第17話 夜盗襲撃

 入り口では、夜盗が見張りについていた。

「お願い! ここを通して」フリーダが頼み込んだ。夜盗はニヤニヤ笑っている。

「下がれ、フリーダ」オルヴィスは入り口から距離を取った。「いいか? オレが合図したら全力疾走しろ。「がら空きになっている箇所がある。オレがまず走ってその穴をすり抜けるから、オマエもオレに続いてすり抜けろ」

「う、うん」

「行くぞ」オルヴィスはもう少し距離を取ってから駆け出した。「走れッ!」

 呆気に取られた夜盗の脇をすり抜けるのは思っていたよりも難しくなかった。

無事にすり抜けるとそのままの勢いで火の手の方へ走った。パット村長の家だった。広場では呆気にとられた様子の村人たちが炎を見上げていた。

 二人の姿を見つけた村人の一人が叫んだ。

「こ、コイツらだッ! 夜盗どもを呼び込んだのはッ!」

「また戻ってきやがった!」

「盗みを働いたばかりか、賊とつながっていたとは…」

「許せんッ!」

「捕まえろ! 今度こそ、処刑だッ!」

「吊るし上げろ!」

 群衆が一挙に二人のところへ押し寄せて、抵抗する間もなく、猿轡をかまされ、ロープで手足を縛られた。夜盗はその様子をニヤニヤしながら眺めている。フリーダの目が潤んでいる。オルヴィスに、ごめん、と告げているようだった。

 村長の邸宅の広場に二人分の絞首台が用意された。村長のパットと息子のレックスがいる。野次馬たちも集まった。

「パパ。ぼくの言った通りでしょ。やっぱりあのとき吊るしておけばよかったんだ。そうしておけば、こんな事態にならなかった」

 レックスは、オルヴィスの顔面にブーツのつま先で蹴りを入れた。鼻血が吹き出す。猿轡をかまされているため、声も出なかった。

「まずは、娘からやれ」

 そう言われた瞬間、オルヴィスは激しく暴れた。フリーダは村人二人に両脇をつかまれ、絞首台へ上がってゆく。

 最後まで彼女は、オルヴィスの方を見て、涙目で謝っていた。それを見て、なお彼は暴れるが、レックスにみぞおちを蹴られて、昏倒する。

 フリーダの首に、ロープがかけられた。

「やれ」とパット村長が冷ややかに告げて、床が落ちた。

 フリーダの全体重が首にかかった。

 その時だった。

「は?」という一言を最後に、村長の首が宙を舞った。剣を持った盗賊団のリーダーらしき男が血の雨を浴びている。

「おい、オマエら。あの子を助けてこい!」

 その一言で、夜盗の一人がフリーダの体を支えて、もう一人が首からロープを外した。

 フリーダは激しくむせ込んだ。

「クソッがッ! やっぱり初めから殺さなかったのは、失敗だったかな。テメェの甘さ加減にうんざりするぜ」

 切り離された村長の頭を虫けらを見るような目で言う。胴は、しばらく立っていたのち、ぐらりと倒れた。

「おい、ボウズ」オルヴィスの髪を引っ張ると、すぐに猿轡を外して、手足のロープも切った。

 オルヴィスは大きく息を吸い込んだ。

「オマエら、あのときのガキどもだな」

「ありがとうございます! 助かりましたッ!」

 頭を下げた。

「礼なんかいらねーよ。俺は、盗賊だ。善いことばっかするとはかぎんねぇぜ」

 それに、と彼は転がった村長の首を見下しながら続ける。

「俺は自分のために、オマエたちを助けた。ああいうブタ野郎を見ていると、胸クソ悪くなってくんだ」

「フリーダ! だいじょうぶか!」

 オルヴィスが彼女の上半身を起こすと、彼女は涙目で謝った。

「ご、ごめん、ね。オルヴィス。わたしが甘いことを言ったばっかりに、またアナタの命を危険にさらしちゃった…」

「いいんだ。気にすんな。結局、助かったんだから。オレよか、そこにいるにいちゃんにお礼を言っておきな」

「あ、ありがとう、ござい、います。ゲホッゲホッゴホッ…」

 フリーダはまだ思うようにしゃべられなかった。

「礼なんかどうでもいい。それより早くここから逃げろ」

「すみません、お名前を聞かせて下さいませんか?」

「名前なんかくだらん」

「くだらなくないですよ」とフリーダもたずねる。「命の恩人の名前を知らないなんて、道義に欠けます」

「俺は…コルテスだ」

 一定時間、迷ってから、ためらいがちに彼は名乗った。本当は盗賊の名前を聞くことは、浅薄だったのかもしれない、とオルヴィスは思った。

「ぐずぐずしてないで早く逃げろ! 警備団がやってくるぞ! 俺と一緒にいたら、盗賊と勘違いされるぞッ。村人どももまたオマエたちのことを都合のいいように訴えるかもわからんぞッ」

 馬の駆ける足音が聞こえ、馬上の二人の人物が姿を現した。警備団の制服を着ている。背中には弓矢を、腰には二本の太刀を。

 父のシュメルと、友達のガードリアスだった。

「コルテス。やはりオマエだったか」

「なんだい。シュメルのおっさんか」

「人を誰も殺さないのは、義賊のつもりか? いつまでもこんなことを続けていたら、いつかその見逃してやったヤツらに足元をすくわれるぞ」

「必要となったら、殺すさ。そこのクソ野郎みたいにな」

 彼の指差した方向を見たシュメルは、舌打ちをした。顔をコルテスに戻すと、そのすぐそばにいる息子と、フリーダがいることに気づいた。

「オルヴィス! フリーダ! どうしてオマエたちがここに?」

「オレたちの方がわかんねーよ。どうしてオヤジが盗賊団のリーダーさんと知り合いみたいなツラしてんだよ」

「こいつとは、浅からぬ因縁があってな」

「だけど、この人を逮捕したらダメだぜ。オレとフリーダが無実の罪で処刑されそうになったのを、助けてくれたんだ。オレはいま、ここの村人よりもこの盗賊団の味方だ」

「オマエが味方だったところで、なにができる?」

「わ、わっかんねぇよッ! ただ、村に戻ってきたら、誰一人として殺されてねぇし、奴隷にするためにさらわれた女や子供もいねぇみたいだし、この人は信用できる。盗賊を信用するってのも変な話だけどな。なにかあれば、処刑処刑と、リンチしてくる気狂い野郎どもよりは、よっぽど信用できる。オレにとっては、な」

「それは、たまたま、だ」

 シュメルは久しぶりに見た息子に父親として声をかけるでもなく、淡々とした警備団リーダーとしての顔だった。

 それよりも……

「オルヴィス! フリーダ! 二人とも無事だったかい?」

 ガードリアスは変わりなかった。

「無事つーか、波乱万丈だったよなぁ?」

「そうだね。何回も危機があったよ。やっぱり知らない村で暮らすっていうのは、そんな簡単なことじゃないんだね」

「それよか、ガード似合ってるぜ。その制服。元々素材がいいもんなあオマエ。ところで、なにしにこの村へ来たんだ?」

「逃げてきた村人から通報があったからだ」シュメルが代わりに答えた。「盗賊に襲われた、とな。駆けつけてみると、コルテス一味だった」

「なんだ? コルテス一味ってのは?」

 オルヴィスがたずねる。

「最近、巷で有名な夜盗だ。人を殺さず、物だけ盗む。とくにその村の有力者である金持ちの家を狙ってな」

「へぇ…俺、そんな高く評価されているんだあ~スッゲェかっこいいじゃん」

 コルテスは他人事のようにすっとぼけていた。

「息子とその友達の命を救ってくれたことには感謝するが、私情は捨てねばならん。コルテス、逮捕するぞ」

 コルテスは、後ずさりした。大人しく捕まる気はないようだ。

「どうするつもりだ? 逃げるのか? キサマの部下たちも全員引っ捕えているぞ。親玉だけしっぽ巻いて逃げるのか? オマエにはそれができるのか?」

「やめてくれオヤジ。この人はオレとフリーダの恩人なんだ。オレに免じて頼む」

 オルヴィスは両手をこすり合わせてお願いしたが、シュメルはぴしゃりと言った。

「ならん。それこそ私情だ。オマエたちがコイツの命の恩人だというなら、助けるため、精いっぱいあがいてみろ。まぁ、ムリだと思うがな。オッ!」

 オルヴィスはいつか兵役を逃れるため使った唐辛子入りの小袋をシュメルの目に向かって投げつけた。

「ぐワァァァ! なんだこれはァァァ! 目がッ目がッ!」

 シュメルは馬から転げ落ちた。オルヴィスはついでに馬の顔にも投げつけておいた。

「ガード。邪魔してくれるなよ」

 オルヴィスは釘を刺しておいた。ガードリアスはリーダーの身を案じている。

「団長! 団長! だいじょうぶですかッ、しっかりして下さいッ」

 その隙に、コルテスは馬上に移ると、入り口の方へ駆け出していった。

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