初仕事の締め

「ハウデル!!ハウデル起きて!!報告会と大臣への挨拶の時間だよ!!ねえ!」


 意識がボンヤリとする。半覚醒の状態で可愛らし声が聞こえる。美しい声に意識が睡魔にやられていく。

 

「ああ、だめだぁ!!なんで起きないの~!!ね~!!」

「ホロロウタマ様、ハウデルを起こす方法は簡単ですよ」

「なに?全然起きる気配無いよ?まさかまた抱き着いてびっくりさせるとか?」

「いいえ、それだともう一度気絶してしまいます。だから、一度自分がハウデルと付き合ってるって妄想をするんですよ。そのあと、浮気される妄想もします。うわぁ…あんなに仲良さそうに手を繋いで…。わたしの事一番って言ったのは嘘だったんですか?いや、ハウデルが嘘をつくはずが無い…つまり、あの女狐に洗脳されている?私がハウデルと女狐を殺して助けてあげなきゃ!!」

 

 急激に体が冷える感触…殺気だ。

 

「何者だ!!!!」

 

 飛び起きて、剣の柄に手をかける。何千と繰り返した動きだ。

 注意深くあたりを見回すがホロロウタマ様とアーニャしかいない。

 

「え、えっと…」

「ほら、起きました。ハウデルは殺気には敏感ですからこうするとすぐに起きるんですよ」

「へぇ~すっごい。あたしも今度やってみよ!」


 状況が掴めないが、とにかく安全でいいという事だろうか。そんなことに迷っておろおろしているとアーニャに声をかけられる。

 

「今から、大臣への草刈り報告会です。ほら、行きましょう!」

「え、えと……うん」



 △▼△▼


 部屋の中には大臣と第一騎士団長フウラさんが待っていた。一応草刈りの報告会も兼ねているから同席するのは当然か。


「よくぞ参られた!!近衛騎士団長ハウデル殿よ。」


 慇懃な態度で迎えたのは宮殿内の人事の最終決定を司っているヤミャミャシャ大臣。小太りで張り付けたような笑顔が特徴だ。

 

「ヤミャシャッ…ヤシャッ…ミャミャ……いった~舌噛んだぁ~」


 後ろでホロロウタマ様が勝手に舌を噛んでいた。名前が呼びづらい事も特徴であった。

 

「ホロロウタマ様もご健勝で何よりです」

「ありがとう!ヤミャミャミャ大臣!」


 ちゃんと言えていなかった。

 

「この度は就任めでたく、ハウデル殿においても生き生きとされたようだ。それにしても、あの剣の鬼がまさか、ホロロウタマ様の護衛に就かれるとはいやはや」


 ヤミャミャシャ大臣の言う事からは心の内が読みづらく、真意を察することが難しい。

 だから、正直腹芸が苦手な僕はこういう相手は苦手だ。

 

「ホロロウタマ様に仕えて、幸せに存じます。今後とも騎士団一同ホロロウタマ様を全力で守っていく所存でございます」

「それは、それは心強い。ぜひとも尽力して頂きたい。」

「ええ、この命尽きるまではホロロウタマ様の安全は保障いたしましょう」


 これで挨拶は終わり。ホロロウタマ様が結婚とか言い出さなくて良かった。いや、アーニャが抑えているだけか。ありがとうアーニャ!!

 

 議題の流れはすぐに草刈りの報告に移っていく。

 とはいえ、草刈りなんて報告することもないし、適当に終わらせるか……と思っていたのだが大臣の顔が急に真剣なものとなる。

 

「それで、フウラ殿からの報告では近衛騎士団の魔物討伐数は一匹だけという事を聞いているが?これについて申し開きはあるか?第一騎士団は全体で討伐数を三十二まで伸ばしているが?」


 大臣が急に魔物の討伐数の話をあげて叱責をする。良く分からず、アーニャやホロロウタマ様に目線を合わせるが彼女たちも首を横に振るのみ。


「は…えと、何の話をしているのですか?」

「魔物討伐数の話だよ。いくら近衛騎士団といえども財源は国庫なのだ。もっと仕事をしてくれなければ困る」


 いや…この大臣は何の話をしているのだろう。魔物討伐数?財源は国庫?草刈りの報告会では無いのか?

 

「あの……これは草刈りの報告会ではないのでしょうか?なぜ魔物の討伐数を比較されているんですか?」

「何を言っている?これは街道の整備の仕事だぞ?草刈りは確かに仕事の一つではあるが、騎士団の主な仕事は魔物討伐であるぞ?」


 な……開いた口が塞がらない。僕たちは確かにフウラさんから草刈りと聞いたぞ。だからこそ嫌々引き受けたのだ。

 アーニャが納得いかないとばかりに言い返す。

 

「大臣…無礼を承知で申し上げます。私どもは草刈りとそこのフウラから言いつけられ仕事に取り掛かりました。伝達ミスはございませんでしたか?」


 大臣はニヤリと笑い、決まりごとのようにフウラさんに話を振る。

 

「フウラよ、わたしはそなたに魔物討伐の任を与えた。そして、近衛騎士団は草刈りだと聞いているらしい?どうであるか?」


 僕はフウラさんに目を向けるがフウラさんは全く目を合わせてくれない。

 そして……

 

「私はハウデルくんに『魔物討伐』と伝えたわ。そもそも草刈りなんて伝えたら、普通の誇りある騎士なら断るはずじゃないかしら?引き受けてるってことは私が魔物討伐と伝えたことの証左ではないの?」


 心が揺れる感触がする。

 フウラさんの言っている事は分かるのに、心が認めようとしない。フウラさんとは何度も一緒に死地を渡って来た仲間だぞ?

 そんな僕をかばうようにホロロウタマ様が前に出る。

 

「おまえ!!ハウデルが断らないことを分かって、そうやって草刈りと言ったの?」

「何を言っているの?そもそも草刈りなんて言ってないわ。それともそういう仕事を任されたという書面があるのかしら」


 駄目だ…フウラさんとは何度も口頭のみでの仕事の引き受けをしてきたから信じ切っていた。証拠などあるはずが無い。

 

「で、でも…確かに…」


 言い返そうとする。ホロロウタマ様を手で押さえる。無理だ。この議論には負けるようにできている。


「それで結局どっちがただしいのかね?私にはフウラ殿が正しいように感じるが」


 大臣が馬鹿にするようにニヤリと笑う。

 なるほど…こいつもグルか……。僕の弱い政治力の部分がつかれた形だ。きつい…。

 何より…信頼していたフウラさんに裏切られたことがかなり心に響いている。

 唇を噛みしめながら、大臣に返答する。

 

「悪いのは……僕です…聞き間違えていました」

「ハウデル!!」

「ハウデルこんなの認めなくていいですよ!!」


 アーニャとホロロウタマ様が僕を止めようとするが、この状況では真実を訴えてもホロロウタマ様に迷惑がかかるだけだ。

 例えば、近衛騎士団は嘘つき集団でフウラを貶めようとしたなんて悪評が広まったらどうだろう。認めるのが一番傷が浅い。

 

 大臣がニッコリと張り付けた笑みを浮かべもう一度。

 

「それで、結局間違いを認めるのでよろしいのか」

「……ええ…、僕たちの…いえ、僕のミスです。部下に伝達ミスをしました」

「そうか、それならばやはり相応の罰は必要だ。近衛騎士団の今季の給料は半額、経費も四半分とでもしようか?どうせ草刈りにしか使わないなら剣や鎧が泣くからな?」


 な、取り過ぎだ!!四半分になったら部下の中で暮らしていけない人も出てくる。

 大臣の吹っ掛けにアーニャが言い返そうとする。

 

「やりすぎです!!それは最低限必要な分になっていて」

「黙れぇえ!!私は寛大な処置をしているに過ぎない。此度の遠征だってかなりの出費を負っているのだ、それを高々草刈りに費やしおって!!場合によっては命令不履行の騎士団解散だってあり得たのだぞ!!それを一体の討伐を認め情状酌量と判断してやったのだぞ!!」


 大臣は堂々とした態度で跳ねのける。

 そして、一言付け加える。

 

「まあ、此度の責任がすべてハウデル殿にあるというのであればハウデル殿が騎士団長辞任の上、第一王女の親衛隊員に降格でもよろしいが?」

「な!?横暴です!!だって草刈りって聞いてたのに…」

「じゃあ、ハウデルにすべてをなするか?私はどちらでも構わんが?」

「くぅ!…ハウデルだけが悪いわけ無いじゃないですか」

「なら、減額という事だ。」


 大臣の思う通りに話が進んでいく。

 その間にもフウラさんは顔を上げず、話をしようとしない。

 だから僕は最後の藁にもすがる思いで……

 

「フウラさん…僕が…間違えたって事でいいんですね」


 フウラさんは歯ぎしりを鳴らし答える。

 

「ああ、そうだよ。ハウデルくんの……間違いだね」


 フウラさんのその言葉を聞いた時に完全に心が折れた。この相手とどう戦っていこうではなく、この後の処理をどうしようかとなる方へ。

 ここから家に帰るところまでのことはイマイチ覚えていない。

 

 こうして僕たち近衛騎士団の初仕事は失敗に終わったのだった。

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最強の騎士団長の僕の弱点はヤンデレな女の子たち しんたろう @sintarou_0306

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