第4話
緑茶が二千万円、スポンジが百万円、石鹸が六十万円――商品のラインナップはありふれた日用品だが、値段は身が凍えるような高額だった。
「どうしたんだい、お客さん。買わないのかい?」
楽才のなけなしの一万円は定員のしかめ面により否定された。お札を握りしめたまま呆然と立ち尽くす。なんなんだこの世界は……
「僕、買います」
手を挙げたのはフーリだった。
おい大丈夫か、とこちらが咎める手を振り切りフーリはいつ持ってきたのか判明しない銀色のアタッシュケースを店主に渡していた。
フーリの隣には同じような背丈の妖精が知らぬ間に仕えていた。彼には従者がいて、先のケースを渡したのだろうか。分からない。
楽才は従者の正体には触れず、先のアタッシュケースをまじまじと凝視する。
意気揚々と店主が中の札束を取った――確かに本物のお金だった。
無性にケースを奪い取りたくなったが、心の最後のストッパーが何とか邪悪な想いを浄化させる。何度か頬を叩いた。こちらは必死だ。
「このお金はフーリのものかい?」質問の声が上ずってしまった。
「そうだよ、奪うわけないじゃん。というより奪う必要なんかないんだ。天からお金が降ってきたからね」
楽才は訳もわからず立ちすくんでいるとフーリが袖を引っ張ってきた。「さあ買い物は終了だ。はやく僕の家へ行こうよ」
楽才は袖を引っ張られたまま、ザ・ランドの土地を突き進んだ。またしても景色が変わっていく。とても発展している印象を受けた。
先程の売店があったメインストリートを過ぎると、住宅街が見えてくる――その全てがレンガ造りであり、大小大きさはさまざまではあるが景観は統一されている。
「僕の家はどれだと思う?」
フーリが意地悪く笑った。知らないよ、と楽才が少し拗ねると「まぁそんな事言わずに」と妖精は小さな手をこちらに触れて、宥めようとしてきた。
楽才は溜息をついた後、家を一つずつ見比べた。
碁盤の目のように整然とした通りには、家がざっと数百軒建ち並んでいる。
道が正確に敷かれているのはまるで京都のようだと感じた。
結果として一番近くに見える家が最もみすぼらしく見えた。それは敷地の狭さよりレンガの傷み具合や、屋根の劣化の酷さから感じとったものだ。
対照的に、碁盤の目の住宅地の更に奥の方で大豪邸が伺える。城のような大きさだ。
ザ・ランドには領主がいるのか、と楽才は感心した。それほど立派な邸宅だった。
「この家じゃないかな?」
少し嫌がらせも込めて一番貧弱な家を指差した。その途端、フーリは驚いたようにして飛び跳ねた。
「正解! だけどここは前の僕の家なんだ。今はちょっとした豪邸に引っ越したんだよ」
そりゃそうだ――緑茶の葉を二千万円で買う奴がこんな家に住んでいる訳がない。
「いつ引っ越したんだ?」「二年前かな」
「想像以上に最近じゃないか。それで君の今住んでいる家はどこになるんだ?」
それはね、とフーリは少しもったいぶった。
そして笑って指差したのだった。
その指差す先には、満点の青空か城のような大豪邸しかなかった。
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