倒臭がりの男にせがんで確認したところ、やっぱり僕の体はおかしいらしい。人間の魂が入ってるというのも有り得るようなのだ。けれど、それ以上は分からないとか。
ちなみに男はイェルク=ゾイゼという名前で、人間の世界では有名な魔法使いだった。どう有名か。
「ああ、変人魔法使いのところの子かい? こんなに小さいのに買い物させられるなんて可哀想にねぇ。奴隷は本当は禁止されてるんだけど。え、奴隷じゃない? お世話係だって? ははぁ、あの人、確かに自分の身の回りはからっきしらしいからねぇ。この間も山向こうの草原に穴を開けていたんだ」
などと言われるぐらい有名な変人なのだった。
大体さ。二本足で立って喋るカワウソを見て「ああ、変人さんところの。だったらねぇ」みたいな納得の仕方する?
カワウソがパンを買いに来るんだぞ。おかしいだろ。
でも、そのおかげで僕が町を歩けるのもあって、おおっぴらに文句は言えないのだけど。
とにかく、ずぼらでだらしなくて変人らしい主の世話を焼きながら、僕の「人間に戻るための研究」をお願いする日々なのである。
平和に生きられるわけがないのだ。
それでも、餌として見られることはなくなった。それだけが救い。
今日も今日とて僕の平和じゃない毎日が始まる。
「ご主人! 早く起きて! お薬が欲しいってお客さんが並んでるんだよ!!」
「あー。黄色の瓶のやつ、渡して」
「どの薬が欲しいか言ってませんけど!?」
「どうせ、酒屋のオヤジだろ。二日酔いだって。じゃあ、寝るから。ウソくん、静かにね」
「酒屋のオヤジさんじゃないし、あと僕は
こんな感じで、僕の異世界召喚生活は続くのだった。
……早く無双したい!!
餌召喚から始まる異世界無双←ウソ! あと僕は餌じゃない←ホント! 小鳥屋エム @m_kotoriya
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