第4話 それでも男にはやらねばならぬ時があるのでした。
明け方、まだ日が昇る前に目を覚ましたドルマは、アケミーナを起こさぬようにこっそりベッドを出ると、アケミーナへの書き置きを残して店を出ようとした。
すると、店の入り口にはベッドで寝ていたはずのアケミーナが立っていた。
「どこに行こうってんだい」
「アケミーナ……」
「あたいは許さないよ……あたいを置いてどっかに行こうだなんて、あたいは許さないよ!」
アケミーナはそう言ってドルマの分厚い胸板に顔を埋める。
アケミーナはあの時、ドア越しに二人の会話を全て聞いていたのだ。
しかしドルマはアケミーナの肩を掴むと、優しく包容を解いた。そして店を出ると、街の入り口に向かって歩いてゆく。そんなドルマの背中にアケミーナは叫ぶ。
「行くんじゃないよ! あたいのお腹にはね……あんたの子がいるんだよ!」
それを聞いたドルマは足を止めた。
「……来年の春にはあんたの子が産まれるんだよ。……いいじゃないか、今更魔王軍がどうなったって。あんたは今、八百屋の店主で、あたいの旦那で、この子の父親なんだよ!」
ドルマの心は大きく揺れた。
本当は今すぐ振り返り、アケミーナを抱きしめて、「よくやった。さぁ、冷えるから家に入ろう」と言いたかった。
しかし、それでもドルマにはやらねばならぬ事があるのだ。
魔王軍が滅べば、人間達は魔族を駆逐し始めるだろう。そうなればいずれ中立都市に住まうアケミーナや、まだ名も無きドルマの子も——
「行くんじゃないよ! このろくでなし!」
涙を流しながら叫ぶアケミーナへ、ドルマは背中越しに言った。
「必ず、生きて帰る」
それは、あまりにも儚い約束であった。
☆
ドルマとグレンが旧魔王軍の同志をかき集めて魔王城に潜入したのは、それからしばらく後の事だった。
ドルマはグレン達の切り開いてくれた道を進み、謁見の間にてステイルと対峙していた。しかしドルマはそれまでの道中での激しい戦闘で、既に満身創痍であった。その背には数本の矢が深々と刺さり、全身には無数の切り傷や火傷を負っている。
「ククク……誰かと思えば土属性のダサマッチョさんじゃありませんか」
「なんとでも言うがいい。だが、貴様がやった事の落とし前はつけてもらうぞ」
「果たしてそんなボロボロの身体で落とし前ををつけさせる事ができるかな?」
そう言うとステイルはドルマに掌をかざす。
「雷の精霊よ、我に力を貸し与え眼前の敵を撃ち貫け。サンダーボルト!!」
ステイルの掌から閃光が迸り、雷魔法がドルマの身体を穿つ。
「フハハ! 貴様のようなノロマに俺の魔法は躱せな……ん?」
しかし、魔法が命中したはずのドルマは何事も無かったかのように平然と立っていた。
「雷のステイルよ、知っているか? 天より落ちた雷は地に還るのだ。即ち、土属性を極めし俺には雷など効かぬ」
ドルマはステイルに向かってゆっくりと歩みを進める。
「バ、バカな! しかし雷が効かずとも、俺には剣技がある!」
そう言ってステイルは剣を抜くと、ドルマに斬りかかった。
ステイルの素早い剣技により、ドルマの肉体に次々と切り傷が増えてゆく。ドルマにはもうステイルの斬撃を避ける力も、斧で受ける力も残っていなかった。しかし鉱物の如き筋肉を持つドルマは倒れない。
「前々から貴様らに言いたかった事がある。お前だけじゃない、魔王様にも、そしてグレン達にもだ。いいか? 大地とは、地中奥深くに火を宿し、その身に水を蓄え、体表に風をそよがせる、全ての属性の生みの親なのだ」
「な、何が言いたい!? 雷轟刺突!!」
ステイルの剣がドルマの胸を突いた。それは明らかに致命傷に至る一撃であった。
「つまりだな……」
それでもドルマは最後の力を振り絞り、剣を引き抜こうとするステイルに向かって斧を振り上げる。
「土属性を、馬鹿にするなと言ったのだ!!」
そして斧が振り下ろされた時、ステイルはその刃が額の皮一枚でピタリと止められる前に、雷の速さで小便を漏らして気絶していた。
「フン、他愛もない」
そう呟くとドルマはガックリと膝をつく。
視界には霞がかかり、やけに肌寒い。
アケミーナとの約束は果たせそうにも無かった。
すると、そんなドルマの顔を何者かが覗き込んだ。
「おー、生きてる。ドルマさん、遅くなったけど二千ゴールドの借りを返しに来たよ」
そう言って風のフィールは、ドルマの口に薬草をモサモサと詰め込み始めた。
☆
「いやー、助かったよ!」
グレンにより救出された魔王の第一声はそんな呑気な言葉だったそうな。
あれからなんやかんやあって魔王軍は再編され、ステイルとクリアは反逆罪と詐欺罪で投獄された。更に二度と悪さができないように魔王の魔法でハムスターにされたらしいが、それはドルマの知った事ではない。
そして魔王の復権により、四天王制度も復活する事になった。
魔王はステイルとクリアの抜けた穴埋めでドルマに再び四天王になってくれないかと打診したが、ドルマは「八百屋が忙しいので」と言って断った。
それから十年が過ぎた。
ドルマは今、国一番の規模を持つ農園を営みながら、四人の子供達とアケミーナに囲まれて幸せな生活を送っている。
そんなドルマの元に、ある日新聞社からの取材が入った。
「ドルマさん、美味しい野菜作りの秘訣はなんですか?」
記者の質問に、ドルマははにかみながら答える。
「やっぱり……土ですかね」
土属性の斧使いは、今日も地味に生きている。
【短編】土属性の斧使いだけど四天王をクビになりました。 てるま@五分で読書発売中 @teruma
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