第22話 オノマトペ
奉公娘 たわわになりたるあけびを思ふ 尻を叩けば ぺてぃんと鳴りて 読みひと知らず
百人一首の裏ルールで逆転が可能なジャンピングチャンスの読み歌ですよね。「ぺてぃん」の擬音語に合わせて取り札を取れば高得点。手を払う音が「ぺてぃん」に近ければさらにダブルボーナス。畳の戦場が一気に熱を帯びる瞬間の一つです。ハイ、『明日から使える異世界で役立つ英会話』の熱を帯びた時間がやってまいりました。今日もだらりだらりと、ダラリダラリとまいりましょう。
はて? だらだら、ダラダラ。小説創作において未解決の作法の一つに擬音語擬態語のカタカナひらがな表記問題があります。いっつも迷っちゃうんですよね、これって。
一般に擬音語はカタカナ、擬態語はひらがなで表記すべきであるとルールで定められている、なんて言われちゃったりします。正直言って知ったこっちゃありません。
たとえば「ケモ耳少女の尻尾をもふるとワンワンと哭いた」と言った描写の場合、「ワンワン」は擬音語だからカタカナ表記ですよね。擬音語とは動植物や自然現象などから発せられた音を人間の音声で再現して表記したものです。「ワンワン」と物理的に音を発して鳴いているのでカタカナで表します。
対して擬態語とは実際の音ではなく事象の状態を表現する際に用いられます。「ケモ耳少女の尻尾をもふるとわんわんと哭いた」と描写しましょう。ケモ耳少女は物理音を発していません。尻尾をもふられて彼女の中の狗が声を立てずに哭いたのです。どうです? ぐっとエロっぽくなりませんか? ちなみに「もふる」とは連用修飾語である「もふもふと」という擬態語が動詞化した表現ですのでひらがな表記です。
基本的に擬音語はカタカナ、擬態語はひらがなと、小学校で教わるルールです。しかし、こと小説表現においてはそれが擬音語か擬態語か、はては擬声語か擬容語か擬情語なのか、作者に委ねられます。ぶっちゃけ、カタカナでもひらがなでもどっちでもいいんです。胸を張って表現したいように描写しちゃいましょう。細かいことを偉そうにウダウダと指摘するのはマナー講師に任せて、もっと自由にやりましょう。
「彼女の言葉はさながら鋭利な鈍器のようで僕の脳髄をたやすく穿った」
「彼女の言葉はさながら鋭利な鈍器のようで僕の脳髄をぐもっと穿った」
さて、擬音語(擬態語も含めて)ひとつ加えるだけで文章がぐっとマイルドになり、情景描写もよりリアルに想像できます。脳内で再生される音声リソースは読み手自身によるものですから感情移入度もより高まるものです。では、擬音語ってどれくらい歴史があるものなんでしょうか。
笹の葉は み山もさやに さやげども 我れは妹思ふ 別れ来ぬれば 柿本人麻呂
和歌の世界で万葉仮名を使用し始めた人物と言われる柿本人麻呂さんの歌です。「さやにさやげども」が人麻呂先生が考え出した擬音語であるとされています。漢字ではなく万葉仮名で表現され、歌われた情景が柔らかく頭に浮かびます。さやさやと風にそよぐ妹萌え。人麻呂先生は妹がお好きなようで。
最も古い擬音語は古事記の時代まで遡ると言われています。イザナギ・イザナミコンビが国を生み出すために混沌の海原に塩を撒いてかき混ぜるシーンです。その重要なシーンで使われた擬音語が「こをろこをろ」。
こをろこをろとかき混ぜられた海から矛を抜くと、その矛の先より垂れた海雫が島となり、日本という国が生まれました。いわば「こをろこをろ」とは日本で初めてのサウンドだったのです。何とも神秘的でオリジナリティ溢れる擬音語ですね。
そんなわけで、今回の異世界英会話はオノマトペについて勉強してみましょう。
・オ、ノ、マ、ト、ペッ!
Lesson 1
clink , clank , clack , clash , craaash !
キンキンキンキン!
戦闘シーンは異世界ファンタジー物の華と言えるでしょう。チート級の理不尽な威力の魔法をぶっ放すのもいいですが、せっかく《剣技》スキルレベル99もあるんですからファンタジーチャンバラと洒落込むのもオツなものです。
英語のオノマトペは日本語の擬音語とだいぶ印象が違います。サウンドを文字に落とし込む手法と異なり、動詞や形容詞の一単語にオノマトペ感を持たせて意味付けます。
clink チャリンという音。
clank ガチャガチャという音。
clack ヒビが入る鋭い音。
clash ガチャンという衝突音。
crash ガチャンという破壊音。
その単語ひとつに「◯◯という音」「××する音」という意味が割り振られてオノマトペとなります。
日本語訳としては「キンキン!」というカタカナで物理音だと描写し、その音質が硬い金属音であり、その連続性から鋭い剣戟の速さ、息つく間もない手数の多さを表現しています。さらなる強敵の出現でも「キン」の数を増やしてやれば「キンキンキンキンキンキンキンキン!」と激しすぎる剣技の応酬を表現、って何で私がフォローしなくちゃなんないのさ。ひとつのシーンで同じ擬音語を繰り返して使用すると表現が一気に稚拙になるので避けましょう。脳の考える力が退化します。
Lesson 2
ここでは普段からよく使う日常的擬音語を英語で表現してみましょう。毎日のように耳にするオノマトペばかりですので、積極的に異世界日常英会話に取り入れましょう。
「ナポ……」
gnawing
お肉を美味しく食べるオノマトペです。あなたが植物たちの敵であるヴィーガンではない限り、お肉の塊にガジガジと噛り付いていることと思われます。そんな時は「ナポ……ナポ……」といただきましょう。
gnaw は「齧る」という動詞です。ing を付けることにより「ガジガジと齧る様子」を表す動名詞化させてオノマトペ表現に使います。最初の g は発音せずに「ンナォウ」とそれっぽく発音します。何となく「ナポ」に似た音ですね。ひょっとしたらここからナポが来たのかもしれません。知らんけど。
「グワァラゴワガキーン」
ka-boooom
通常なら外角高めのボールだと余裕で見逃す球を狙って場外ホームランを放つオノマトペです。朝、近所の学校から響くグワァラゴワガキーンで爽やかな目覚めを迎える人も多いことでしょう。
boom とは。砲撃音や爆発音、雷鳴、波などの轟く音に使われるオノマトペです。ka- が付属して「ドッカーン」「ちゅどーん」などの爆発音の「ドッ」や「ちゅ」を表します。そして「ー」の音引き、あるいは長音符は単語も母音にあたる a e i o u の部位を重ねることで音の長さ、大きさ、激しさを誇張してやります。
「メメタァ」
(The sound of hitting a frog by the Over-Drive)
自らの磨き抜いたスキルを見せ付ける際によく使用される奇妙なオノマトペですよね。新人研修で先輩から社会人としての最低限マナーを叩き込まれる時に、よくカエルを波紋でヒットしますもんね。
この擬音語に関してはあまりにメジャーになり過ぎて「カエルを殴る擬音」として単独で成立してしまっているので、英訳しようがありません。「メメタァ」は「メメタァ」としてカエルを殴る時(もちろん波紋を込めて)にのみ使用すべきです。
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