第5話

「あれが私たちの家であります」

 甲高くて可愛らしい声の出所に、楽才は驚いて振り返った。先程フーリにアタッシュケースを渡した従者がしっかりと後をついてきていた。彼女はもう仲間になったかのように満面の笑みだった。


どことなく細かな所作がフーリに似ていると感じる。


「君は誰だ?」

 楽才は覗き込むようにして訊いた。


「紹介をしていなかったね!  僕の妹のルンラさ」

 フーリは弾むような足取りで前を見たまま言った。

可愛らしい妖精は頷いた――ルンラは妹の凛とリンクしているという訳か。




「よろしくね!  楽才兄ちゃん」


「ルンラも凛みたい呼び方してくるんだな」


「だっておんなじだもん。お兄ちゃん」

 ルンラは赤のスカートをひらりと翻した。フーリよりも少し生地が薄い気もしたが、わざわざ質問する気にもなれない。




それよりも気になる事が脳内を支配していたからだ。


「君が今住んでいる家はもう一度訊くけど、あれか?」

 確かめておきたかった。あの大豪邸がフーリ達の家なら楽才及び時谷家の財政難は瞬く間に解決するかもしれない。


「うん、そうだよ。僕にルンラ、それにパータとロイリーも住んでる」

 父と母の妖精だろう、と今までの流れから察知した。




しばらく碁盤の目を倣うようにして真っ直ぐ歩き続けていると、先程までの雲一つない青空が漆黒に変容していく。




「これは来るね」フーリはどことなく嬉しそうだ。


「お兄ちゃん、念のために隠れておく?」

 妖精兄弟たちの会話がとても気になった。たかが通り雨くらいで身を隠す必要がどこにある?


楽才は遅くなる小さな足取りを無視してそのまま通りを突っ切ろうとした。辺りはますます暗くなってくる。

灰色のどんよりとした雲は、遂にはレンガの家を黒く包み込んだ。




「逃げろ!」

 突然フーリが叫んだ。楽才は左手を徐に引っ張られた。近くの茂みに引き込まれる。横には息遣いの荒いルンラもいる。




「楽才、よく見ておくといい。闇払いを」

 闇払いと呼ばれている者は完全に宙を浮いていた。天から君臨したという表現の方が正しいかもしれない。

 急に現れた闇払いは身の全てを黒のマントで身を包んでいる。そのため完全に闇と同化していた。そのせいで鋭い青目が宙に2つ浮かんでいるようにしか見えないのが実態だ。




 闇払いは一つの区間を凝視していた。まるで獲物を定めているかのようだった。

しばらくして屋根の上を彼は闊歩していく。



そして、比較的立派なレンガ邸に闇払いは落ち着いた――動きをピタリと止めたのだ。




「来るぞ!」フーリが叫んだ瞬間、闇払いが右手を上げて突風を巻き起こし始めた。何が何だか分からないと手を額に当てた瞬間、ものすごい風圧がこちらに襲い掛かってきて右足が少し浮いた。

 妖精達は既に空中浮遊を果たしていた。慌てて楽才は宙に浮きそうになるフーリとルンラの身体を引っ張り、自身のお腹近くで抱き寄せた。地面に伏せる状態で、暴風が巻き起こす喧噪が落ち着くのをじっと待つのが背一杯だった。




ただその異変は僅か数分だった。突風は突如として止み、厚い雲は瞬く間にして消失した。何事も無かったかのように、晴天になっていた。


訳が分からない。


「終わったみたいだ」

 フーリの声にルンラの安堵の溜息を漏らした。こちらとしては呆然とするしか無かった。それは流しそうめんの勢いくらい、何がなんだか分からなかった。


 楽才は闇払いがいたはずの一画を改めて見つめた――急襲前の立派な家は小さくなり、ひどくボロボロになっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る