JKおじさん

上山流季

JKおじさん

 雉子島きじしまとは中学から続く三十年来の幼馴染だ。平凡でトロい私と違い、彼は頭がキレ、誰とでも親しげに話し、人気も高く、しかし金にだらしがなかった。中学、高校を卒業したのち交友が続いたのも、ひとえに、彼が私に金の無心をするからだった。

 その雉子島から半年ぶりに連絡が来た。どうせいつものように「金を貸してほしい」と言ってくるつもりなのだろう。

 もちろん断ってもよかった。しかし、彼はなんだかんだと貸した分はきっちり返す男だった。金という形ではないことも多かったが、いわゆる『貸し借り』という意味ではきっちり清算されている――と、私は思う。

 だから今回も金を貸すことにした。口座から少しだけ余分に下ろし、財布に入れると、私はいつも待ち合わせに使う喫茶店へ向かった。

 人の少ない静かな半地下の喫茶店、カウンターの店主にコーヒーを注文したあと店の奥、いつもの席を目指す。


「雉子島? もう来ているのか?」


 人影を見た、そう思ったから声をかけた。

 果たして、そこに座っていたのは女子高生であった。


 目鼻立ちのはっきりした長い黒髪の美少女だ。彼女は装飾のない指先でアイス・ラテのグラスを掴み、ストローでそれを飲んでいる。カッターシャツに、リボンに、チェック柄の膝上スカート、しかしその上からド派手なダブルのライダースジャケットを羽織っていた。分厚く武骨な黒革が、余計に彼女の華奢な指先を強調しているように感じた。


「あ、その――人違いのようで――」


 たどたどしく言い訳しようとしていると、女子高生は、ニィと歯を見せ笑んだあと彼女の対面の席を指で示す。


 座れ、ということだろうか?


 女子高生の意図が分からず立ったままでいると、店主がコーヒーを運んできた。


「お席はここで構いませんか?」


 店主の問いに、私よりも早く女子高生が答えた。


「合っている。そこだ。いつも美味しいコーヒーをありがとう。……お前もボーっと突っ立ってないで座れ、桃瀬ももせ


「!」


 突然名を呼ばれ、女子高生を見る。

 彼女は意地の悪い笑顔を浮かべながら「が誰かわかるか?」と訊いた。


「……雉子島?」


 まさかそんなわけはない、思いながらも、そう告げた。


 女子高生は――


「なんだ、きちんと分かっているじゃないか。半年振りだな、旧友よ」


 と、まるで中学からの幼馴染のように微笑むのだった。



   ◆



「状況を整理させてくれ」


 ひとまずコーヒーに口をつけてから、私は話をどう切り出そうかと悩んでいた。

 中学から続く三十年来の友人が、女子高生として現れた。

 これは一体どういうことだろうか?


「桃瀬よ、カラクリは俺にもわからんのだ。しかし、ある朝、目が覚めると女子高生になっていた」


「もう少しペースを落としてくれ」


「あいわかった。……そうだな、どこから話すべきか」


 雉子島を名乗る女子高生は、頬杖をついたまま目を閉じ考え始めた。

 私も考え始める。これが夢でないならば、おかしいのは私の頭か、女子高生の頭か。

 少女は目を開く。


「実はな、三ヵ月前、妻と娘に逃げられたんだ」


「………………」


 情報が多い。

 三ヵ月前、妻と娘に逃げられた雉子島を名乗る女子高生。

 視覚と聴覚の情報それぞれ己の真偽を疑わず脳に申告してくるものだから、座っているのに眩暈がする。


「娘が短大を卒業して就職した折にな、妻に言われたんだ。そろそろ頃合いもいいので私も出ていきますと」


 女子高生(雉子島)は、眉間を押さえる私に構わず話し始めた。


「どうやら以前から俺に不満があったらしい。金にだらしがないのが理由と見ていいだろう。俺はお前以外にも借金があったからな」


「うん……そうか……」


 私は目を閉じ、極力『女子高生』の姿を視界に入れないよう努めた。しかし、凛とした若い声色が雉子島の口調で雉子島の近況を語っていた。聞き慣れない女子高生の声をしたおじさんが妻と娘に逃げられた話をしている。もはや、ちょっとした怪異である。


「で、俺も妻を引き留めるのはあんまり可哀想だと思ったんだ。書類上はまだ夫婦ということになっているが、事実上の別居状態。いつ判を押された離婚届が郵送されるか、毎日ヒヤヒヤしているぜ」


「……娘さんとは、どうなんだ?」


 女子高生に対して私は何を訪ねているのだろうか? 一瞬とても強い罪悪感に襲われた。


「娘か。アレはもうほとんど独立状態だ。我が娘ながら強く育ったな。今度、金を借りられないか相談しようかと思っていた」


「それはやめておけ」


「お前がそう言うのならやめておこう。俺も半分やめたほうがいいと思っていたんだ」


 女子高生は悪びれる様子もなくカラカラと笑った。

 どうやら、妻と娘に逃げられたとして、金にだらしがないのは直らなかったらしい。


「で、だ。妻と娘のいなくなったリビングで、ひとりで飯を食っているとな、胸中に冷たい風が吹くのさ。なんとも言えない物悲しさ、虚無感だ」


 言葉は一度、区切られた。私は目を開き、彼の表情を伺う。

 半ば伏せられたその瞳からは物悲しさ、虚無感、そして寂しさが伝わるようだった。


「このなんとも言えない、心臓にぽっかり開いた穴を埋める術を、俺は知らなかった。守るべき妻と娘はもういない。女ってのは強い。俺なんかいなくても勝手に生きるんだ。俺は俺を生かす方法を探さなくちゃいけなくなった。今まで妻と娘に押し付けていた『生きる意味』を、自分で背負わなくちゃいけなくなった」


「雉子島……」


 ああ、この男はきっと、己なりに家族を養うため見えない努力を重ねてきたのだろう。


 私だって、家族を養うための苦労がある。毎日定時に出勤し、上司に怒鳴られ、部下には舐められ、顧客に対しては頭を下げる。行き帰りの電車では座ることも許されない。

 それでも、家に帰れば妻と子どもたちが待っている。

 私は、彼女たちが安心して眠れるように、満足に食べていけるように、毎日の地道な努力を続ける。それは強い重責であり、私を動かす動機でもあった。『家族のため』なら私は頑張れる。しかし……突然、その『家族』がいなくなったらどうだろう?


 私は雉子島という男の喪失感を想い、小さく俯いた。守るべき家族から逆に『もうお前は必要ない』と切り捨てられたこの男の心を哀れんだ。そして、次に顔を上げ彼の言葉を待った。『家族』のためではなく『自分』のために生きる意味を背負い始めた旧友を、静かに見つめた。


「だから思ったんだ。俺は――」


 雉子島はハッキリと口にした。




「――女子高生になりたい」




「ん?」


「女子高生になりたいと思ったんだ」


「は?」


「そして、ある朝、目が覚めたら女子高生になっていた」


「…………………………」


 ちょっと意味がわからない。


「よし、オーケー、説明しよう。まず確認だが、桃瀬、お前だって一度くらい女子高生になりたいと思ったことあるよな?」


「いや、ない」


「嘘をつけ」


「ない」


「全国のおじさんはみんな女子高生になりたいと思っているぞ」


「ない」


「ほんの少しでもないのか? 先っちょだけでも」


「通報されたいのか?」


 雉子島は「そんな顔するなよ……」と苦々しく言ったあと、咳払いを二、三度した。


「わかった、わかった。まず、俺の『女子高生になりたい』という考えに至るまでを説明しよう。な? いいからそのスマホをテーブルに置け」


 私は警察か病院か逡巡していたが、雉子島の言葉に従い、スマートフォンをテーブルに置いた。

 大丈夫、手を伸ばせばいつでも緊急通報できる距離だ。


「まず、桃瀬。お前には『女子高生』というアイコンがどう見えている?」


「アイコン?」


「『記号』という意味で解釈してくれ。世の中では高等学校に所属する女子生徒のことを『女子高生』と言い表す。多数いる女子高生を個人・個別に見るのではなく、全体の一部として考えることで『女子高生全体』に貼られたレッテルを読み上げろ。『女子高生という記号』から何を連想する?」


「……私の『女子高生という記号』へのイメージを言え、ということか?」


「そうだ」


 雉子島の言葉に、改めて考えを巡らせる。


「……女子高生と言えば、最近だと『タピオカ』か?」


「そうだな、それも一側面だ」


「あとは『ゆーちゅーぶ』とか……」


「その調子だぞ」


「……しかし」


 私は言う。


「しかし、私から見れば『まだ子ども』だ。うちには娘もいることだし……。我々大人が『守るべき存在』だよ」


「……お前はつくづく手本とすべき大人だな……」


 雉子島はしんみりと言った。

 どうやら、彼は私とは違う考えを持っているらしい。


「いいか、桃瀬? お前は感性がまともすぎるからそんな一般論しか浮かばないんだ。俺には『女子高生』とはもっと違う風に見えている」


「ほう」


「ずばり――『女子高生』を見ていると『自由』だと感じる」


 雉子島は続ける。


「彼女たちは『まだ子ども』で『守るべき存在』だが……同時に『子どもから大人への過渡期』でもある。子どもと言い表せるほど幼くないし、相応程度なら知恵もある。しかし大人と同じように責任を取るにはやや不足している。監督と保護は必要だが、しかし、行動の主体はあくまで女子高生本人にあり、大人なんてものは添え物か後始末用のモップみたいなものなんだ」


 わからなくも、ない。

 雉子島が言いたいのは『大人相当の知恵を持ちながら大人よりも自由な行動を許されている』……ように見える、ということなのだろう。

 しかし……。


「……だからといって、なりたいと思うか……?」


「思う。お前も家族に見捨てられたら、女子高生になりたいと願うぞ。保証してやる」


「いや、遠慮するが……」


 雉子島は一息入れるためアイス・ラテを飲むと言った。


「いろいろ言ったが、話をもっと単純にしよう」


「できるのか?」


「できるとも」


 雉子島はため息をついた。


「女子高生というのは、キラキラしていて、いかにも楽しそうに生きているだろう。だから……うらやましかったんだ」


「………………」


「あんなに楽しそうに生きられるなら、なりたいだろう。おじさんでも、女子高生に」


 私は……今の生活に満足しているつもりだ。雉子島の話を聞いても、女子高生になりたいとは思わない。

 けれど、おじさんと呼ばれる年代に属する全員が『今の生活に満足している』とは限らない。

 中にはきっといるのだろう。『今の自分とは違う何者かになりたい』と願うおじさんが。

 雉子島にとって、それは『女子高生』だったのだろう。


「私からすれば」


 自然と、口をついて出た。


「雉子島は昔からずっと『自由』で『いかにも楽しそうに生きている』人間だと思っていたよ。女子高生にならなくても、昔から、……中学のときから」


 雉子島は大きな目をぱちくりと瞬かせた。

 私は「だってそうだろう」と続ける。


「覚えているか? 中学のとき、君は『授業をサボらないか』と私に声をかけた。理由を訊ねると『映画を見に行きたいが金がないから手伝ってくれ』なんて言うじゃないか」


「あ、あのときの金を返せというのか?」


 うろたえ始めた雉子島へ、私は首を横に振る。


「そうじゃない。私はあのとき、映画代金と引き換えに『自由』を得たのだ。学校から抜け出して、映画館で映画を見る。そんなこと、私にはとても真似のできない、思いつきすらしないことだった」


 そのとき以来、私は映画を見ることを趣味とした。仕事や人間関係に打ちのめされた心を『自由』にしてくれるもの、それが私にとっては映画だった。


「だから……雉子島にとって自由の象徴が女子高生であるように、私には、君こそが自由の象徴なんだ。そんな君が『自由に生きられたら』なんて言うから」


「………………」


「だから、意外だった。私は雉子島になりたいとは思わないけれど、まして女子高生になりたいとも思わないけれど、……君の苦労に気付いてすらやれなかったのを、友人として悔しく思うよ」


 目の前の、女子高生になってしまった雉子島は少し沈黙したあと「そうか」と笑った。


「桃瀬、お前は本当にオヒトヨシだな」


「それは褒めてる、よな?」


 自信がなかったので確認してみると、雉子島は一層笑いながら「褒めているよ」と言った。

 私も笑っておいた。


「……うん? ところで、雉子島。奥さんと別居状態になったのが3ヵ月前なのはわかった。それで、いつその姿になっていたんだ? 仕事はどうした?」


「ああ、仕事は休職中ということになっている。理由は適当にでっちあげたよ。そもそも食品メーカーの営業マンなんて1人や2人いなくても問題ない」


「それは言い過ぎだ。……まあ、見た目が女子高生になったなんて会社には報告できないよな……」


 難しい問題だ。ここまでの雉子島の話を整理するに、女子高生に『なりたい動機』はあれど肝心の『なる方法』がわかっていない。そうなると『どうやって元に戻るか』という方針が立てられない。


 元に戻れなければ奥さんを説得することも会社に戻ることもできないだろう。


「どうするつもりなんだ? 雉子島」


「……」


 雉子島は、アイス・ラテのストローを口にしながら真っ直ぐに私を見た。

 その真剣な眼差しに私はようやく理解する――ここからが『本題』なのだと。


 ラテを飲み干し、テーブルにゴトリと置いた雉子島は軽く息を吸うと告げた。




「金を貸して欲しい」




 ………………。

 ん? えーっと……?


 咄嗟には理解が及ばなかったので、私は聞き返すことにした。


「すまない、雉子島、もう一度聞いてもいいか?」


「金を貸してくれ」


 疑うべきは私の耳ではなかったようだ。


「もう少し状況を整理させて欲しい」


 私は再び眉間を押さえた。

 自由すぎる女子高生・雉子島は追加でオレンジジュースを頼んでいた。


「もう一度確認するが……まず娘さんが独立して、次に奥さんも出て行った。雉子島は家でひとりきり。その悲哀や虚脱感から『女子高生化』への憧れが強くなった」


「その言い方だと、まるで癖の強い変態みたいだな」


 『まるで』ではなく『実際にそう』なのだが、ここではあえて私の所感は話さなかった。


「そして、ある朝、目が覚めたら女子高生になっていた。仕方がないので仕事は休職扱いにしてもらった。その後、私に連絡を取り今日を迎えた。ここまでに3ヵ月が経過している」


「合っている」


「それで、今日の目的は?」


「もちろん、金を借りに来た。いつものことだろう?」


 雉子島は半分きょとんとした顔で私の方を眺めた。


 ……いよいよ呆れたぞ、この男には。


「君は、君は『女子高生になってしまったこと』よりも『金の無心』こそが本題のつもりで、今日、ここに来たんだな……?」


「そう何度も言わせるな。金を貸してもいいくらい面白い雑談だったと思うが……」


「そういう問題ではない!」


 思わず、私は声を荒らげた。


「金の貸し借りの話はどうだっていいんだ! なのに金、金と! そんなことしか頭にないのか!? 私は君のことを心の底から心配しているのに! それなのに君という人間は!」


「お、落ち着けよ桃瀬、悪かったよ」


「いいや、君は悪いと思っていない! 他人ひとの気持ちをなんだと思っているんだ! ――だから奥さんも愛想を尽かすんじゃないのか!」


 場を、沈黙が支配した。


 私は後悔を覚えた。

 いくらなんでも、言い過ぎだった。


「………………」


 雉子島は大きく目を開き放心したように私を見ていた。それはそうだ。雉子島から金をたかられてこんな怒声を上げたことは――拒絶したことは、これまでにない。


 オレンジジュースの氷が溶け、かろんと音を立てた。


「……悪かったよ……」


 雉子島はもう一度繰り返した。

 その声は、今にも泣き出してしまいそうにか細く震える少女の声だった。


「ごめんよ、桃瀬……でも、……本当に、金がなくて……」


「いや……私こそ……すまない、雉子島……」


 休職中なのだ、雉子島に金がないのは当たり前だ。

 別居中なのだ、奥さんや娘さんに金を借りられないのは当然だ。

 幼馴染なのだ、彼にとって私は、困ったときに頼れるような――。


「本当にすまない……私は……君が元の姿に戻れるよう応援している。だから……、元に戻れない間は、力になるから……」


「…………」


 雉子島は潤んだ目元を拭う。

 そして言った。


「その言葉が聞きたかった」


「……」


 ん?

 雲行きが怪しい。


「まず、今日の支払いは頼みたい。見かけの上ではお前の方が圧倒的に年上だからな」


 うーん、まあ……。


「次に、金を借りたい。今日は五万でいいぞ」


 今日『は』?


「そしてこれは念押しだが、お前から言い出したことだぞ。俺が元の姿に戻るまで力になりたいと言ったのはお前自身だぞ。確かに俺だって金の無心はしたがそれを意気揚々と買って出たのはお前の『自由意志』なんだ。約束を反故にするならお前のことをパパ活おじさんとして警察に突き出すからな」


「あんまりでは?」


「ちょっとガチで生活がヤバイ……」


 雉子島は珍しく眉間を押さえた。相当困窮しているらしい。


「だが、いいか? これだけ言わせろ。バイクってのは女と一緒だ。俺が整備してやらないと彼女は『最高』を保てない。先週パーツを衝動買いした」


「無駄遣いしてるからじゃないか!」


「無駄ではない! 無駄にはならない! 無駄になんかさせないとも!」


 雉子島は大きな声でバイクの型番(?)を叫ぶが(そして『俺を待っていてくれ』などと口説き始めるが)私には到底理解できかねた。


「で? 金は貸してくれるのか? くれないのか?」


 満足に叫び終わったのだろう、雉子島は訊いてきた。


「……貸すよ」


 根負けして、私はカバンから財布を出した。もとより、最初から貸すつもりだったのだ。

 コーヒーカップはとうに空……解散するには、いい時間だろう。


「また何かあったら連絡してくれ。特に、元に戻ったとき」


「あいわかった」


 雉子島は紙幣を受け取ると、それをニコニコ大切そうに眺め、やがてポケットから出した折り畳みの財布に丁寧にしまった。


「くれぐれも『無駄遣い』はしないように」


「わかっているわかっている」


 私はため息をついてから伝票を手に立ち上がった。


「……今日は、駅まで送ろうか」


 そう声をかけてみると、彼は不思議そうに私を見た。


「なんだか妙に親切だな。それに……背が伸びたか?」


「……君が縮んだんだよ、女子高生」


 からかうつもりで言ってみると、雉子島は楽しそうに笑った。


「違いない! ……このまま帰るのはなんだかもったいないな。そうだ、桃瀬! このあと映画でも見ないか? 今日の俺は気分がいい、それに、臨時収入があったんだ! 奢ってやるぞ!」


「そういうところだぞ」


 指摘すると、雉子島は一瞬黙って、しかしまた笑い出した。


「では、奢ってくれ! 昔のように!」


 ああ、そうだった。以前もこうして、付け込まれる形で映画代金を支払ったのだった。


 私は「今回だけだからな」といつものように返し、雉子島と映画館へ向かった。


 雉子島とは中学から続く三十年来の幼馴染だ。平凡でトロい私と違い、彼は頭がキレ、誰とでも親しげに話し、人気も高く、しかし金にだらしがなかった。

 それでも、彼はなんだかんだと貸した分はきっちり返す男だった。金という形ではないことも多かったが、いわゆる『貸し借り』という意味ではきっちり清算されていると私は思う。


 今回も、映画代金はチャラでよいだろう。なぜなら、彼の話した体験談は映画に相当して面白く、ドキドキして、ワクワクしたからだ。

 それは三十年前、学校を抜け出して映画を見たときに似ていた。



   ◆



 後日、雉子島が私の家にやってきた。

 離婚協議の結果、一軒家を奥さんに取られ寝床が無いのだと泣きついてきた。

 私は妻と子どもたちに一晩かけて事情を説明し(雉子島の見た目はまだ女子高生だったからだ。とんでもない濡れ衣を着せられるところだった)その結果、雉子島はしばらくうちに寝泊りすることになった。


 あの喫茶店でもっと怒っておけばよかった。


 高校生の娘が呟いた「JKおじさん」という謎の単語は、私の人生が一本の映画になったとき、きっとタイトルを飾るだろう。




 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

JKおじさん 上山流季 @kamiyama_4S

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ