背負うモノ

 男からの蔑むような発言には言葉を返さずに、新しい腕の感触を確かめるように一度両の拳を軽く握ったジーク。


その顔に負ったはずの頬の傷もいつの間にか跡形もなくなっている。


肘から先までとなった手に握られていた剣は今は黒い灰のようなものの傍に転がっており、ジークは前方の雷を纏った男を警戒しながら自身の足元後方に落ちている剣を引き掴み、構えた。


両手に握り込まれたその剣を向ける先は前方の雷を放つ男。


たった今切り落としたはずの両腕に代わるモノが出来上がるのを見ていた男はその瞬間に驚きこそすれど、既にその色は消えており、熱の無い瞳で品定めするようにジークを見つめる。


動揺や困惑、もっと言えば恐れを抱いてもおかしくは無い状況を前にして、男が冷静を貫けるのは今までの人生でこれ以上の景色をその瞳に映してきたからなのであろうか。


男の右手からだらりと垂らされた雷撃の刀は戦闘への備えが整っておらず、


(あの技は見切れない。接近戦に持ち込む!)


投げ掛けられる監視の視線を前にして、隙を見逃さなかったジークが取ったのは先手必勝の策。


 先ほど見切れる余地すらなかった技を使わせないために速攻を試み、素早く一歩目を踏み出したジークが2歩目を踏み込もうとした瞬間、


__バチッ!


忌まわしき衝撃音と共に、開けていた視界を男の体と光を帯びた刀が遮る。


 それは速攻を優に凌駕する電光石火の神業。直立であったはずの姿勢は風を伴って躍動し、両の手によって攻勢の息吹を得た刀がジークの頭に迫る。



つい一瞬前まで間合いにすら入っていなかった対象が目の前にいるという事態に、ジークは振り下ろされる刀を防御するので精いっぱいであった。


(なんて速さだ!予備動作すら見えなかった!)


速さは勿論のこと、男の刀から発される圧力も数段上がっており、ジークの全力を以てしても押し返すことは出来ない。



数秒のつばぜり合いのような硬直状態から、男が刀を引いた。



そうジークが認識した時には既に彼の左肩の肉は裂かれており、血しぶきが空を染める。


(なっ!)


左肩が切られたと認識できた時には既に右肩から出血。目の前でチカチカと発光する光と同じ速さで体に刃が突き立てられる。


(見切れない!目が追い付かない!)


 視認できないの速さの斬撃に対して防御するすべは皆無と言ってもよく、どうにか勢いを止めようと剣を振るうジークの全身を切り刻んでいく。


なす術なく十度ほど刃を身に受けたとき、


「ウィル!」



 たまらず自身の体を後方に逃がすような強風を発生させたジークは、傷口から滴り落ちる血をまき散らしながら幾たびか地面を転がり、流れるように立ち上がると剣を構えた。


 戦力差は圧倒的というほかなく、絶望的な状況であるがジークの瞳に宿る光は潰えない。その理由(ワケ)は、打開策と呼ぶには余りに心もとない、しかし経験から導き出された確かな推測。


(・・・敵わない。だがあれほどの力、長くは維持できるはずもない)


強大な魔法にはより大きな魔力が消費される、雨を操り雷を意のままにするという行為には膨大な魔力の消費が起こっているハズで、面前の男の魔力が無尽蔵でもない限りは必ずガス欠になる時がやってくる。



ジークがそうやって思考を巡らせている間にも、彼の全身からつい先ほどまで噴き出していた血の流れはもはや止まっており、切り裂かれた衣服の隙間から覗く深い切り傷の本体も既に修復を始めているようであった。


その前方で異次元の再生能力を映している瞳に動揺の色は無い。追撃するわけでもなく、後方に逃げたジークの様子をじっくりと観察するようにしてから、


「・・・・・・斬るだけ無駄らしいな」


呆れたように、ため息交じりにポツリと呟いた男はその直後、言葉とは裏腹に刀を振りかぶる。


(来るか!今はとにかく時間を稼ぐ!)


男の所作を見たジークは現状打ち勝つことは出来ないと分かりながらも、次善である魔力を消耗させるという目的の為に剣を構えて応戦する気概を見せた。


二人の懸隔は八mほどで、容易に襲来が予測される神速の体さばきからの強力な一刀は、来ると分かっていても受けきることは難しい。ジークが為すべきは出来る限り損傷を少なく抑えながら再生力を活かし、最大限粘ること。



ジークが構えを取ったのと殆ど同時に、男は振りかぶっていた刀で空を切る初動を見せた。


__バチッ!


 先ほどと同じ音が鳴ったのち、ジークの視界に飛び込んできたのはは自身の方向に向かって猛烈な速さで飛んでくる一本の鉄塊。


(刀か?!)


 予想だにしていなかった光景に動揺したジークであったが、反応できないスピードでは無く、魔力を宿して向かってくる刀を難なく叩き落した。


剣の刃に勢いを殺された刀は地面に引き落とされ、カランと音を立てて服従を示す。


相手の戦闘の生命線である刀を奪うという形になった一瞬の間の出来事に、ジークの心に滲むのは一抹の達成感。その感情の変化から時を置かずに訪れるのは、自身が取りうる中で最も最低の手を選んでしまったという絶望の大波。


(これは囮か!)


そう自覚した時には余りに遅く、


「だが、手はある」


背後で言葉がこぼされたのと同時に、ジークの側頭部を覆うように掲げられた男の両の掌から凄まじい電撃が放たれた。



「グアアアアアア!!」


全身を駆け巡る電撃に体中の組織を焼かれ叫び声を上げたジークは、数秒続いた雷撃の後にバッタリと顔から地面に倒れた。


破滅、絶望、欠落、そして死。肉体を焼き切って発生した惨たらしい悪臭は生命の断末魔を内包する。


地面に突っ伏したジークの背後から現れたのは蒼髪の男。掌では雷撃の余波が暴れ、地を這う黒焦げの肉を見下ろす瞳は非情に濡れた。



ジークの体を追い越すようにして、作戦の一端を担った刀を地から拾い上げた男は踵を返すと、本来の目的地であったであろう城の方面へと足を踏み出す。



「……待……て」


呻くような、焼きただれた呼びかけが男の後ろ髪を引いたのは彼が上げた足が水音を立てた時だった。


声の主は焼けこげた生命の残骸。かろうじて声は出せたが、他の器官はまだ再生していないようで手足などを動かすことはとても出来そうに状態であった。



最初から殺しきれるとは思っていなかったようで、男はジークの声を聞いても動揺の片鱗すら見せない。が、代わりに足を止めると、眼下の瞳に視線を送り、



「アンタ。どうしてと、そう聞いたな。……俺は、お前たちの王に罪の償いをさせに来た」


先ほどの問いを持ち出し、言い切った。


蒼髪の男の口からこぼされた突拍子もない言葉にジークは明らかに表情を変え、


「何を!……西方で兵を殺したのも貴様だな!貴様が殺してきた者たちには……愛する家族がいた、国を想う尊い志があった!……貴様のやった事は……決して許されることではない!!」


激しく糾弾したジークに、男は初めて荒ぶった感情を発露させるように右手で言葉を振り払うようにすると、


「日々を踏みにじられた者達だ!!彼らの無念だ!俺が背負っているモノは!!許しなど求めるものか!……俺にはもう……何も無い」


最後には心の底から重たいモノを引きずり出すようにして言葉を紡いだ。


 寒空の下で発された感情の塊の大部分を構成していたものは悲しみだった。深い悲しみだった。この男は今までの人生で何を見て、何を経験し、何を思ったのか。ジークが考察を試みるよりも早く、蒼色の輝きは闇の中へと飲まれていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

救われない僕たちは レン @surutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ