第21話 リトル・ガラス・スリッパー
余寒なお去りがたき折から、脱ぎたてのハイヒールに注いだブランデーも温く香り立ち、かすかに春の匂いを漂わせます。皆々様におかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
長いようで短い『カクヨムコン6』読者投票期間が何事もなく終了しました。満足のいく結果を得られた作者様も、10万文字に達することができずに『7』に気持ちを切り替えた作者様も、まずはお疲れ様でした。物書きにとっては読者リアクションがダイレクトに肝臓を殴打する楽しい期間でしたね。
普段の趣味的執筆作業と違い、締め切りと読者投票期間が設定されるだけでこんなにも文章を綴るのが変わってくるものか、ひしひしと感じられます。いわゆる「賞レース」の怖さを思い知ることができるのがカクヨムコンです。って、このエッセイはいつ書かれたものだよ。カクヨムコン6終わってどんくらい経ってんだって話です。不定期連載だからって時間かけすぎだろ。いやいや、筆が遅いと言うよりも文章を熟成させていると表現しちゃいましょう。
小説は樽の中で眠りにつくブランデーと同じです。時とともに熟成するものです。そしてブランデーはボトルに詰められてからもさらに眠り続けます。小説だってWebにアップされても眠るものです。読者様の目につき、そして読まれ、感想やコメントを頂いて初めて香り立つものです。
一般にブランデー(コニャック)の飲み頃は18〜20度と言われています。ブランデーグラスの中でゆるりと液体を回して液色を愛でつつグラス越しに掌の温度で温めて、香り立つ芳醇なアロマを楽しむ。それって実はブランデーの楽しみ方としては誤った方法なんです。
アルコール度数40以上のブランデーは液温が20度を越えるとアルコールの揮発による刺激の強い匂いを放ちます。それではせっかくのブランデーのアロマが台無しです。掌で温めるには温度が高過ぎます。
それに対して冷え性の女性の足の裏の体温は22〜24度くらい。熱伝導効率を考えても脱ぎたてのハイヒールは表面温度18〜20度でしょう。おや、まあ。なんということでしょう。ブランデーが最もアロマ薫る温度ではありませんか。
寒い季節こそハイヒールブランデーがよく香る。どんでん返しによる伏線回収です。ハイ、『明日から使える異世界で役立つ英会話』の時間がやってまいりました。『カクヨムコン6』はとっくの昔に終わりました。これからも『7』に向けて、小説も脱ぎたてのハイヒールの香りとともにいただきましょう。
前フリに1,000文字も使ってしまいました。さっさと本編へまいりましょうか。今回の英会話は「どんでん返し」についてです。
・どんでん返し
Lesson 1
「There is no royal road to heroic tale. What the reader is looking for is a plot twist.」
「At that point , It turned out to be a plot twist.」
「That is going too far.」
「英雄譚に王道なし。読者が求めているものはどんでん返しだ」
「もうその時点で、どんでん返しってバレてんのよね」
「それを言っちゃあおしまいよ」
そもそも何なんですかね、どんでん返し部門って。どんでん返しがあるとわかって読み進めるのと、どんでん返しがあると思わせといてどんでん返さないというどんでん返しが求められるんですか?
ともかく、異世界転生勇者にして俺TUEEE無双系勇者なあなたは、ここらで一発名を上げるために滅びの街へやってきました。この街は廃墟の街。七年前に謎の大爆発を起こして滅び去った悪夢の街です。噂では、悪夢の原因となった男がたった一人で住んでいるとかなんとか。大爆発の謎を解けば勇者として名を売れます。
ここまで本編を読んでくださっている読者様には七年前の悲劇はご存知のことと思われます。しかし登場人物はそれを知りません。一応、どんでん返し成立といったとこでしょうか。
この会話でのポイントは「それを言っちゃあおしまいよ」です。どんでん返しがあるとわかりきった上で読むどんでん返し部門だなんて。「ラスト五分、驚愕の展開がっ!」と宣伝された映画を観るようなネタバレです。それは言わない方がいいのでは、的なニュアンスが求められます。
go too far は簡単に言えば「遠くに行き過ぎる」ですが「度を越す」って意味の定型表現となります。文体全体で「それはやり過ぎだ(それは度を過ぎる)」と意訳して「それ以上突っ込むな」「それを言っては(この会話も)おしまいだ」と表現できます。もうこれ以上やめてよ、もう。どんでん返しってどんでん返しに持ってくまでが大変なんだから、期待しちゃわないでね、ね?
Lesson 2
「The true identity of the princess is discovered with the little glass slipper. Don’t you think lovely surprise ending ?」
「Yes , I think so.」
「Right.」
「I am excited to imagine being stepped on with glass slipper.」
「You asked for it , I will be glad to step it. Until the glass heels break through your cheeks.」
「舞踏会用のガラスの上靴で姫の正体が発覚するの。素敵なサプライズだと思わない?」
「ああ、そいつは予想外の展開だ」
「でしょ?」
「ガラスの靴で踏まれるのを想像すると興奮するしな」
「お望みとあらば踏んで差し上げますわ。ヒールがおまえの頬を突き破るまで」
plot twist で「筋書」を「捻る」わけですから「どんでん返し」と訳します。その他の表現として「エンディングにサプライズが待っている」とか「ラストに予想外の展開が」とかさまざまなどんでん返し的表現があります。
それらに対して「Right.」とたったワンワードでそっけなく返すのが悪役令嬢的心得といったところでしょうか。ここでは「その通り」や「言う通り」と訳すのではなく、単なる相槌のように特定の意味は持ちません。「でしょ?」「だよねー」「だろ?」などのように語尾を曖昧に濁して、相手に肯定を強要します。「よろしい」とばっさり切り捨てるニュアンスで発音しても悪役令嬢らしくていいでしょう。
あなたの王立魔導学園での転生ライフも順調のようですね。無事、悪役令嬢の取り巻きの一人に数えられるまでレベルアップし、何とか一日十五分間の日常会話を交わす権利を獲得できました。悪役令嬢もあなたの扱いに慣れてきたようです。you asked for it のask は「尋ねる、質問する」ではなく「頼む、求める」の意で使われます。構文に if は含まれませんが「あなたがそれを求めるのならば」という意味合いで解釈できます。「仕方ないですね」「しょうがねえなあ」と砕けた感じで訳すと悪役令嬢との距離もだいぶ縮まった気がしますね。やっと踏んでもらえますよ。
ちなみにthe little glass slipper を「ガラスの上靴」と翻訳したのはかの川端康成先生です。シンデレラの日本語訳を担当されました。slipper は現在でいうスリッパではなく、舞踏会で履く滑るように踏むステップがしやすい靴のこと。なので川端康成先生は最初は「上履き」と訳し、二回目からは「ガラスの靴」と表現しています。何とも素敵な表現方法ですよね。Right?
脱ぎたてのガラスのハイヒールでブランデーを飲む話から川端康成先生の逸話へとどんでん返しが展開されたところで、今回はここまで。また『カクヨムコン7』のどんでん返し部門でお会いしましょう。That is going too far.
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