穴と空の女王2 ~女王も1作目も出てこない~

ちびまるフォイ

第3作目にご期待ください

今日も趣味の写真撮影で公園を訪れた。

人を撮ろうとすると警戒されるのでもっぱら自然か空ばかりだ。


「これは……?」


草が生い茂るはずれで岩を見つけた。

地面から顔を出している部分には人の指のような物体が見える。

おそるおそる触ってみても完全なる岩。


「変わった形をしているな」


写真に収めて、データ化したものをSNSに投稿した。

どう見ても人の指に見える変わった岩は大いに騒ぎになった。


まるで自分の撮影技術が認められたようですごく嬉しかった。


それからも何度か写真を投稿したが、

"指の生えた岩"の写真以外は見向きもされず鎮火されるように波が去った。


世間では一発屋みたいな扱いをされていることだろう。

本当はそっちが離れていったくせに。


これまでは自分のために写真を撮っていたが、

いつしか目的は相手のために写真を撮るようになっていた。


「俺が一発屋じゃないってことを見せてやるからな」


野心に燃える俺にチャンスが訪れた。


ある晴れた朝のこと。

雲が流されたとき、空に穴があいているのを見つけた。


「す、すごい! なんだあれ!? 大発見だ!」


なんの気象現象なのかわからなかったが、

日々スクープを探す記者のように条件反射でカメラを激写。


空に浮かぶ真っ黒い穴をSNSに投稿して反応を待った。


「ふふふ。きっと大騒ぎになるぞ。ものすごく珍しい現象だったりして」


渾身の1枚は誰にも相手にされなかった。

世間では可愛い柴犬の写真が注目され俺の写真は誰にも届かなかった。


「……前のが運よすぎたんだな……」


誰かのために写真を撮ることに疲れてしまった。

それからはもうSNSに写真を投稿せず自分だけの楽しみに終止した。


それでも自分の発見した空の穴はいったいなんだったのかと、

ネットや文献を探してみたものの見つけることはできなかった。


「あ、見えた」


雲が晴れた空ではかんたんに見つけることができる。

実は俺が思っているほど珍しい現象ではないのかもしれない。


それから数日がたった。


最近は晴れの日が続いている。

いつも年末になると厚い雲がかかって曇り空が多かった。


「異常気象ってのもありがたい部分があるんだな」


明日の天気でも確かめようかとテレビを付けると、

見覚えのある写真がニュースで紹介されていた。


『○○県にお住まいの△△さんが撮影した1枚。

 教授、この写真では空に穴があいているように見えますが

 これはいったいどういう現象でしょうか』


『これは……なんでしょうな。合成でなければ

 太陽の光が差し込んだときにできるナントカカントカ現象ですな』


「おいおいおい!! それ俺の写真だぞ!?

 誰だよ△△さんって!!」


ネットで探してみると、ブログに行き当たった。

そいつは俺の写真をさも自分の写真のように使っている。


今から俺が本家を主張してもアクセス数の差から、

俺のほうが後出しの偽物に思われるだろう。


「くそっ……俺のときは見向きもしなかったくせに!」


悔しいのでもっといい写真を撮ってやろうと空にカメラを構えた。

ちょうど青い空をバックに、白い飛行機が見えた。その奥には穴が見える。


完璧すぎる構図。


「ようし、この写真で大逆転だ!」


穴と飛行機が重なったとき、シャッターを連写モードで撮影。


「あっ……!?」


バシャバシャと連写されるシャター音。

写された写真には空の穴に吸い込まれていく飛行機がパラパラ漫画のように記録されていた。


穴に重なった飛行機は、穴を横切ることなくそのまま吸い込まれ姿が消えた。


「見間違いじゃ……ないよな……」


肉眼で見ただけでは見間違いだとするだろうが、

カメラの写真には克明に事実が残されていた。


翌日、乗客を乗せた飛行機が突如消えたと大騒ぎになった。


墜落現場を探すために捜索隊が出されたり、

必死に家族と連絡をとるために電話をかけている人がニュースになっていた。


こんな日でも空は晴れていた。


「俺の写真を送れば……いや、絶対に信じてもらえないか」


最初の空の穴の写真も俺が撮影者だとすれば、

きっとこの穴に飛行機が吸い込まれたのだと信じてもらえただろう。


ポッと出の俺が「飛行機なら穴に吸い込まれましたよ」などと

ドヤ顔で語ったところで笑われるだけだ。


「……ん? なんか、穴がでかくなってないか?」


飛行機の写真をじっと見ていて気がついた。

最初の自分の写真と重ねると、明らかに空の穴の直径がでかくなっている。


最初のときは指で隠れるほど小さな穴だった。

それなのに今は飛行機が横切っても穴が見えるほど幅が広くなっている。


俺は毎日毎日穴を見続けた。

日毎に穴がでかくなっているのは明らかだった。


穴に近づいた雲は穴へと吸われて消える。


「まさか、ずっと晴れで雲がなかったのって……」


いつしか穴は太陽よりも月よりも、なによりも大きく空に鎮座していた。

もはや誰の目にも明らかになった。


穴は毎日、毎日。大きくなっていく。


「い、石が……浮いてる……!」


道に転がっている小石がゆっくりと浮かび上がり、

空の穴に向かって吸い寄せられていく。


穴が大きくなるにつれ、重力が弱まったように体がふわふわする。


『見てください! 海岸の砂が! 砂が空に吸われています!』

『鳥が! 鳥が今! 穴へと吸われて消えてしまいました!!』

『政府は急ピッチで地下シェルターを作っています。予算会議は難航し――』


穴はまた大きくなる。


空の青色を拝むことはできなくなった。

バカでかい空の穴が黒く広がっている。


車が浮かび空の穴へと吸われていく。


空の穴の奥には地球らしき小さな星が見える。

もしあの穴に吸われたら宇宙空間に放り出されるのか。


"地域のみなさん! 地下に避難してください! 外には出ないでください!"


窓の外からはゴオオオオと、空の穴が吸う音にまじって声が聞こえた。


電線が波打ち引きちぎられる。電気は通じない。

地下に隠れようにも外に出ればあっという間に浮かび上がってしまうだろう。


「誰か、誰か助けてくれ!!」


俺は家の中でうずくまり嵐が過ぎ去るのをただ待った。



ガクン。


大きく家が一瞬だけ動いた。

窓の外の風景はどんどん高度を上げている。

地面から引っこ抜かれた家やビルが空に舞っている。


「うわああああーーーー!!」


俺は家ごと空に浮かぶ大きな穴に飲み込まれた。

家から最後に見たのは穴の奥にある小さな青い惑星だった。










「ママ。見て」


公園に来ていた女の子は母親に拾った石を持っていった。


「きゃあ! ゆ、指!?」

「違うよママ。石だよ」


指らしきものが生えている部分は触れてみると石だとわかったようだ。


「驚かせないでよ……ほら帰るわよ」

「はーーい」


女の子は石をぽいと捨てた。

あれは俺の指だった。


穴に吸収され吸い込まれたものと合成し再構成されたこの星では

俺の体はバラバラにさまざまなものと合成されている。


人間の形状が残っているのは小石と指が再構成された部分だけだろう。

木や、動物や、土などに俺の体は合成されている。



空にはまた小さな黒い穴が現れていた。



穴は誰にも気づかれずに、毎日少しづつ大きくなっている。



俺は次は運良く人間へ再構成されるのを楽しみに待っている――。

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