第29話 叱責と採用

 自由研究時間とはいえ、博士が三人集まってワイワイやっていれば、目立つ。

 エリザ監理官に呼び出された。

 EMAに所属する数少ないオリジナルの一人。すでに退役すべき年齢であるが、ずっと雇用されている。それはオリジナルが貴重になってしまっている現状を端的に表している。

 彼女は怜悧な視線で私の研究が挟まれているクリップボードを見つめている。

 紙をめくる音がときおり流れる沈黙の空間で、直立不動のまま待つ。

 エリザ監監理官はクリップボードから私に視線を移す。

「タナカ博士、これは?」

「自由研究時間に行っていた思考実験ですね」

「なるほど。ミノタウロスに対抗する兵器、ですか」

「コロニーは繁茂が発生するため車両ではうまく移動できません」

「だからといって、これはどうなのかしら?」

 クリップボードを万年筆で叩く音が響く。

「ならば我々デザインド彼らプロダクツはどうなのでしょうか?」

 彼女は目を丸くして私を見る。

「我々とアルビオンを分かつものは何なのでしょうか?」

「そ……れは……」

「申し訳ありません。言葉が過ぎました。謝罪いたします」

 数の少ないオリジナルは職務を強制されるケースが多く、ストレスに常に晒されている。それに比べ我々はそうなるようにデザインされ、教育され、出荷される工業製品だ。何もかもがオリジナルとは異なる。

 その思考も、行動規範も、なにもかも、だ。

「エリザ監理官。その研究について倫理委員会へ諮問してください。彼らはそれが仕事です」

 彼女は無言のまま私を見ている。

「監理官、あなたの仕事はなんですか?」

「本当に、厄介事ばかり持ち込むわね」

 エリザ監理官は書類を一枚クリップボードに足してサインした後、脇に控えている秘書に渡す。

「話は以上よ。退出なさい」


 アルビオンの開発はプロジェクト・ゾアーズとして正式に承認された。このあまり笑えない名前にエリザ監理官の心情が見て取れる。

 とはいえ、仕事だ。

 まず行ったのは専用のスーツの開発だった。シミュレーションの段階でわかっていたことだが、アルビオンのコックピットはかなりの熱を持つ。その冷却を担当する専用のスーツが必要と判断した。

 スーツ名称はクローバー。ベースとなった欧州標準規格のシャムロックから取られている。

 クローバーの外見的特徴としてプロペラントタンク接続部がある。通常のスーツではプロペラントタンクは背部のハードポイントを利用することを前提にしており、腰部にコネクターがある。

 その接続コネクターが両肩へ移動されている。コネクターは一応統一規格で作られているのでプロペラントタンクは接続できるが、実際に接続しての運用は考慮されていない。そもそも両肩のハードポイントがなくなっているのだからタンクを固定するすべがない。

 このコネクターはアルビオンのコックピット内のベセルに接続するためにある。

 アルビオンはいくつかの内分泌機構がオミットされている。発汗機構はその一つだ。結果、体温調整ができない。このため循環するタンパク燃料を利用したアクティブ冷却システムで体温を調整する。

 クローバーはコックピット内の熱対策としてこの冷却されたタンパク燃料を利用する。

 アルビオンから脱出したあとはパイロットの生存率を上げるためのスーツとして動作する。ただし狭小なコックピットに対応するため燃料タンクは最低限しかない。活動限界は全力駆動で八分。なんとかしてAPCへ逃げ込むためだけのもの、というレベルだ。

 武装を吊り下げるためのハードポイントも両肩を冷却のために潰されている上にコックピットに固定される都合上、腰、背部も使えない。結果左右の大腿部のみとなるため小型で高火力ということで.50マグナムとスピードローダーという組み合わせが標準になった。

 このアルビオンとクローバーのプロトタイプがある程度形になったところで、テストパイロットとしてロイド・パリー少佐が派遣されてきた。

 そのパリー少佐がクローバーに身を包みコックピットに収まってアルビオンとの接続を行っている。

「タナカ博士、コレどうにかならんのですかね?」

「何分初めてのシステムなんでね。私にも何が起こっているのかわからない」

 アルビオンは巨大なシステムだ。人体の感覚拡張を行える統合インターフェイスとはいえ、すべての処理を行わせていた場合、負荷が高すぎておそらく焼ききれる。

 このため運動制御を行う中枢神経系を持つ。統合インターフェイスを通じて接続した場合、出力の大きなものに負けることになる。これを避けるためにアッテネーターと逆流阻止システムを乗せている。

 逆流阻止システムとはいえすべての逆流を止められているわけではない。結果、統合インターフェイスと接続するとパイロットはアルビオンから何らかの意思が流れ込んでくることになる。

 その殆どは意味不明な白昼夢として認識される。

「私はまあキャリアも長いですし、もっと胸糞悪いなにかを見てきたんでこの程度は平気ですがね……。ひよっこ共はコレを見たら壊れるんじゃないんですかねえ?」

「パイロット適性試験で選抜予定だ」

「はあ……そうですかね。それでどうにかなるモンだとはとても思えないんですがね」

「最初のうちは先行生産で少量が戦線投入ということになるはずなので、パリー少佐のようなベテランのみが搭乗することになるはずです」

 クロウリー博士がそう告げるとパリー少佐は複雑そうな表情で考え込む。

「私みたいな前線にいるデザインドは珍しいですぜ? その理屈はあんまり筋がよくないですなあ」

 クロウリー博士が黙り込む。

「ま、この夢をどうにかできるんならどうにかしてほしいところですわ。正直見ないですむならそっちのほうが楽なんで」

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