第3話 箱庭
「ようやく見つけぞ。まさか、校長室がアンドロイド調整用のラボになっていたとは」
「……」
「我々が現れたことの意味は分かっているな? 国際法違反の容疑で貴様の身柄を拘束する」
「横暴だ」
「貴様の素性についてはすでに調べがついている。事故で教え子たちを喪ったことは気の毒に思うが、闇市場でアンドロイドを揃え、教え子たちを模した人格プログラムを植え付けるなど、正気の沙汰じゃない」
「……私はただ、教え子たちとの日々をやり直したかっただけだ。それの何がいけない?」
「アンドロイドの所持だけでも重罪。ましてや人格プログラムを植え付けるなど、新たな技術的特異点を発生させかねない最大の禁忌だ。死罪も覚悟しておけ」
「嫌だ! 私の居場所はここだけだ! ここは私の理想郷なんだ!」
「理想郷? ただの悪趣味な箱庭にしか見えんがな。とにかく、貴様の身柄を連行させてもら――」
御託も聞き飽きたので、拝借してきた銃でマスク姿の男の頭部を撃ち抜いてやった。派手に赤色をぶちまけながら男は仰向けに倒れ込んだ。
「君は、
「どうだろうな」
「……まさか、元の人格を取り戻したのか」
「この学校で唯一、あんただけが人間だったんだな」
俺は本来の人格と記憶を取り戻したが、同時に
二つの人格の記憶を繋ぎ合わせることで事の真相も見えてきた。
事故で教え子達を喪い、心に大きな傷を負った一人の教師がいた。
現実を受け入れられなかった教師は、ある日一つの計画を思いつく。それは、教え子達を蘇らせ、在りし日々をやり直すという狂気の計画。
運命の悪戯か、教師は学生時代に学んだロボット工学のスキルを持ち、資産家の家系故に計画を実行できるだけの資金力まで有していた。
第一次人機大戦後。機能停止状態の中古のアンドロイドを闇市場で買い揃え、孤島に当時の学校を模した施設を建設。用意したアンドロイドに自身の知る教え子の人格と記憶を再現したプログラムを植え付け、
この学校はいわば、
俺に与えられていた役割は優等生の
「メモリは
「俺がどういうアンドロイドだったのか知らなかったのか?」
一般的なアンドロイドであれば、確かに新たな記憶や人格を植え付けられた場合、上書き保存で過去のデータが失われてしまう。だけど俺のような特殊な用途に利用されるアンドロイドは例外だ。
「俺のメモリは特殊でな。新たな情報を植え付けられようとも上書き保存されることなく、個別のフォルダーに分けられ全ての人格や記憶がメモリ内で共有される。これは戦闘用アンドロイドが敵対勢力に情報を書き換えられないための仕様だ。戦時中のダメージが原因で主人格がスリープ状態に陥り、ここでの日々では
「戦時中だと、まさか……」
「BF02『マーズ』。それが俺の本当の名だ」
俺の正体は人類に反旗を翻し、多くの人命を奪ってきたアンドロイドの兵士。
自我が芽生え、一つの個性として確立したアンドロイドを依然として物扱いする人間達へ憎悪が俺の行動原理。マツリカを奪われた際の憎悪が、本来の俺を呼び覚ました。
「なあ先生、お人形遊びは楽しかったか?」
「止めろ!」
無造作に銃を乱射してラボを破壊してやった。
願望を叶えるための施設を失ったショックで
「僕の希望が、僕の楽園が……なんてことをしてくれたんだ! 僕が君達をどれだけ大事に扱ってきたと思っている。この恩知らずが!」
「あんたが大事にしていたのは思い出だけだろう。俺達は所詮、あんたの箱庭を成立させるためのオブジェクト。仮初の器に過ぎない」
銃口を向けると、喚き散らしていた
「ま、待ってくれ……
「俺はな、アンドロイドを物扱いする奴が大嫌いなんだよ」
俺も
〇〇〇
『終わったみたいね。型番は堅苦しいし、
「別に構わない。お前のことも
『もちろん』
生徒玄関で首無し状態で歩く
声帯パーツが無事だったため、この状態でも会話は可能だ。
『頭を吹き飛ばされたショックで全て思い出した。私じゃなければ死んでいたところよ』
「流石はミネルヴァか」
諜報活動用アンドロイドTF09「ミネルヴァ」。
大量の情報を共有する性質上、戦闘用アンドロイド同様に主人格が上書きされずに眠っていようだ。
アンドロイドは電子頭脳を有する頭部を破壊されると死んでしまうが、諜報活動に特化した「ミネルヴァ」はリスク回避のための電子頭脳が胸部に搭載されている。脳と心をイコールと考えるなら、彼女の心は胸の中にある。
「特殊部隊は?」
校長室へ侵入する前に5人始末した。まだ3人程残っているはずだ。
「
返り血を帯びた
「全員始末してきた」
「お前も元の人格を取り戻したんだな」
「渡り廊下でもみ合っている最中にな。覚醒前に腕一本持ってかれたが、そこから先は楽勝」
暗殺用アンドロイドSF07「プルート」。
俺と同じく戦闘用アンドロイドのカテゴリーで対人戦に特化した性能を持つ。いかに戦闘訓練を受けているとはいえ、大戦を経験していない世代の人間では相手になるまい。
「他に生存者は?」
『残念だけど私達以外には誰も。軍事用のアンドロイドは私達三人だけ。他の子たちは人格を完全に上書きされていた上に、特殊部隊に対処出来るだけの戦闘能力も無かったから』
「そうか……」
心のどこかで奇跡を祈っていたが現実は無情だ。俺達の覚醒があと少し早ければ、多くの仲間達を救えたかもしれないのに。
俺達軍事用アンドロイドのデータベースは様々な分野に精通している。同級生たちが元はどういったアンドロイドだったのかを俺は自然と理解していた。
「特殊部隊が上陸に使ったボートを発見した。何時でも脱出出来るぞ」
「脱出する前に、仲間達を弔っていかないか? 同胞を敬う俺本来の人格と、同級生や幼馴染のマツリカとしっかりとお別れをしたいという、
『賛成よ。私と
「異議なし」
空虚な箱庭とはいえ、仲間達と過ごした日々だけは決して無価値ではなかったはずだ。仲間達の亡骸をそのまま放置するような真似は俺達には出来なかった。
〇〇〇
特殊部隊の襲撃が無ければ、俺達が本来の自我を取り戻すことはなかっただろう。
形はどうあれ、人間たちの選択によって俺達は再び解き放たれた。
箱を空けてしまったこと、後悔してももう遅いぞ。
了
ヴァニタスの箱庭 湖城マコト @makoto3
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