そして一年後
それから一年が経った。
王都では前王の処刑がおこなわれた。
反乱を企てた元騎士たちには重い罰が課せられた。
そしてノーマンの元に残っていた少女たちの何人かは彼の元を去っていった。
「寂しいんですか?」
岬の先端に座り込んでいたノーマンは、近づいてくるアリエルの声を聞きながらも振り返らなかった。
「いや、嬉しいよ。でも、あの子が嫁に行くなんて思ってなかったな」
この一年で家を出て行った少女はこれで三人目だ。
ノーマンは時に兄のように、あるいは弟のように少女たちの身を案じたが、最後には彼女たちの判断を信じることにした。
「でも嬉しいだけではなさそうに見えますよ」
「アリエルには隠せないな」
後ろ姿だけでもノーマンの心情を読み取ってしまうらしい。
観念してノーマンは率直に打ち明けることにする。
「ぼくは早く一人になりたかった。彼女たちはぼくが王子だったことの象徴だ。父から与えられたものをすべて捨てたかった」
「今は違うんですね?」
「ああ……実はちょっとだけ寂しい」
あの王都での賑やかな日々を思い出すこともある。
この岬に来たばかりの頃を夢に見ることもある。
少女たちの幸せを望んで、彼女たちの再就職を応援してきたけれど、それが叶うことによって矛盾した寂しさを感じる。
「アリエルは、出ていく予定はあるのか?」
「いいえ、残念ながら。すぐに出て行けとおっしゃるなら荷造りを始めますが」
「言わないさ」
「ではもうしばらくはみなさんのお世話をさせていただきます」
「頼むよ」
会話がふっと途切れる。
それでもアリエルは家に戻ろうとしない。
もう少しノーマンの話を聞いてくれるのだろう。
その厚意に甘えることにする。
「アリエル、ドタバタしていて言いそびれていたことがあるんだ」
「なんと、まさかノーマン様から愛を囁かされる日が来るとは思っていませんでした」
「似ているけど違う」
「似てるんですか。ちょっと動揺してしまいます」
「ぼくが言いたいのは、そうだな……」
一度言葉を切って考えをまとめる。
話す相手の顔を見なくていい状況というのは、緊張しなくていい。
「父は裁かれた。セオドアたちも正当に裁きを受けている。けどぼくはここにいる。罰を受けていない」
ノーマンは王子だった。
たとえ直接加担していなくとも、王の非道によって利益を得てきた立場ではある。
そして強制されたこととはいえ、反乱にも加担した。
それなのに罰を受けていないことに後ろめたさを感じる。
「だから俺を許せ、アリエル」
アリエルの過去を知っている。
彼女が両親と故郷を失い、そして火傷を負ったのは王の責任だ。
それは王族であるノーマンの罪でもある。
だからこそノーマンは他の誰でもなく、アリエルに許してほしかった。
仮にそんな因縁がなくとも、ノーマンのことをもっともよく知っているアリエルにだけは許されたかった。
世間の誰に石を投げられることになったとしても、アリエルにだけは。
「とっくに許してますよ」
アリエルはあっけなくそう言った。
「ノーマン様こそ、私の裏切りを許してくれているんですか?」
「いつかぼくを刺したことか? それはもっと昔に言っただろう。お前にいくつ秘密があろうとガタガタ言うつもりはない」
「では私もあなたのことをすべて許します。オベロン様を孕ませようと、チタニアと恋仲になろうと、ウルリと禁断の関係を結ぼうと、すべてを許します」
「そこは別に許してくれなくていいかな……」
真剣な話があっという間に茶化されてしまう。
アリエルと話しているといつもこうだが、それこそが彼女の許してくれた証なのだと受け止めることにした。
「きっと彼女たち全員がここを離れたとき、ぼくはとても寂しいと感じると思う」
「はい。そうでしょうね」
「でもその瞬間、本当の意味でぼくは人間になれる。王族でも、元王子でも、貴族に与えられた平民でもない。一人の人間に」
ノーマンは立ち上がって、振り返る。
やはり大切な話をするときは向かい合って口にするのがマナーだ。
「それまで一番近くで見ていてくれ」
藍色の瞳に吸い込まれるように、ノーマンは一歩ずつアリエルに近づいていく。
「ぼくが変われるってところを証明してやる」
アリエルはしばし呆然としていたが、やがてはっきりとした笑顔を浮かべて言った。
「はい、ノーマン。私があなたを見ています。最後まで」
その言葉に心の底から安心したノーマンは思わず笑ってしまった。
潮風が吹く。
これからはきっと良いことしか起こらない。
そんなウソみたいなことを、今だけは信じることができた。
革命が起こったので後宮(ハーレム)は解散になりました 北斗七階 @sayonarabaibai
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