不機嫌のお姫様!

 初仕事の実務、大臣への報告が残っているが草刈りは一応の終わりを迎えた。そして今日からは日常業務へ移っていく。

 要は、ホロロウタマ様のお付きという事だ。

 そんなホロロウタマ様は……


「むぅうう……ハウデル!!遅かったね!」


 頬を風船のように膨らませて、頑張って眉に皺を寄せこちらを睨んでいる。ホロロウタマ様の可愛らしさでこれをやるのは反則だろう。

 

 しかし、僕とて今日からはこの人のお付の近衛騎士団長なのだ。毅然とした態度で返答する。

 

「えと、えとぉ……どう、しましゅた?」


 毅然とした態度……毅然とした態度……涙が出てくる。

 昨日、鏡に向かってなんども離す練習したのに。ああ、ダメだ。ホロロウタマ様に見られると顔が熱くなって、頭がボンヤリしてきて。

 そんな、僕にさらに詰めよるホロロウタマ様。

 

「ハウデル!!あたしがなんで怒ってるか分かる?」


 『あたしがなんで怒ってるか分かる』頭の中でその言葉が反芻される。これはもしかして……。

 き、きたぁあああ!!恋愛指南書で見たことある奴だ!

 なんだっけ?これの対処法?

 

 後ろ手に恋愛指南書の付箋のページをこっそり開いてカンニングをする。

 

ーーーーーーー

☆ボディタッチの章!


 女の子からのボディタッチが多くなったらエッチまで秒読み段階!!積極的に寝室に誘ってみよう☆ミ

 ハグなんかできたらそのまま押し倒しちゃえ!!

ーーーーーーー


 ええええ、え、え、え、えっち!?

 このページじゃない!!早い!!早い!!まだ早いって!こういうのは段階を踏んでゆっくりと!!

 また別のページを開く。

 

 あ、あった!!このページだ!!

 

ーーーーーーー

☆女の子が『わたしがなんで怒ってるか分かる』って言った時


 こんなこと言われても分かりません。諦めましょう。たぶん浮気じゃね?浮気!うん、そうだ!浮気だろ!認めちゃって謝っとこう!!

ーーーーーーー


 ななな、なんだ!!?僕は浮気をしていたのか知らなかった…。やっぱり『非モテ童貞夫』著書の【めざせ恋愛マスター】は役に立つぜ!!

 ただ、浮気だとして僕は誰と恋愛関係にあって誰と浮気したのだろう。分からない……女の子って難しいな。

 

 そんなことを考えているとホロロウタマ様はすねた顔をした。

 

「ホントにあたしが怒ってる理由!分かんないの?」

「ご、ごめんなさい!わかんにゃいでしゅ!!教えてくだしゃい!」

「ふーん、ホントに教えて欲しいと思ってるの?ほんとはどうでもいいとか思ってるんじゃないの?」

「えぇえ!?違います!!ホロロウタマ様は一番大事な人です!どうでもいいわけ無いです!」


 敬愛する僕の姫様だ。どうでもいいわけがない。

 

「うにゃ!?一番大事!?えへへぇ、そっかぁ。ハウデルはあたしの事が好きで好きでたまらないみたいなんだね?仕方ないにゃ~、教えてあげよっか♪」


 ホロロウタマ様の目元が垂れ下がり、口角がどうしようもなく釣り上がっている。やば!?笑顔可愛い!?

 そんな天使みたいな顔をした彼女は一言ぼそりとその気持ちを僕に伝える。

 

「さみしかった…」


「え?」

「あたし……ハウデルがいなくてさみしかったんだ」


 胸がキュウーーーン!!締め付けられて痛い…。

 恥ずかしさと照れとトキめきが僕の心を支配する。ま、待って!!落ち着くまで待って!!

 しかし、彼女はそんな僕を逃がさない様だ。

 

「ん!!」


 彼女は手を大きく広げて僕を待つ。

 え?え?これってそういうこと?

 

「ん!!はやく……寂しかったんだからいっぱい抱きしめて埋め合わせて」

「ひゃ!!?ひゃい!!?」


 一歩がとても小さく、虫ほどのスピードでホロロウタマ様に近付いていく。今!!間違いなく僕はきもい!!自分で自覚できるほどだ。

 それでも、ホロロウタマ様は手を広げて待っていてくれている。

 

「ほら!はやく」

「し、しつれいしましゅ……」


 なんとかホロロウタマ様と拳二つ分ほどの距離に近付いた。僕の心臓が止めどなく早鐘をうつ。

 死んじゃうんじゃないか、僕?それでも、なんとか拳一つ分さらに近づく。

 

「かひゅー!かひゅー!」


 まともな呼吸ができない。

 それにこれ以上近づけない。武人としての僕が命の危険を感じてストップをかけているのだ。

 

「ねえ?ハウデルまだ抱きしめてくれないの?強くぎゅーってして欲しんだよ?あたしからのお願いだよ」

「ご、ごしょうです…待って、がんばりゅから待って…、しにゅ、死ぬからぁ…」


 意を決して力を入れても、僕がこれ以上ホロロウタマ様に近付くことはできない。僕の本能が警鐘を鳴らしている。

 頼むから待ってくれ。心臓が……心臓が痛いぃ…。

 

「もう、ハウデル?まだ?」

「もうちょっと、もうちょっとだかりゃ…」

 

 その時だ。

 

「もうハウデル遅いよ!ぎゅううぅう!!」

「かひゃぁ…ぐふぅ!!」

「えへへ、あたしから抱き着いちゃったぁ♡」


 細い腕が僕の背中に回される。細い腕?ホソイウデ、ああ、柔らかい、ヤワラカイ、ヤワラカイ。いい匂いするし。ああ、柔らかい。

 

「えへへぇ、ハウデルあったかいね~♪」

「ぷしゅーーーー!!」


 魂が、魂がぬけりゅ…。

 恋愛本!!恋愛本!!薄れゆく意識の中で僕の命綱を思い出す。ハグ、ハグされた時はどうすればいいんだ!!おしえてくれ【非モテ童貞夫】先生!!

 

ーーーーーーー

☆ボディタッチの章!


 女の子からのボディタッチが多くなったらエッチまで秒読み段階!!積極的に寝室に誘ってみよう☆ミ

 ハグなんかできたらそのまま押し倒しちゃえ!!

ーーーーーーー


 ハグしたらえっち!!?レベル高いです!先生!!あ、もう駄目だ。心臓の音が聞こえなくなってきた。

 

「えへへぇ、ハウデル大好きぃ…」


 ああ、口から意識が漏れて行くぅーーー!!

 

 しかし、意識が落ちる寸前に扉がガチャリと開いた。

 ドアの隙間から見慣れた桃色の髪が覗く。

 

「ハウデル!!今日からお付の護衛ですね、頑張りま……って何してるんですか?」

「あ、アーニャじゃん。ちょうど今ハウデルと愛を確かめ合ってるから後にしてね」

「うふふふ、ご冗談を?ハウデルが嫌がっていますよ?離れてください?ハウデルは大人の体の方が好きなんですよ?」

「むぅうう!!そんなことないもん!ほら、ハウデル?あたしの体好きだよね?ぎゅうぅう!!」


 ああ、だめぇ、もう小さくて柔らかい以外の感想が浮かばない。

 

「何してるんですか?嫌がっていますから!!離れてください!!」


 それを見て、アーニャが僕の背中に抱き着いて引きはがそうとする。

 ぷにゅり……背中にもっと柔らかい何かがつぶれる感触がする。

 何かって?考えない様にしよう。いくら慣れたアーニャものとは自覚したら死んでしまう。

 

「離れて!!」

「離れないもーん!!ぎゅううううう!!」


 そんな二人のサンドイッチに思考と感情とすべてを塗りつぶされながら僕は意識を落とした。

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