欧州軍事同盟

第28話 巨人

 それは天啓だった。

 普段使っているカップを落として割ってしまい、以前使っていたものの大きすぎて使い勝手の悪いマグを引っ張り出してウォーターサーバーから水を入れていたときだった。

「なんで、無理なサイズに落とし込んでいたんだろう」

 そもそも人のサイズである必要はないはずだ。アメリカ・カナダ連合ACUでは多腕モデルが実戦投入されている。統合インターフェイスが拡張された人体をコントロールできることは実証済みだ。

 すでに最適化案は提出してしまった。だが、かえってちょうどいい。自由研究時間を利用してそのアイディアをブラッシュアップすることにした。


「あら、タナカ博士。面白いことしてるわね」

「ノックして許可を得てから入り給えよ、クロウリー博士」

 空間ディスプレイに浮かび上がるプロトタイプの人型兵器を興味深げに覗き込むのはミランダ・クロウリー博士。第六世代デザインドでパートナーとともに養育しながら仕事を続けている女性だ。

 クロウリー博士は主に装備関係の研究開発をしている。

「サイズは?」

「考えていないが、とりあえずはヒトをそのまま4~5倍にスケールアップしようかと思っている。それ以上になるとおそらく膝が持たない」

「専用の装備が必要ね。それに……」

 博士が言いよどむ。

「ああ、そうだとも。だからこそやれない」

「あんまり、深入りしないほうがいいと思うわ」

 肩をすくめてため息を返す。

「わかってはいるけども、ね。研究者の業というものだろう」

「それは、本当にそうなのかしら?」

「何が言いたい?」

「私達は所詮作られたものデザインド。だからオリ」

「言わせておいてなんだが、それ以上はやめておけ」

 博士は小さく嘆息すると、そうね、と頷いた。

「ま、エリザ監理官に目をつけられない程度にがんばりなさい。装備関係の相談ならいつでも受けるわ」

「ああ、ありがとう」


 シミュレーターで動かしてみたところ、様々な問題が浮かび上がってきた。イシカホノリの筋力を持ってしても巨人アルビオンを自在に動かすことが難しい。

 装甲を兼ねた外骨格に筋肉を貼り付けているのだが、可動域に問題が出る。

 内骨格にすると支える骨がそれなりの強度を持つ必要があり結果太く重くなる。太く重い骨を動かすための筋肉は大きくなり、更に重量が挙動を愚鈍にする。

「つくづく人体ってのはギリギリのバランスなんだなあ」

「でしょうね」

 ため息混じりの独り言にまた勝手に入ってきたクロウリー博士が答える。

「許可を得ろと何度言えば」

「あら、あなたと私の仲じゃないの」

「誤解を招く発言は謹んでもらいたい」

「せっかくいいものもらってきたのに」

 クロウリー博士はそう言うとチップを投げてきた。受け取る。

「これは?」

「改良版イシカホノリってところかしら。それと装備類の素案」

「……協力者は誰だ?」

「クリスティアーヌ・フォートレル」

「なるほど」

 クリスティアーヌ・フォートレル博士はクロウリー博士のパートナーで、各種スーツの人工筋肉の研究開発を行っている人物だ。

「タナカ博士がジャパニメーションを現実に再現しようとしているって言ったら面白がってね」

「酷い言われようだ」

「でも、事実でしょ?」


 アルビオンはシミュレーター上ではあるものの単体でミノタウロスの群れ10体を撃滅した。

 ブース内にはクロウリー博士とフォートレル博士がいる。彼女たちも興味深げに結果を見ている。

「これ、制御どうするの?」

 クロウリー博士に問われる。

「中に乗り込むしかないだろう。外部の無線接続ではあの環境下では途絶の危険があり、有線では活動に無理が出る」

「活動限界は?」

「シミュレーター上の計算で1時間前後、背中にプロペラントタンク載せて4時間というところだ。タンクありの場合運動性に問題が出そうだが、まあそこは配置でどうにかできると思う」

「火力はまあ問題なさそうね。20ミリのアサルトライフルなんて馬鹿げたもの、楽に振り回していたし。88ミリ滑空砲をぶっ放すなんて変態そのものよ」

 クロウリー博士が呆れたように言う。

 私はフォートレル博士に視線を向け、言う。

「新しい人工筋肉のおかげですよ。イシカホノリの内分泌系をオミットしてその分出力に回すというアイディアはなかなか」

「神経系欺瞞システムと光接続。あなた、これをどこで?」

 ずっと黙ってアルビオンの設計書を見ていたフォートレル博士が書類から目を離さず聞いてくる。

「大学の卒論です。元はファントムペイン対策だったんですが……EMAではデザインドはほぼ前線に出ない上、プロダクツは……なのでさほど意味がないと破棄された研究の一つになっています」

「……それが、こうなるのね」

 フォートレル博士は設計書から目を私に向け、それだけ告げると、また設計書に視線を戻した。

 整備性を考えた場合に、そうするしかなかった。

 大きな関節単位でブロック化し神経接続を光化。更に整備中の欺瞞を行うことで負荷を下げる。

 それだけではない。

 継戦性を優先するためにも必要、だからこそやむなく採用するしかなかった。

「クリス、あんまり責めるものではないわ。私達は」

「わかっているわ。でもね。そこまで踏み込んでしまっていいのかしら」

「戦況が許すならば、やらなかったさ。ずるい言い方だが、ね」

 彼女たちは私に小さく頭を下げるとブースから出ていった。

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