団長の隣

「はーい!スープの準備ができましたよー!頑張った皆さんは一列にならんで受け取ってくださーい!」


 草刈りも終わり、日も暮れだした頃。

 アーニャは炊きだしをして、疲れた騎士達の慰安を行っている。


「やっぱりアーニャちゃんのスープは別格だぜ!」

「一日の疲れが癒されるってもんでごわす!さすが聖女!!」


 評判も上々。

 森の近くなだけあって多くの食材をとることができたし、味付けも城から持ってきた調味料で済ますことができたので失敗はしないだろうと思っていたが、いざこうやって喜んでもらえると安心できるものだ。


 しかし、本当に食べてほしい相手はいつまでもスープを受け取りに現れない。


「……むぅ…、はやく来ないと無くなっちゃいますよ」


 もうこうやって一人ごちるのも三回目だ。本当は現れない理由も分かっているのだが、それでも待ってしまうのが乙女心というものである。

 

 そんな時に、左の肩をとんとんと叩かれる。


「アーニャ先生!」

「ハウデ!!………、じゃなくて…ラムサー君じゃないですか?どうしたんですか?」


 肩を叩いたのは新兵訓練の時に世話をしたラムサーであった。


「アーニャ先生!!今日昼にいっしょにいたアーニャ先生のストーカーがどこ行ったか知ってるか?魔物狩りの決着つけようと思ってな!」

「ああ~知らないですね。」


 ハウデルが私のストーカーなんて甘美な響きなんでしょう。本当にそうだったらいいのに…はぁ……。


「まあ、なんにせよ勝負はしない方が良いと思いますよ」

「ええ!?なんでだ!?もしかして、あのストーカーから脅迫を受けているのか!?勝負を止めさせるよう言わなければもっと付きまとってるとか?」

「違います、理由は言えませんけどやめといた方がいいってだけです」


 アーニャには本当は分かっている、ここにハウデルが現れない理由を。それを思うと今はラムサーにハウデルに会って欲しくないのだ。

 だが、そんなことはラムサーには知る由もない。

 

「俺は魔物三匹倒したんだぜ!!あんな雑魚なんかに負けないさ!」

「ああ…そうですね、はいはい」


 ハウデルに会えないことも相まって、このラムサーの態度に辟易してくる。

 それに魔物三匹か……。初めからハウデルを信じていたが、少しホッとする。いくらハウデルが討伐した魔物が大蛇一体だとしてもこれは比べるまでもなくハウデルの勝ちだ。

 ハウデルにも会って欲しくないし、ここで私からそれとなく勝負の結果をうやむやにするよう言っておきますか。

 

「ラムサー君……これを見てどう思います?」

「ああ、この蛇の怪物か?魔物とかいうレベルを超えてるよな?化け物だよ!化け物!」


 指さした先はここまで第一騎士団に運んでもらったハウデルの倒した大蛇の魔物。魔物は生物ではないので死んだ瞬間から魔石に戻っていく。そのため、体の半分以上は大量の魔石に変化していっているが、残っている部分からでもその迫力は十分。

 

「この大蛇は近衛騎士団の団長さんが討伐したみたいですよ?すごいですよね!」

「ああ、俄かには信じられねーがこうして遺骸があるってことは本当なんだろうな」

「これを見てどう思います?」

「どうって?何がだ?化け物だとは思うがそれだけだ。」

「ええと…そうじゃなくて、これを見てたら魔物狩りの勝負とか馬鹿らしくなってきません?ってことで、お互いこれから近衛騎士団長を目指して鍛えて行くってことでいいんじゃないですか?」


 そう言うと、ラムサーはけらけらと笑った。

 

「アーニャ先生?何言ってんだ?こういう大蛇をやれる奴は間違いなく天才……いや、化け物だ。人間を辞めてる。こんな結果を見て馬鹿らしくなるも何もねーよ」


 そして、こう続ける。


「世の中には才能で何とかしてるやつがいるんだよ。俺も才能はある方だが、こんなのは別格だな。ここまで行くともうただの豪運だよ。才能って言う豪運を持っただけだ」


「いや、でもハウデルも血の滲むような努力を…」

「アーニャ先生も馬鹿だな!こういう奴がただの努力で生まれる訳ないだろ!カカカ!」


 私の言葉を鼻で笑い一蹴。

 新兵がハウデルの力を知って、よくする返答だ。

 「才能が違う」「人間ではない、ただの化け物」そんな言葉を聞くたびに私は思う。

 

 ああ……またか……と。

 

 この新兵もまたハウデルを自分の常識から除外するのだ。

 ハウデルが国の英雄として自分の弱みを見せられないだけで、背中を預ける騎士の仲間だってその弱みを無いものとして彼を扱うのだ。

 

 頭がぐちゃぐちゃとしてくる。そんなの…そんなのハウデルが可哀そうだ。

 

 そんな時に再び肩が叩かれる。

 

「やあ嬢ちゃん、旦那は向こうの方にいたさぁな。」

「ま、マルオさん……」


 無精髭に手を当てたマルオさんだった。

 

「旦那は剣を振ってて声かけづらかったかったから、嬢ちゃんの方からスープを持ってってやってくれないか」

「え、え?」

「いいからここの持ち場は手前に任せておいて、さっさといきなぁ」


 背中をとんとんと押してくれて向こうを指さすマルオ。

 たしかに、少し心が凹んで。ハウデルに会いたくなっていたが……でも、いいのかな?

 

「おい、おっさん!!俺が今アーニャ先生と話してるんだ!!邪魔しないでくれよ!」

「あいやー!!良い感じの雰囲気だったか!?それはすまんが、この嬢ちゃんにも用事があるようでね!話は手前が聞くが!」

「おっさんじゃ役者不足だよ!!」

 

 怒るラムサーの横で、マルオは「行っておいで」というジェスチャーをする。

 

「本当に良いんですか?」

「ああ、いいともさ!」

「おい、何話してるんだ!!アーニャ先生!こいつはなんなんだ!!あ、おい!!アーニャ先生!!」


 許可と同時に私は走り出す。

 ハウデルと会える、それだけで私の沈んだ心は回復していっていた。



 △▼△▼△▼△▼



 ヒュッヒュ!っと甲高い音が森の中で響いている。ハウデルの素振りの音だ。

 私はそれを横からじっと座って見ている。

 

 綺麗な横顔。

 私の事なんかに気付かずひたすらに剣だけを求めているハウデルの顔。

 

 そして彼は三度素振りした後に、何かを考えまた剣を振り始める。

 

「くそぉ!らぁああ!!るああぁあ!!くそぉ!!」


 剣を振る度に荒っぽい声を出す。

 ああ、やっぱりそうだ。ハウデルがスープをもらいに現れなかった理由。

 

「やっぱり、今日の大蛇との戦いの反省をしてたんですね」


 ハウデルを思うあまり、結構大きな声で口をついて出てしまった。

 私の言葉にハウデルこちらを見る。

 

「あ!?アーニャ!?なんでここに!!ってか見てた!?いつから!?」

「ええ、少し前くらいですかね?悔しそうな声出しながら剣を振ってる所くらいからですかね?」

「いいっ!?一番恥ずかしいところ見られてる!!?」


 やってしまった~という表情を浮かべてその場に倒れ込むハウデル。

 

「何をそんなに恥ずかしがってるんですか?今更私たちの仲じゃないですか?」

「いやぁ…だって、僕は一応国で一番強いって事になってるんだよ?それが、剣の事でうじうじ悩んで、こうやって練習するところ見られたら……ねぇ?ああ、くそぉ!!なんで僕はもっと剣が上手く扱えないんだ!!?」

「うじうじ悩んでって、あの大蛇戦のことを言ってるんですか?勝ったからいいじゃないですか?」


 そうだ。あんな化け物を倒したのに、彼は自分を責めているんだ。なぜ自分を責める?あんなに英雄の活躍をしておきながらだ。


「だって、アーニャもマルオも危険な目に合わせた。本来ならそんなこともなく圧倒的に倒さない相手だからだよ。僕の判断ミスが、僕の動揺が万が一を産んでしまった」

「それでも…勝ったじゃないですか?」

「前から言ってるけど『勝った』だけじゃ駄目なんだよ。僕は万が一を起こしてしまう可能性はあった。だからこの反復練習でその可能性を消さなきゃいけないんだよ。」


 そして彼は何百回と言いなれた言葉を続ける。


「僕は器用じゃないからさ、練習しないといけないんだよ」


 ああ、この人は八年前から変わらないなぁ。

 この八年間、剣を振っていない日を見たことが無い。

 いつだって自信が無くて、それでもいつだって努力家で英雄であり続けている。

 私はそんな彼だから好きになったのだ。

 

 彼はいつだってその自身の無い双肩に『英雄』という重荷を背負って私たちを引っ張ってくれている。

 そんな彼だから隣に立って、背中を預けて欲しいのだ。

 

「ふ~ん、じゃあ次は私が助けてあげますよ!」

「そんなのいいよ、別に……アーニャに無理させたくない」

「ああ、もうすきぃいいい!!!!」

「あ、アーニャ!?どうしたの?はぐ!?はぎゅは辞めてぇええ!?」

 

 月夜の中二人の影が重なる。

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