06 北は指していない

 下車と同時に同じクラスの女子と顔を合わせた希里奈は、さっそく鞄につけたチャームの話題で盛り上がり始めた。続く俺は歩調を緩めて距離を開ける。学校では、必要最低限の会話ぐらいしかしないようになったのも、ずいぶん前のことだ。


「おはよ綾十」

「よぉ」


 駅を出たタイミングで、バス通学の竹内優貴ゆうきが声をかけてきた。

 彼も希里奈と同じ幼馴染みの一人で同じ幼稚園に通った仲だ。小学校に上がって少し経った頃、親の転勤に合わせて転校していったが、昨年暮れに戻って来たらしく高校受験の教室で鉢合わせて驚いた。

 八年近く手紙もなかったのに、会って直ぐに分かったと言われて苦笑いで返した。確かに物腰の柔らかい静かな雰囲気は以前のままだったが、声をかけられるまで気づかなかった。

 俺はそんなに変わっていないのだろうか。

 まぁ、いいけどさ。

 頭もいいし顔ちも悪くはないから、目を付けている女子も多いというのは昌己まさみからの情報。そんな爽やか君は、いつものように軽い声で挨拶をして俺と並んだ。


「希里奈ちゃんは、今日も元気だね」

「うるさいだけだよ」

「女の子が賑やかなのはいいじゃないか」


 更に距離の空いた希里奈たちを前方に見ながら、二言、三言と交わす。

 徐々に流れて来る暗い雲だけが雨の予感を強めて、シャツに落ちた染みのように不安を広げていた。鞄を持ち替える。目につく腕時計の縁で、滑るように動く青い石はずっと奇妙な方向を示している。


「やっぱり北を指しているんじゃないよな」

「なに?」

「よぉ、おっはよぉーって、綾十、それ何よ」


 校門近くで同じクラスの田中昌己に声を掛けられ、いつもと変わらない挨拶を交わすと同時に腕を突かれた。

 出席番号順で俺から優貴、昌己と並んだのがきっかけでつるむようになった。

 コミュ力お化けの昌己が積極的に人付き合いをしない俺と、実はかなり人見知りな優貴のどこと波長が合ったのか分からない。ただ昌己は好奇心旺盛で喋り好きだから、いつも聞き役、たまにツッコミなこの組み合わせは一番気楽なのかもしれない。

 俺も、昌己には楽に話ができる。


「目ざといな。今朝、祖父ちゃんからもらったんだよ。祖母ちゃんの形見」

「へぇー、カッコイイ」

「綾十が好きそうなデザインだね。ずいぶん古そうだけど」


 素直に感想を言う昌己に続いて、優貴も興味を示した。

 やっぱり良いよな、これ。


「動力は電池、じゃないよね? すごい複雑な構造」

「……手巻きかな? 祖母ちゃんが持って物だからそうとう古いだろけど、ちゃんと動いているみたいでさ。ただ、この時間以外の針や数値が何を示しているのか、よくわからないんだ。縁の青い石も」

「方位磁石じゃなくて」

「北は示していないだろ?」


 手首の角度を変えても、青い石は北の方に動かない。

 かといって南を示しているようにも見えない。ただ奇妙な方角の方に動き続けている。何らかの法則性はあるみたいでけれど、考えすぎかな。もちろん、ただの飾りというのもあり得る。


「見せて見せて」


 昌己に言われて外そうとするが上手く外れない。下駄箱の込み合う場所に辿り着いていたから、仕方なく手首ごと向けた。


「何だろうな。ってか、どんな仕掛けだ?」

「昌己も分からないか」

「こういうのには詳しくないからなー。けど、カッコイイ」


 にかっ、と無邪気に笑う。

 うん、役に立つかは置いておいて、やっぱりカッコイイは正義だ。もふもふなチャームを可愛いという希里奈と似たようなものかな……と思いつつ口には出さない。


「昌己もこういうの好き?」

「好き好き、何か変形しそうじゃん」

「しないよ」

「じゃ、変身は?」

「ベルトじゃねーし」

「いいね、正義のヒーローのアイテム」

「優貴まで言うか」


 そんなバカ話で小突きあいながら教室に着くと、不穏な言葉が飛び込んで来た。




「神隠し?」


 机に鞄を置きつつ、ざわつく教室の言葉に誰ともなく呟いた。

 俺たちを見つけたクラスの女子が、声を上げて駆け寄ってくる。


「田中くん待ってたよぉ! 噂とか聞いてない? 二年生が消えちゃったんだって、いきなり。昨日も帰っていないみたいで、というか見つかってなくて」

「え? なに……何時、どこで?」

「一昨日の旧校舎で」


 話しかけて来た元谷もとや咲妃さきの言葉に、俺たちは顔を見合わせせた。

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エウリュアレーと渡る虹 管野月子 @tsukiko528

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