あなたはポチ
白川結衣という名前の転校生は、衝撃的な挨拶と共にこの教室にやってきた。
今はクラスメイトの女子に囲まれて質問攻めにされている。因みに席は俺の隣、最後尾である。そのせいで、さっきから女子たちの甲高い声が耳に触る。個人的には一人だけ後ろの列で飛び出しているこの席を気に入っていたので、複雑だ。
「白川さん、挨拶の時のあれって...」
「ああ、あれですか。冗談ですよ。最初の挨拶って緊張しません?」
「え、意外だなぁ。白川さん冗談言う感じじゃないのに」
「ふふっ、よく言われますけどそんな事ないですよ」
普段なら他人の会話なんて盗み聞きなんてしないが、今回は別だ。あの衝撃的な53万宣言に関する事だからだ。
白川自身は微笑みながら、冗談だと言っているが、確かめておく必要があるな。
◇ ◇ ◇ ◇
最後の授業が終わり、放課後になったことを知らせるチャイムが鳴る。同時に何人かの生徒が部活へ参加するために素早く準備をして教室から出ていった。
俺は帰り支度を整えている白川の方を向いた。白川が体を動かすたびに少し揺れる髪がさらりと耳から垂れる。やはり見た目はかなりのものである。
「なぁあんた」
白川がこちらを向いた。目が合う。ぱっちりとした目で鼻筋も通っていて、周りに美少女特有のエフェクトが出てるような気がする。いや、というか間違いなく出てる。これはやっぱり...
「あなたは...確か佐藤さん、でしたっけ?」
「まだ話したこともない奴の名前を把握してるなんて随分真面目なんだな。だが、そんなことはどうでもいい。白川結衣、朝のあんたの言葉についてだが...」
「妄想力53万の件ですか。あれは冗談ですよ。意外と信じる人が多いんですね」
白川は微笑みながらそう答えた。だが、俺はそれで済ませるわけにはいかない。あの時、確かに聞こえたのだから。
「誤魔化すなよ。自己紹介の時、音が聞こえた。鈴の音だ。あんな美少女のテンプレみたいな表現に騙されるほど俺はバカじゃねぇ。あれはお前の妄想だな? 自分の妄想で他社に影響を与えるのはかなり高度な技術だ」
言い切った俺の目を見ながら、白川は口を開いた。
「だったらどうなんです? 何かあなたが困ることがあるんですか?」
「ある。少なくともお前の見た目は妄想力で固められたもんだ。それをずっと維持してるってことは相当な妄想力がなきゃできない。はっきり言おう。あんたの妄想力は本当はいくらなんだ」
「失礼な人ですね。まるで私が本当はブサイクだけど妄想では美少女みたいに言って。それに質問に答えていません。私の妄想力になぜあなたはこだわるんですか?」
「俺はこのクラスじゃ一番妄想力が高い。だから新しく来た転校生のスコアが気になる。これじゃダメか?」
「ダメですね。それに私はあなたの下の名前すら教えてもらってません。まずは自己紹介から始めるのが礼儀でしょう」
「それこそ関係ねぇだろ。言え」
うだうだと言い訳を続けてしらばっくれようとする様子に少し腹が立ってきたせいか最後の言葉は少し声を荒げてしまった。
すると白川は拗ねたように頬を膨らませた。
「あー私には名前を教える気はないと、そういうことですか。じゃあ分かりました。勝手に呼びます。あなたの名前はポチです」
「は?......おい! 待てよ」
白川が話の途中で席を立って教室に扉に手をかけこちらを振り向いた。
「生徒手帳、見てみたら? じゃあね、ポチくん」
白川はそう言って笑いながら教室を出て行った。
生徒手帳......? 何故ここで生徒手帳の話が出る? と頭の中で思考を巡らせた瞬間、ある可能性にたどり着く。まさか、と思い急いで制服の胸ポケットに入れっぱなしの生徒手帳を引っ張り出して開いた。そこには
S高等学校第52第生 佐藤 ポチ
俺の名前は消えて、ポチと刻まれていた。
「え......?」
まて。どういう事だこれは。俺の下の名前がポチになっている。急いで自分の名前が表記されているものを片っ端から確認する。全てポチ。これはアイツがやったのか。あり得ない。他者の名前を改竄するなんて事をできる妄想なんて聞いたことがない。俺でさえ一瞬でも他人の存在に介入する妄想を具象化するのは不可能だ。
「白川結衣......お前何もんだよ......」
美少女転校生の妄想力が桁外れ過ぎてついていけない 筆箱鉛筆 @wazama
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