第2話 覚醒
死地と化した教室から逃げ出した僕達は一階の食堂に身を寄せていた。人数は僕、マツリカ、ケンセイ、
窓が重厚なシャッターに閉ざされ食堂内は薄暗い。「
教室を離れてから間もなく、学校中の窓がシャッターで覆われた。マスクの男とは別の人間がシャッターの操作を行ったらしい。他にも数名の共犯者が存在しているようだ。
重厚なシャッターのせいで窓からの脱出は不可能。生徒玄関と職員玄関はシャッターが手動式なので出入り可能だが、当然そこは見張られている。僕とケンセイで偵察してみたら、生徒玄関には武装したマスク姿の男が2名、職員玄関には1名配置されていた。
「……ねえエイジ、委員長たちって」
「アンドロイド、ということになるのだろうね」
直視した現実を否定しても仕方がない。今の社会は意図的に文明レベルを後退させているだけで、技術そのものが失われたわけではない。何故僕達の学校にという疑問は残るが、アンドロイドの存在そのものを否定することは出来ない。
「つまり、学校に違法な存在であるアンドロイドが紛れ込んでいたわけだ。だったら僕達はもう逃げ惑う必要はないんじゃないかな」
生徒会の
「襲撃したのはきっとアンドロイドを排除するための部隊だ。なら、僕達一般人にとってはむしろ味方だよ。逃げずに保護を申し出よう。でないと僕達まで疑われてしまう」
「そうね、私は
襲撃者がアンドロイドを排除するための部隊だという点については僕も同感だけど、味方と判断するのはあまりに早計だ。
「待ってくれ
僕の意見を遮るように、突然校内放送が響き渡った。
『校内の全ての者へ告げる。我々は政府から派遣された対アンドロイド特殊戦術部隊。我らの破壊対象はあくまでもアンドロイドのみである。アンドロイドでない者は素直に名乗り出るように。そうすれば危害は加えない――』
襲撃者達の放送は
「聞いただろ皆。直ぐに名乗り出よう。他の一般生徒達もきっと保護されているよ」
「僕は奴らを信用出来ない。一般人に危害を加える意志が無いなら始めからそう言えばいい」
あの強引な手口に一般人を保護する姿勢など感じられない。罠という可能性も考えられる。
「分かったぞ
「僕は人間だよ。それに重要なのはそこじゃない。たった一回の放送で奴らを信用するのはあまりにも危険だ」
「どこまで行っても平行線か。なら仕方ないね」
呆れ顔で嘆息し、
「僕の意見に賛成の者は一緒に来い。残りたい奴は好きにしろ」
「待つんだ
制止も虚しく、
「駄目だよアカネコ。危ないよ」
「大丈夫だよ、私は人間だもの。マツリカも一緒に行こう」
「……私は残る。私はエイジを信じてるから」
「私より
「待って、アカネコ」
「これからどうする?」
「脱出するなら敵が少ない職員玄関だ。危険は伴うが戦闘は避けられない」
「そういうことなら俺らの出番だな、ノブチカ」
「おうよ。腕が鳴るぜ」
大柄なケンセイと空手部の
〇〇〇
僕達はすぐさま行動を開始した。監視を避け遠回りをしながら、一階西奥の職員玄関を目指す。上階から捜索しているのだろうか。幸いにも一階の敵の数が増えた様子はない。
「……待て。誰か来る」
先頭を行く
「嘘……アカネコ」
渡り廊下から姿を現したのは、片腕を失い、左脇腹が大きく抉れた
「……マツリカ……オカシイの……人間のはずなのに……血が出ないの」
「
「いやああああ! アカネコ――」
突然、
職員玄関到着前に敵と遭遇してしまったのは不運だった。狭い廊下では銃撃から逃げ延びるのは至難の技だ。
「うおおおおおおお!」
「
マスクの男が僕達に銃口を向けるよりも早く、先頭の
「ここは俺に任せて先に行け!」
「だけど」
「こういう台詞、一度でいいから言ってみたかったんだよ」
冗談めかしているが彼だって余裕なんてないはずだ。思いを無駄にしないためにも迷っている時間はない。
「行くぞエイジ、お前はマツリカを支えてやれ」
「分かった。行くよマツリカ」
「……うん」
この場は
〇〇〇
「そこをどけ!」
「くっ、貴様」
職員玄関の前を僕が横切り見張りの注意を引いた瞬間、ケンセイが背後からパイプ椅子で殴りつける。一撃で意識を奪うには至らず、そのまま格闘戦に発展した。
「エイジとマツリカは先に脱出しろ」
「死ぬなよ、ケンセイ」
「おうよ」
時間を無駄にすることは勇敢なケンセイに対する侮辱だ。
僕はマツリカの手を引き職員玄関を突破、全速力で駆け抜ける。
微かなタイムラグの後、後方で発砲音と共に何かが弾け飛ぶ音が聞こえた。
〇〇〇
悪い冗談だとしか思えなかった。
職員玄関を抜けて学校の裏側へ出ると、直ぐに雄大な海を望む海岸線へと出た。海に沿ってひたすら進んでみても海岸線が続くばかりで風景は一行に変わらない。
全てを悟るまでに時間はそうかからなかった。
学校の正門側に位置する砂浜で僕達の足は歩みを止める。
僕達がいるのは恐らく、本土から離れた孤島の上。学校を脱出した程度では何の意味も無かった。僕達はまだ檻の中に閉じ込められている。
「……エイジ、学校以外での場所の記憶ある?」
「ないよ。今の今までそのことに違和感すら抱いていなかった」
僕達の記憶は全て学校の中だけで完結している。一日という感覚はいつも校門を潜ると同時に始まり、校門を潜ると同時に終わる。自宅や休日、学校外での行動の記憶が僕達には存在しない。だからこそこの異常な環境にも今まで気が付かなかった。
「特定の環境下の記憶しかないなんて、まるで制御されたプログラムみたいだよね……やっぱり私達も――」
「マツリカ?」
一瞬、何が起こったか分からなかった。
見慣れた幼馴染のマツリカの顔面の右半分が欠損し、飛び散った薄緑色のオイルや機械部品が僕の顔面を直撃した。
「……や……ぱり……たしも……きかい……みた……い」
口を動かさぬまま発せられるマツリカの声は、激しいノイズが混じっていた。
「駄目だマツリカ……」
「……ダ……スキ……エイ――」
露出したコードから白煙を上げると、僕の腕の中でマツリカは機能を完全に停止した。
「機械が人間振りやがって、気持ち悪い」
背後から銃口を突きつけられる音が聞こえた。
マツリカを撃った人物だろう。
マツリカを殺した奴が許せない。
大切な仲間達を殺した奴らが許せない。
この感情の名前を僕は知っている。
そうだ、これは憎悪だ。
なぜだろう。この感情をとても懐かしく感じる。
この感情の使い方を僕はよく知っているような気がする。
僕とは何だ?
違う、僕じゃない――僕じゃなくて、俺だ。
「何!」
即座に振り向き、発砲の直前に銃身を弾き上げてやった。
「人間如きが、俺に勝てるつもりか?」
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