第30話 戦闘準備

 結局のところ、巨人の夢は解決の目処は立たず、そのまま第四十二次モンリュエル侵攻作戦に投入となった。

 リヨンのゲートからのミシックたちはなぜかモンリュエルで中規模コロニーを形成し、こちらへ向かってこない。だが、規模に反してモンリュエルのコロニーは強固だ。すぐ後ろにあるゲートが潤沢にミシックを供給する。

 このため、いまだかつて一度も陥落したことがない。

「やれやれ。そろそろ退役だってえのに、地獄送りとはついてない」

 パリー少佐はニコチンフィーダーヴェイプの煙を吐き出しながら辞令を指で弾いてゴミ箱に投げ込んだ。

「せっかくやめられたと思ったニコチンをまた吸う羽目になったよ」

 少佐はため息とともに蒸気を吐き出す。香りはコーヒーとクリームをベースにしたものだった。

「モンリュエルを取り戻せれば、リヨンまでは一息。拠点構築までできればリヨンを陥落させられるかも」

 フォートレル博士が戦略マップを見ながら言う。

「お気楽なこと言わんでくださいよ、博士」

 少佐が首を振りながら肩をすくめる。

「ごめんなさいね、私達は研究職だから現場のことがわからなくて」

 我々は本来テクノどころではなく研究員だが、アルビオン専属整備員として前線に来ている。

「で、駄々っ子アルビオンはどうですかい?」

 リモートセンサーによるステータスチェックをしていたクロウリー博士がモニターをにらみながら答える。

「そうね。ほぼ問題なし、ってところかしら。若干体温が高めなのは緊張しているからかしらね」

「緊張、ねえ」

「この子になってからは初陣だからね」

 我々は人工Artificial子宮Uterusが母である工業製品。そう、工業製品なのだ。


『コード202発令』

 全館放送がグループ2装備開始を告げる。我々は今回グループ2に属している。1が偵察、2以降はその後の攻撃部隊を表している。我々は初撃を任されたということだ。

「さて、お仕事の時間だ」

 バリー少佐は咥えていたデバイスをデスクの上のケースに戻すと大きく息を吐き出す。

「私はこれからスーツに着替えますがね、先生たちも前線に行くんで?」

「ああ。なので私たちも準備室行きだ。バリー少佐、案内をお願いしますよ」

「案内っつーても私もここは初めてですぜ。まあだいたい基地なんざ同じ構造してますからわかるとは思いますがねえ。あ、スーツ着るの初めてなら結構大変ですぜ。覚悟を決めておいたほうがいい」

 少佐は意地の悪い笑みを浮かべる。

「大変?」

「ええ、新兵はたいていやらかします」

 少佐は立ち上がると大きく伸びをして部屋を出た。慌ててついていく。

「後方のテクノにゃシャムロックが与えられるんですよ。通例ならね」

「通例なら?」

 クロウリー博士がそう問うと少佐は苦笑をまじえて答える。

「監理官殿は優秀な博士を失いたくなかったんでしょうなあ。外交ルートを通じて、ACUから最新型のスーツを取り寄せたそうで。型式はXM7。正式採用前だからXがついていますがね、先行量産されてるってことでそのままM7にスライドするってのがもっぱらの噂ですな」

「最近ACUは新しいミシックが顕現したのに連戦連勝らしいじゃないですか。XM7がそれだけ優秀ってことなんですかね?」

 私がそう言うと少佐はため息。

「開発のあんたらがそんな気の抜けたこと言っててどうするんですかい。現場に立つ私の心情ってのを少しは考えてもらえますかねえ」

 少佐は部屋の前で立ち止まる。

「ではお嬢様方、ここでそのXM7に着替えです。中に装備管理のダニエラ・フロリーコヴァー二等軍曹がいるんで手伝うっていうか、まあ着せてもらってください。旦那は私とこっちだ」


 スーツを初めて着たが、これは……。少佐が「新兵はたいていやらかす」と言った意味がわかった。強烈に締め付けられる。我々デザインドはオリジナルに比べればずっと強靭な体を得ているが、それでもかなり辛い。

 さらに排泄にしか使わないのに無駄にでかい器官のポジションで苦労することになった。

 少佐はゲラゲラ笑う。手伝ってくれていたヴィルジーリオ・ボンディ二等軍曹は顔をそむけつつも肩がひくひくと痙攣していた。

「ま、男には男の苦労っつーものがあるんですが、女性は女性でまた大変だって聞いたことはありますわな」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。気になるなら聞いてみたらどうです?」

「そこまでは親しくないからなあ……」

「おや、そうですかい」

 少佐は小さなタンクにタンパク燃料を注いでいた。ヴィルジーリオ二等軍曹はXM7の腰部タンクに燃料を注いでいる。

「コード150発令」

 全館放送で作戦開始が流される。15は威力偵察、0はそのフェーズ0を表す。威力偵察担当の部隊はAPCに乗り込め、ということだ。

「グループ1がお出かけだ。我々もじきに出ることになりますぜ。覚悟はできてますか?」

「遺書は書いておきました」

「そりゃあいい。ま、その遺書が無駄になるように私等ラインがいるんですがね」

「期待してますよ」

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Cell / Automata ナード @Nerd

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