最終話 黄金のタネ 黄金の苗 黄金のイネ

 先ほどシュメルのおっさんが、オマエの仲間を捕らえたと言っていたが、やはりハッタリだったようだ。アイツらには、火の手が見えたら、すぐに撤退するように命じてあるし、町の番兵ごときに捕まるほどヤワじゃない。

 コルテスは村に部下がいないことを確認すると馬首を返し出入り口へ向かった。

 そこを番兵が守備を固めているとわかると木柵を馬で大ジャンプをして越えた。

「お、おいッ! 今のヤツ、柵を越えていったぞッ」

「すぐに追いかけろッ!」

 コルテスの馬は、ケナー産の馬である。ケナーは海の向こうの大陸の広大な平原のことで、スピードといったら、ケナー産というほどで、これほど盗賊稼業に適している馬もいない。重装備して乗ることはできないが、軽装した人間なら颯爽と駆けることができるのだ。

 コルテスは矢が飛んでこないか後ろを振り返り、だいぶ距離を取ったと判断するなり、一目散に逃げていった。




 失敗した!

 聞いた話と違う。ムスティリ村に国土を豊かにする『黄金おうごんのタネ』があるから盗んでこい、という洞ノ国どうのくにの殿様ドゥーガルから密命があり、盗みに入ったのに、まさか何者かによってすでに盗まれた後だったとは…。

 黄金のタネは、ジッポという今はもうない村原産の幻の米で、気温の変化にも水害にも虫害や病気にも強く、それを撒いた年には必ず豊作になる、という非の打ち所のないタネである。

 しかし、このタネは、ひとふさの稲穂に実る種子の数が極端に少なく、希少価値が高い上に、味もおいしく、世界にはもう一握りしか残されていないこともあり、この事が……国取り合戦の目的の一つもこの黄金シリーズの奪い合いにあるといっていい。

 だが、無駄足だった。シュメルのオヤジも現れるし、ガキどもの命を助けなくちゃいけない妙な状況にもなった。

 黄金のタネさえあれば、これをネタに、洞ノ国のドゥーガルの協力を取り付けて、この仙ノ国をぶっつぶそうと目論んでいたが、今となってはついえてしまった。

 誰が悪い?

 俺たちは悪くない。

 先に盗みに入ったヤツがいる。

 いったい誰だ?

 あのガキどもか?

 いや、違う。アイツらは村を追放されて流れているだけだ。

 俺たちが関わっている大きな話とは無関係。

 そういえば……

 ライナ村で、僧侶がクマに襲われて食われるという騒ぎがあったな。だが、山狩しても捕まえられなかったという。

 その遺体を、コルテスは検分したことがあった。

 確かに、はらわたは食い尽くされたみたいにぐちゃぐちゃだった。

 だが、首には鋭利な刃物で切り裂かれていた傷口があった。あれは、明らかに人為的なものだった。

 今思えばあれは多分……。

 どこか別の国の刺客……考えられるのは、遼ノ国りょうのくにの王。





 オルヴィスの全身傷やあざだらけの姿やフリーダの気落ちした表情を見て、ガードリアスは嘆息した。

「…なんだか、いろいろあったみたいだね」

「ああ。よく生きてたな、って思う」

「オルヴィス…今さらだけど、また村に戻って兵士にならないかい?」

「オレの身を案じて言ってくれてることには感謝する。だけどなぁ、今さらおめおめ帰るかっつう小さい理由がひとつ。それから、戦争には行きたくねぇ、ってのがふたつ。そして、一番大事な最後の理由の三つ目。仮にオレが戻って兵士になっても、フリーダの無事が保障されねぇから、ダメだ。戻らねぇ」

 父のシュメルも誘わなかった。

「お~い、オマエらよ~パパが殺されちまったじゃねぇか。どうしてくれんだよう」

 レックスが、父親の生首の前で泣きじゃくっていた。

「君が次の村長をやればいい」

 シュメルが冷たく言い放った。これまであまり見せたことのない表情だった。感情がこもっている。彼なりに息子やフリーダに対する仕打ちへの怒りだろう。

「もうできるだろう。聞けば、君も十五の成人らしいじゃないか。いつまでもパパパパ言っていては、この村の人たちが心配だ。なんなら、村長の地位を他のもっと、まっとうな人に譲ればいい」

「オルヴィス…フリーダ…お、オマエらのせいだァァァァァ!!」

 オルヴィスの胸ぐらをつかむとほおを殴った。

「ああ、オレたちのせいかもしれねぇ」

「いや、オマエたちのせいではない。ところで、坊ちゃん。この村には、黄金のタネがある。知っていたか?」

「あ、はい。聞いたことはあります。パ…お父さんが前に、来るべきときが来たら、オマエにも見てもらわんとな、と言っていましたから」

「そのタネは、今もあるのか?」

「いえ。ありません。何者かに盗まれたようです。パ…お父さんは多分、一度旅の僧侶が一晩の宿を頼みに来たことがありまして。その人が盗んだんじゃないかと言っていました」

「つまり、もうここにはないってことだね?」

「はい…」

「その僧侶はどこへ向かった?」

「ライナ村やマクマード町へ向かう方の街道です」

「あ」とフリーダが声をあげた。

「どうした?」

「ひょっとして、ほら…」オルヴィスの衣の袖を引っ張った。「あのとき、街道沿いで死んでた人じゃない?」

 特徴をレックスに話すと一致した。

「なるほど…」

 シュメルは目をつむり、むんずと腕を組んだ。

「では、その者の遺体を漁ったら、どこかに黄金のタネがあるかもしれないなあ」

「確かにそうかもしれませんが」とフリーダは言った。「あの人はクマに襲われたんじゃない、と思います。首に刃物で切り裂かれたような深い傷がありましたから」

「なにッ! ホントかそれはッ」

 シュメルは、フリーダの肩をつかんだ。痛い、と言ったのも気づかず、黙考し、呟く。

「そういうことか。そいつは、暗殺だな。何者かに暗殺されて、黄金のタネを奪われた」

「どっちにしてもよー」

 オルヴィスが面倒くさそうに口を開いた。

「もうその坊さんは供養されちまったんだからよー、服もなにもかも燃やされてるじゃねーかよ」

「そうだな」シュメルは眉間に深いしわを刻む。

「でも、どうしてなんですか? どうしてその黄金のタネっていうのを暗殺してまで手に入れようとする連中がいるんですか?」

 ガードリアスは、団長であるシュメルに問いかけた。

「それは、天候不順に強く、虫にも食われない幻の品種だからだろう」

「虫にも食われないですって? ホントに? そんなことが?」」

「だが、黄金のイネの素になるタネは今のところ、世界に一握りほどしか残されておらん」

「どうしてですか?」

「原産地であるジッポの村が、このところの戦乱によって焼き払われたからだ」

「つまり、この争いは、黄金のタネをめぐる戦争ってことですか?」

「一つにはそうだが、現実というのは、そこまで単純ではない。複雑な事象が絡み合っていて、なにが本質かわからなくなっている。よく言われているのは、飛鳥ノ国あすかのくにの王は、この国の部族たちを一つにまとめ上げ、一大王朝を築こうとしている。そのためには、小国を束ねる部族たちに権威を示す必要がある。それが、黄金のタネで作られた稲穂の実った一大農園だ。そのためには、もっとたくさんの黄金のタネが必要だ。しかし、一大王朝を築くにしても、まだ周囲の国や部族たちはまだまとまっていない。どこの国も黄金のタネを欲しがっている。我々の仙ノ国もそうだ。仙ノ国は隣国の洞ノ国どうのくにと争っている。戦況は思わしくない。ガードリアス、オマエが徴兵されたのもそういうことだ」

「じゃあ、黄金のタネを取っていった連中は、洞ノ国の刺客ってことですか?」

「僧侶はそうだろうなあ。だが、暗殺したのはまた別の国だろうよ」

「どこか察しはついているんですか?」

「ああ、なんとなくな。飛鳥ノ国にいち早く降った遼ノ国だろう。あそこは暗殺がお得意戦法だからな。飛鳥ノ王への貢物だろう。いや、違うな。きっと飛鳥ノ王に命じられたのだ」

「意味わかんねー」

 オルヴィスが退屈そうにあくびをした。

「そもそも、あの盗賊の親玉は、オヤジと知り合いだったふうじゃねぇか。あの親玉は、どうしてこの村を襲ったんだ?」

「アイツの目的も恐らく同じだろう。黄金のタネだ。アイツはそこらへんの野蛮な盗賊とは違う。滅びたジッポの国の生き残りだ。なにか大きな目的を持って動いているはずだ」

「でも、探してみたらすでになかったから、用はナシ、ってことで退却したんだね」

 ガードリアスが優等生っぽく答えた。

「じゃあ、あの親玉は、盗賊のくせして、大きな目的を持ちつつ、金持ち専属のの強盗だってことだな?」

「オルヴィスも飲み込みが早いじゃないか」ガードリアスの頭を小突いた。バカ鹿野郎。そんなのちょっと考えりぁ、誰でもわかるぞ」

「…ごめん」

 叱られたようにフリーダが手を挙げる。

「わたし、わからなかった」

「いいよいいよオマエは。こんなまどろっこしい話、オマエには関係ねぇ」

「やっぱり行っちゃうのかい?」とガードリアス。

「行くよ。戦争なんか死にたいヤツらが勝手にやればいい」

「しかし、この戦争にもし負けたら、オマエたちにも累が及ぶと考えろ」

 シュメルはこの時久しぶりに息子を意識するように言った。

「ケッ、オヤジ、くさい決まり文句だな? え? そうやって何人の兵士が祖国のためにと戦争に行かされ、死んでいったんだ?」

 シュメルは黙りこくった。ガードリアスは心配そうに見守っている。

「むしろさ。支配されちまった方が、平穏に暮らせるんじゃねーの? 飛鳥ノ国には、供物のしきたりなんかないらしいじゃんか。そんな蛮習なけりゃオレやフリーダも死に目に遭わなかったもしれねえ」

「俺も飛鳥ノ王には飲み込まれてもいいと思っている。見渡すかぎり穀倉地帯の広がる豊かな国だからな。だが、遼ノ国はだめだ。あそこは、飛鳥の王にいい顔していながら神聖サハルト帝国に通じている懸念がある」

「神聖サハルト帝国ってなんだ? 初めて聞いた」

「海の向こうにある国だよ」

 シュメルの代わりにガードリアスが答えた。

「オルヴィス、フリーダ、よく聞け。大陸には、神聖サハルト帝国というこの世界には唯一の神がいる、っていう教えで、大陸の各国を征服していった大国がある。その国が次に狙っているのが、飛鳥ノ国を中心としたこの島だ」

「マジか? 世界で唯一のカミ? そんなカミがいんのか? カミサマっていうのは、草や花や樹や風や動物に宿っているもんじゃねぇのか?」

「世界には、それぞれ違った考え方の人たちがたくさんいるってことだ」

 シュメルはオルヴィスとフリーダの肩にぽんと手を置いた。

「でもさーそいつらが覇権を争って、どこへいても、戦火が及ぶっていうんなら、オレはどこまでも、世界の果てにまで逃げて、逃げて、逃げまくってやる。平和のためだろうと殺し合いはごめんだ」

「わたしも…」

 控えめにフリーダが挙手をした。

「ということで、フリーダ、次の行き場所は、アムゼン村だッ」

「はいッ!」

 珍しく大きな声で返事をした。

「というわけだ。父さん、ガード。あばよ! 二人とも、死なないでくれよッ。なッ!」

 フリーダの手を取ると、オルヴィスは村の東門へ向かった。

 シュメルとガードリアスが諦めて馬に乗って駆け出した先の山の端に、夕陽が沈もうとしていた。



                                 (了)

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不戦の誓い 早起ハヤネ @hayaoki-hayane

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