第3話

「一心同体ねえ。それもファンタジー好きに免じて一応、信じてみることにしよう。でも俺はリアリストなんだ。それでどうしてここへ来たんだい? その答えを教えてくれない限り、フーリの存在は認めないよ」

 するとフーリは何の返事も寄越さず、湯飲みだけを楽才の前へ突き出してきた。お代わりをくれたら続きを教えてあげよう、ということだろうか。楽才は為すがままにしてお茶を注いで突き出した。

「ありがとう。しっかり頂くね」

 フーリは満面の笑みで新たな一杯を一気に飲み干した。「じゃあ行こうか」



「どこへ?」

ザ・ランドヘだよ、とフーリは冷蔵庫の紫の空間へと走っていく。

慌てて楽才も見様見真似で駆け込んでいった。ぶつかると思って目を強く瞑っていたが、まるで底なし沼のように身体はまだ見ぬ世界へと吸い込まれていった。


しばらくして目を開けると目の前が紫、緑に変わり、最終的には青へ変わった。

足に硬い感触が伝わったのは数秒後で、下を見ると中世の雰囲気漂うレンガ道だった。


もう一度、空に視線を向けた。

晴天の青空だ。雲一つない。最後の青色は空だった。きっとその前の色は、今はっきりと視界に捉えている横の大木が織りなす緑だったのだろう。


異世界――フーリのいうザ・ランドにたどり着いたのだ。



「ここが、ザ・ランドなのか?」

目の前に片膝ついて佇んでいるフーリは日光に照らされている。それがまるで彼のオーラのようにも見えた。不覚にも楽才はフーリをカッコいいと思ってしまった瞬間だ。紺のジャケットが艶を出して、一国の騎士にも見えなくない。


「そうだよ。ようこそ僕の地元へ」

フーリにとって勝手知ったる土地なのだろう。彼はすたすたとレンガ道を右に左に歩いていく。


 中世の西洋を彷彿とさせる景色が続いていた。楽才の住んでいる京都とはまるで景観が異なる。一種の海外旅行のような気分になっていた。

数分歩いていると、景色は緑地公園のような景色からメインストリートである市場に移り変わっていった。屋台が連なって、視界の端まで続いている。活況な様子が遠くからでも伝わってきていた。近づくと、香ばしい匂いに鼻孔がそそられた。

楽才が住む世界となんら変わりない食べ物が、怒声にも近い取り引きの後次々に売れていくのが物品の受け渡しから分かる。


「緑茶が人気なんだ」

フーリは思い出したようにザ・ランドの案内を始めた。緑茶といえば、先程フーリがこちらに来た際にもてなした一品である。

「じゃあここでもせっかくだし買って行こうか」

ちょうど目の前が茶葉の店だったからそんな提案をしてみた。いらっしゃい、の声に続けて楽才とほぼ背丈の変わらないザ・ランドの民は値段を提示した。

顎髭がとてもダンディーな妖精だった。


彼は淡々と二千万円と言った。

まさかザ・ランドの通貨が円だとは想定外だった。


「二千万円?」

 しばらくして通貨単位ではなく、数字に興味が移った。ただその金額がすんなりと頭に染みこんでこない。思わず楽才はその場で反芻した。 


 他の客のやり取りを隈なく確認するとここで取り扱われる紙幣は、確かに楽才が日常的に渇望している紙幣と変わりなかった。

フーリに視線を移す。小さな身体を目一杯に屋台まで近づけている。眼前の茶葉の香りを少しでも嗅ごうとその場で飛び跳ねていた。

とても可愛い、と不覚にも思ってしまった。


「円はこれでも使えますか?」

楽才は財布から泣けなしの一万円を差し出した。

「大丈夫ですよ」

店員は快活に答えた。


緑茶が二千万円というありえない値段設定を頑なに否定した精一杯の一枚だった。

お札を持つ手がわなわなと震えた。

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