第23話 オノマトペ 2


 笠 へ ぽ つ と り 椿 だ つ た   種田山頭火




 自由律俳句。雰囲気というか、空気感というか、山頭火はほんといい感じですよね。俳句SNS的イイネ!をタップしたくなるぼっち感がたゆたっています。そして自由律俳句と擬音語の相性は抜群です。カチリとはまった時は更なるぼっち感の高みへと連れてってくれます。


 なんか自分でも一句詠めちゃいそうな自由な作風なのに、いざ詠んでみようと思えば、ぴたりとスマホの指が止まります。じわりじわり、種田山頭火という言語を圧縮しまくってるくせに行間を読ませる圧の凄みが伝わってきます。ハイ、今日もひっそり『明日から使える異世界で役立つ英会話』の時間がやってまいりました。




 その業界では「日本語のオノマトペは世界一ィィィ!」と自画自賛しまくるくらいに日本語は擬音語、擬態語が多数あるようです。異世界公用語である英語と比較しても数倍とか、数十倍とか、研究者によって様々ですが、種類、数は他の追随を許さないレベルのようです。


 なんで? 何故日本語にはそんなに擬音語があるんでしょうか。


 諸説ありますが( There are many opinions. )日本語の特殊性というよりも日本人の変態性に問題があるようです。


 まず挙げられるのが動詞が少ない説。単一の動詞でひとつの動作を表すため、多様性のある動きを表現できずに連用修飾語が発達しました。それが擬態語です。「揺れる」よりも「たゆんと揺れる」の方が変態的でぐっときますよね。


 他にも多言語より音節が少ないという説を唱える研究者もいらっしゃいます。音の最後に a i u e o の母音が必ず付属するので、自然音を文字化する作業も脳の言語野で処理しやすいらしいです。他言語のように子音のみの音節を使用していると音言語へと変換が起こりにくいらしいです。


 それこそ「日本には四季があるから」の禁止カードに尽きます。四季折々の趣きを楽しむ能力とは、自然音を言語野で擬音語へと変換して、その風情に欲情する変態性能力の賜物なのです。


 虫が奏でる音色に風情を感じて、擬音語をあてがい自然現象に動詞を関係付けて擬人化して欲情する。何とも高度なスキルを必要とする行為です。一般的な海外では自然音は雑音として一言で片付けられてしまいます。


 さて、オノマトペの続きです。




 Lesson 3




「Do you like now bottom spanking ? One more time ?」

「No .(nodding him head)」

「……Which one ?」


「お尻ぺんぺん、お気に召して? もう一発いかが?」

「いいや。(うんうんと頷きながら)」

「……どっちよ?」




 効果音を音のイメージから文字化する擬音語に対して、動きに ing を足して動名詞化するのが擬態語といったところですかね。


 spank を動名詞化してお尻をはたく音と様子を表現します。そもそも spank はお尻をいい感じでヒットした時の「スパァンッ」てサウンドからきている英単語ですし。


 flapping knocking も日本語の「はたく」というひとつの動詞で表現できます。ただし、同じ「はたく」でも英語的には意味は異なります。「ぱしっと平手ではたく」と「コンコンとたたく」という連用修飾語を使用して、動詞の少ない日本語をオノマトペで補完するって感じですね。


 お尻ぺんぺんは今や体罰として法律で禁止されている国や地域もあるようです。まったく痛くないように、しかしぺてぃんと透き通った音を立てるのはなかなか高度なテクニックを要するスキルなのに。逆に掌底をえぐい角度で尾てい骨に叩き込む、ぐもっと鈍い音を立てて最大ダメージを与える方法もありますわ。もったいないもったいない。




 Lesson 4




 ( silence )


 シーン……。




 あなたは異世界へ転生してきた自称勇者です。転生時に得たスキルはトイレを我慢すればするほど高い魔力を発動できるハズレスキル。そのせいで、いつもいつも、周りに人はいませんでした。まったくの無音が、あなたを取り巻いていました。森の中だろうと。街の中だろうと。


 静けさを意味する( silence )という字幕は本当に無音の時に示されます。わざわざ字幕に書かなくてもいいのに、と思っちゃいますが、シナリオ上無音であることを強調する意図があっての silence です。伏線の可能性も大いにあります。( silence )には要注意です。


 日本の創作シーンには世界に誇れるオノマトペがあります。そう、静寂を表す「シーン」「しーん」です。擬音語であり、同時に擬態語でもあります。世界広しと言えど、静寂を文字化したのは日本人だけです。自然音にリビドーを感じる変態民族の特殊スキルです。そしてその「シーン」を開発したのが漫画の神様手塚治虫先生と言われています。


 漫画の神様が創作という混沌の海原に塩を撒き、全能なる矛でこをろこをろとかき混ぜて、引き上げた矛より海の雫がぽたり一粒、ぽたりさらにもうひとつ、それは島々となり、人が生まれ、国と成りました。いわばビッグバンと言ったとこかしら。ビッグバン以前、そこは無もない世界。まさしく「シーン」としていたことでしょう。

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明日から使える異世界で役立つ英会話 鳥辺野九 @toribeno9

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