モンスター狩り
「も…もう、ハウデルったら~♡あんな、勝負受けてどうなっても知りませんよ~、えへ、えへへぇ…」
一歩後ろを歩くアーニャは先ほどからぼやいている。
「まあ、確かにアーニャの判断を待たずに勝手に勝負を決めたのは悪いと思ってるけどさ……」
「もう、ホントに悪いと思ってるんですかあ?それも、あんな挑発するような感じで~♡まあ、私はああいうハウデルも好きですけど、ホロロウタマ様とかはどう思いますかね~♡」
「まあ、確かに少しけしかけたのは事実だけど…。あいつはただ説教して聞くような奴じゃないでしょ。あのやり方は仕方ないって」
「それに~私に手を伸ばすラムサー君の手を掴んで『俺の女に手を出すな!!キリッ』ってどういうつもりですか~?」
「そんなことは言ってないよ!?」
さっきからこんなやり取りをずっと繰り返している。僕の独断でした事だから、少し申し訳ないが納得してもらう他は無い。
騎士であり、新兵訓練を通っているのにあの態度ではチームワークに支障が出る。騎士というのは仕事の中でいくらでも命を落とす可能性があるし、時には仲間の命を預からなければいけない仕事なのだ。
「でも、この辺は魔物がいないね……このままじゃ負けちゃうかも」
「ええ!?ハウデルあんなに自信満々だったのに!?」
僕の小言にアーニャが驚く。僕としても勝ちたいが、勝負には時の運というものがある。99.999%勝てる勝負を選んだのだが、まさか残りの0.001%を引いてしまったのかもしれない。
「ど、どうするんですか!?ハウデル!?」
「ま、まあそん時はそん時。約束を守って僕はアーニャに近付けないってことになるね」
「ふぁえぇ!?ヤバいじゃないですか!?わ、わたし、ラムサー君に毒を盛ってきます!!」
僕の言葉を聞いたアーニャは慌てて走りだそうとする。
「アーニャ!!待って!!」
「とめないでください!!このままだとわたしはハウデルを守れません!!わたしがハウデルの側にいられないということは毒虫が近づきたい放題になります!!それはもう外套に集る夜光虫のように!!」
「いや、落ち着いて!?言ってる事は分からないけど、たぶん早まってるから!!?」
「負けてからじゃ遅いんです!!風の噂でハウデルが結婚したのを聞いて、毎日泣き腫らしてからじゃ遅いんですよ!!ああ!!ああああ!?ハウデル、そんな人と結婚しても幸せになれないですよ…それなのに、子供まで産んで……でも、そんな子供でもハウデルに似て可愛い……」
アーニャの目の焦点は定まっておらず、今にも僕の手を振り払って走り出しそうだ。
右手には紫色の液体の入った小瓶を持っており、禍々しいオーラを出している。
「大丈夫だから!!頑張って魔物探すから!!精一杯頑張るから!」
「精一杯頑張るって言って、負けてきた人間がこの世に何人いると思ってるんですか!?大丈夫!妻に任せてください!!しっかりと夫を立てて見せます!!」
「誰が妻だ!!良いから落ち着いてって!」
「これが落ち着いていられますか!!これがハウデルに会える最後の日になる可能性が億が一にもあるんですよ!?は~な~し~てぇ!!」
その時だ。
ザワワワ……ザザザアア……
森の雰囲気が変わる。幾匹かの小鳥が飛び立ち、木々が揺れる。
「わたしは行くったら行くんですぅ~、ラムサー君に毒を盛るんです」
「アーニャ…状況が変わった、向こうから何か来る」
「え!?魔物ですか!?」
「なんでそんな笑顔なんだよ……」
現金にもアーニャは笑顔を浮かべる。
状況分かってんのか?
「ここでしっかりポイント稼いで、ウェディングロードを歩きましょう!」
「アーニャ……下がってて」
近接戦闘の苦手なアーニャを後ろへ下げる。
木々の向こうから、強大な危険が走ってくるのを感じる。このオーラは…獅子か?狼か?
ともかく直感から考えると肉食系の魔物のだろう。
スラリと鞘から剣を抜き、押し寄せてくる危機に備える。
「助けて~!!助けて下せえ!!旦那ぁああ!!」
向こうからざんばらに伸ばされた髭面の男性が走ってくる。遮二無二な走り方で何かから逃げているようだ。腰には剣を指しているようだが、その剣を抜こうとする素振りすら見せない。
その男は僕たちの前でもう走れないとばかりに膝をつく。
「ひぃっ…ふぅっ……ひぃ…はぁ…」
「大丈夫ですか?私たちが居れば安全です。何があったか教えてください」
知らない男性が来て、すっかり余所行き聖女モードに入ったアーニャが対応する。
アーニャの対応で、男性も少し落ち着いたようだ。
「手前はマルオと申す…、第一騎士団の仕事の手伝いと申されこの仕事に参加したんでさぁ…」
「仕事って、この草刈りの仕事か?」
「え?ああ…そうでさぁ。それなのに、さっきそこででっけえ魔物が…ひぃ!?く…来る…ひぃいいいい」
しかし、また落ち着きを失ったようにアーニャの後ろに隠れてしまった。
「ちょ?ちょっとマルオさん!?」
「た…助けてくだせぇ…、あの奥に見えるのがバケモンでさぁ!!ほ、ほら…動いた!!」
しかし、マルオが指さした先には何もない。ただの倒木があるだけだ。木漏れ日が眩しく
「何もないけど、どこを指さしてるの?」
「だ、だんな!?分かんねぇのかい!?ほら、いるじゃないか!?よぉおおく目を凝らして!!」
マルオが再び指をさすが、僕には分からない。木々があって、倒木があって………いや、あのでっかい倒木さっきまであったか?そう違和感を抱いた次の瞬間、倒木がぱっくりと口を空け飛び掛かってくる!!
「ぬぁあああ!?ぐぅうああああ!!!!!!!」
何とか視認できた、その衝撃をなんどか剣でいなす。
残るのは手にびりびりとした感触。
「な…何ですか!?ハウデル大丈夫ですか!?」
「だ、だんなぁあああああ!?」
「心配しなくて良い!!僕は大丈夫だ!!!」
辺りには土ぼこりが舞い、状況が分かりづらい。
アーニャとマルオに生存報告を返すが、思考もまとまらない。
とりあえず……とりあえず心を落ち着けて状況を確認だ。
しかし、すぐに第二陣、第三陣が押し寄せてくる。
ドガァアアン!!!
ズガァアアアアン!!!
「すぅうぁああ!!!らぁああああああ!!」
二陣は弾き返し、三陣は斬り返す。
分からぬ敵から叫びの音が発される。
「フシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
方向と共に砂ぼこりから敵の顔がのぞく。遥か高くまで舞い上がった砂ぼこりの、『その上から』だ。
「でっかいな……しかも蛇かよ。肉食は合ってたけど、獅子でも狼でもなかったな」
先ほどまで倒木だと思っていたものは大蛇の一部だったのだ。その大蛇が威嚇とばかりに立ち上がり、こちらを見下している。
自分の直観が外れ、対処が遅れてしまった…くそ失態だ。
「僕を見下して捕食者の顔しやがってムカつく蛇だ」
僕と蛇が対峙する。その体高は遥か僕の上、五倍はあろうかという程だ。
そして、その頭をのたうたせ飛び掛かってくる。
「フシャアアアアア!!!」
ガキン!!!
ガキン!!!
飛び掛かる大蛇を切り返すがイマイチ鱗が固く刃は通りずらい。効いていなくは無いが、このままだと何回斬らないといけない事やら。
「この野郎、蛇公が…」
大蛇はこちらを尻尾を僕の後ろに回し、逃げ道を塞ぐ。
僕を餌扱いかよ…。
「ハウデル!!!」
「だんなあああああ!!!」
アーニャもマルオを僕を見てどう助太刀に入ろうかと迷っている。
大蛇は舌をチロチロと伸ばしいつでも僕の隙をついて殺せるというようだ。
おまけに僕の剣は飛び掛かってくる大蛇の急所を狙えるほど速くは無い。
――控えめに言っても最悪の状況だ。
「くそ!…ったく…こっちは馬鹿みたいに剣振ってこの強さを手にしたってのによ…自然を前にするとこんなもんかよ」
勝てない自分にイラついてくる。
だから……
「仕方がない……奥の手を使うか…」
僕は小声でいくつかの言葉を漏らした。
ヒュンっと僕を纏う空気が変わる。
「最悪の気分だよ……、まっとうな剣だけで勝てないってのは」
僕は何もせず、いつもの街中を歩く様に大蛇の元へ歩いて行く。
つかつか……つかつか……
「ハウデル!!なにしてるんですか!!!逃げて!!」
アーニャが叫ぶが、そんな忠告聞くまでもない。
大丈夫……そんな目をして見ないで。一応僕は国で一案強いってことになってるんだから。
「大丈夫だよ」
もう一度言う。
だってもう、大蛇が僕に攻撃をすることは無いから。
ツカツカ……ツカツカ……
そうして、僕は大蛇の腹の下にまで来ることができた。ヒット&アウェイの大蛇の本来ならば近づく事のできない急所の下へ。
ザシュン!!!!!!
決着は一瞬だった。
△▼△▼
「いや~~旦那はスゲーな!!あの大蛇が真っ二つだったよ!!並の剣士なら剣の方が折れてたでさぁな」
「いやぁ…ほんとハウデルかっこよかったです♡」
真っ二つの蛇の横で腰を掛け、休憩をとっている。
どうやら、この大蛇はこの近くの主だったようで、その臭いは獣を怖がらせ、遠ざける効果があるようだ。
だからこそ、臭いはするが、ここで休憩を取ることにしたのであった。
「いやあ…旦那!それにしても最後は何だったんでさぁ?蛇が旦那を見失ってたようにも見えたが?」
「悪い、それに関しては企業秘密にさせてくれ」
マルオにタネを聞かれるが教えることはできない。これもバレると強くない類のタネだからだ。
マルオをそんな僕の様子に気が付いてすぐに話を変えてくれた。
「それにしても旦那がここにいてくれて助かったさぁ…この辺は第一騎士団の人はあんまりいないでさぁし」
「そうですよ!!マルオさん運が良かったんですから!!ハウデルが居なければ死んでましたよ!!」
「いやはや……その通りでさぁ。手前は弱そうな魔物なら何とか倒せるんですが、あんなにでかいともう逃げることすら……」
確かに…、マルオの腕は枯れ枝のようで魔物の攻撃を受けると折れそうにも見える。勝つのは万が一にも無理だろう。
「それで、旦那はここで何してたんでさぁ?騎士団の人はあんまりこっちの方にはいないみたいでさぁが…」
その時にやっと思い出す。
あれ?僕…魔物狩の勝負をしてたんじゃ。
アーニャの方を見るとアーニャも青ざめたような顔をしている。
「私たち倒した数……いっぴき?」
「そうだね、一匹だね」
「んぎゃあああああああああああ!!!ハウデル!!ハウデルとのハネムーンが!!」
「アーニャ落ち着いて!!」
「これが落ち着いていられますか!!負けられないんですよ!!それがこんな魔物一匹に時間を取られて!!遅くありません今からでも狩りに行きましょう!!」
その時に残酷な事実をもう一つ思い出す。
「ああ、僕はたぶん蛇の死臭が付いちゃってるから無理だ。魔物が怖がって先に逃げちゃう……」
「んぎゃああああああああああああ!!!!!」
アーニャの叫び声が森に響いた。
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