第2話

「助けに来た。それが本当かどうかはひとまず置いといて、これは不法侵入だぞ」

 楽才は小さな生物が羽織っているジャケットを徐に掴んだ。

相手は露骨に顔をしかめた後、痛そうな表情を浮かべていた。

楽才の指は生地と皮膚を同時に掴んでいたからだった。慌てて手を放す。相手はストンと音を立てて畳の上に落ちた。


その刹那、開いたままの冷蔵庫が見えた――目を剥く。

紫色の異次元空間になっているではないか。


 昨日、ご褒美として買っておいたプリンが冷蔵庫から全く見えない。代わりに見えるのは奥が何処までも続いているかも分からない紫だ。黒に近い紫だ。

額から汗が噴出し始めた事が分かった。



「これは……どういうことだ?」

  楽才が声を振り絞るようにして発すると、小さな相手は手を叩いて笑った。


「僕はフーリ。君の妖精なんだ。冷蔵庫をちょいとお借りしたんだよ」

 妖精と名乗った小さな生命体を楽才は凝視した。

肌の色が少し日本人より白いが、それ以外は人間と何ら変わりない。

身長が小さい以外に特段異なる点は見受けられなかった。

傍から見たらただの可愛らしい子供だ。


 楽才には外見よりも気になっていることがあった。フーリが着ているジャケットだ。艶がある紺の生地。間違いなく高級品だ。

幼い彼が着用するのには不相応だと、貧乏人の楽才は考えた。その思いに嫉妬心が含まれていることは否めなかった。


「ファンタジーはとても好きだ。見る限り別に盗られた物も無さそうだし、何より冷蔵庫の中の別世界をこの目で見てしまった。だから大概の不条理には目を瞑ろうと思う。改めて訊きたい。このオンボロアパートへ妖精の君が何をしに来たんだい?」

「だから君を助けに来たんだ」

「どういうことだ? フーリは妖精であり、異世界からここ京都にやってきた。それが真実だとしても、俺を助けに来たということには繋がらないだろう?」

「ううん、繋がるんだよ。君と僕は一心同体だから」「一心同体?」

「うん。君が呼んでいる異世界というのには名前があるんだ。ザ・ランドだ。そう呼ばれている。僕はそのザ・ランドの出身なんだ。このザ・ランドで生を授かるには条件があるんだ、分かるかい?」


「条件? ますます分からないな」

 楽才は話を訊きながら、布団を片付けてちゃぶ台のテーブルに湯飲みを二つ置いた。

「妖精は緑茶が飲めるか?」

「飲めるよ。大好物だ」

 フーリは湯飲みに息を掛けた後、美味しそうに喉を潤した。そのまま楽才の質問に答えた。ザ・ランドに生まれる条件、それは人間界にリンクと呼ばれる運命共同体が誕生することだった。

「僕は楽才がこの世に誕生した瞬間に、ザ・ランドで生を見いだされたんだ」


「じゃあもし、俺がこの世界で命を落としたら?」 

 フーリは湯飲みに再び口をつけた。一つ溜息をついた後、乾いた笑みを浮かべた。小人にしては随分、大人びた表情をしている。

「楽才にリンクして、僕も一つの物語が終わってしまうんだ。とても残念だよ」

  

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