第5話 ケース・スタディ

 藤原さんから一通のメールが届いている。

 添付のzipファイルを開こうとすると、パスワードロックがかかっていた。

 よく見ると、このメールの五分後に別メールでパスワードが送付されてきている。

 きっちりしてるな、と内心思う。ファイルの内容についての説明を兼ねて、別途五時から三十分の会議依頼が来ていたので、承諾する。

 回答したファイルの中身は私の担当する世帯の対象者リストだった。個人情報ど真ん中の情報に紛失したり、流出したら社会的に死ぬなと思いつつ中身を見ていった。概ね住所や電話番号、それから世帯構成、誰が担当者なのかと過去三年間のプレゼントリストが含まれている。

 その合計は二百世帯。約二百五十名。児童養護施設の三十八名と二人兄弟の家庭が含まれている為、数が多くなっているようだ。


「なるほど。ちょっとお手柔らかにという感じでもないかな」


 独り言を呟きながら、小一時間後の会議に向けて、まずはコーヒーでも買ってこようと一度背伸びをしながら立ち上がる。

 PDFで送られてきた資料の分量は流し読みするには少なく、精読するには多すぎるようだった。


 ガラス張りの十人ほどが入ることのできる会議室には、既に藤原さんが着席していた。

 出入口から一番奥側の左手の座席に座っている彼の正面の席に座る。

 骨ばった手が静かにキーボードを叩いていて、その無規則な手の動きに美しさを感じた。

 静かに藤原さんの対面の席に座り、様子を窺う。先方は私が座ってからもカタカタとタイピングする音を奏でるのを止めようとしないようだった。

 どれくらい経過したろうか、一度自販機に飲み物を買いに行こうかと思い始めた矢先、藤原さんは顔を上げた。


「ああ、きたのね」

「まあ、時間ですので」

「ごめんなさい。始めましょうか」

「おねがいします」


 私が手元で見ているのと同じ資料を藤原さんが前面のスクリーンに投影する。


「この資料はみてくれたかしらね」


 赤いポインタが画面上に灯り、開かれた資料のタイトル辺りをぐるぐると回る。

 マウスも使ってないのにタッチパッドだけで器用に円を描くんだなと思いながら、藤原さんに向けて頷く。


「はい。担当ケースリストと、現段階で判明しているプレゼントリクエストリストですね」

「そうね。この後の流れを説明するけど。今日からの二ヵ月間でプレゼントリクエストについては、集約しきるわ」


 すでに渡された資料の中にいくつかプレゼントリクエストが入っているということは、リクエストの集約は当然始まっているのだろう。あるいは、リクエストの多い秋以降に発売予定のゲームソフト類などについては生産の都合上、ある程度の期間を持って連絡する必要があるからだろうか。

 そう正直に思ったことを口にすると、藤原さんはいい着眼点ね。とほめた後で、ダメ出しをしてくる。


「まあ、でも。ゲーム類はいま、正直に言うと扱いが難しいのよね」

「メーカーの生産計画の問題ですか? 四半期とか半期とか」


 私たちが購買する場合は、大量購入かつキャンセルも出さない為、相当な優良顧客の筈だから、物理的な制約くらいだろう。考え得るのは。


「いえ、そうではないのよ。単純にゲームソフトを物理ハードで買うという概念が子供たちの間ではなくなりかけてるからよ」


 今も昔も小学生くらいの子供たちはゲームが好きなような気がするけれど、世代ギャップなのかもしれない。

 そういえば、十年一昔という言葉を聞いたのがひと昔になるくらい、世の中はめまぐるしく変わっている。

 いわんや、子供たちの遊びをや。というやつだろうか。


「正確には物理的なパッケージをお届けするのが難しいのよね」


 それは、意外といえば、意外な言葉。けれど、我が身を振り返ってみれば納得できる言葉だった。

 「ダウンロード」と「インストール」。その二つの言葉がゲームソフトという概念をパッケージで売られているものから、違うフィールドへと動かしたのだろう。


「ダウンロードコンテンツというやつですか」

「そう。デジタルネイティブという言葉がかつて流行っていたけど、今の子供たちと私達では大分子供の頃の環境が違うからね」


 子供の頃の環境というのは、案外変化しているもののようだ。

 考えてみれば、そうかもしれない。動画のサブスクリプションサービスでたまに昔のアニメーション作品を見る事があるけれど、配管が置かれている空き地で遊ぶ子供たちが出てくる。

 あれは、いったいいつの時代の子供たちなのだろうかと思う。

 一方で、フィリピンのマニラとセブ島に観光で行った際には、マニラのダウンタウンで空き地に配管が置かれている光景を目の当たりにして、なんというか感動したことを覚えている。

 同時にその近くにある川から腐ったような独特の臭気を感じたのも思い出せる。ドブ臭いとでも形容するべきなのだろうか。

 人生で初めてにちかしい臭いだった。


「今はモバイルアプリのプラットフォームと同様、各ゲームハード会社が、自社ハードのソフト配信プラットフォームを構えているからね」

「流石にサンタさんからのプレゼントで朝起きたら、ほしいゲームがインストールされてたら怖いですからね」

「怖いというよりかは、ソフトメーカーかプラットフォームのバグ扱いされる可能性があるわ」

「あー、そういう」

「それから、抵触する可能性があるのは不正アクセス禁止法ね。同意なくパスワードで保護されている環境下に何らかの変更を加えるということだから」

「法律問題もあると」


 従来のサンタクロース・メソッドは現代では通用しなくなっているらしい。まあ、そもそもからして。日本の家屋にはよほどの豪邸や東北か北海道辺りのロッジ式の家でもない限りは煙突なんて思うけれど。

 古式ゆかしく煙突から侵入して、枕元の靴下に入れるというのはそもそもからして無理があるのだろう。住宅への無断侵入にもなってしまうし。

 いや、両親か片親の同意があれば、そこは問題ないのだろうか。


「結局、いまのやり方って。当日の一週間前から当日までの期間で、プレゼントを各家庭に宅配して、ご家族の手でベッドサイドにおいてもらうという方式ですよね」


 ベッドのわきに置かれた大きな靴下の中にプレゼントが入っているというのは古き良きサンタクロースイメージのような気がするけれど、現在では絶滅危惧どころか、絶滅しているのかもしれない。


「そうね」

「この児童養護施設の場合って、職員の方にってことですよね」

「その辺は、親御さんに渡すのと同じような感じね。話は先方の職員にはすでに通っているから」

「リクエストがほとんどないんですが」


 空白の目立つそのリストをみて、何気なく声を上げると意味深な笑みを浮かべた藤原さんと目が合った。

 形のいいおでこをしている。


「ヒアリングね」

「調達ってこんな仕事でしたっけ」

「だから、営業経験者がほしかったのよ」

「なるほど。うなずける話です」


 スムーズな会話。その先であれよあれよという合間に私は藤原さんと共に自分の担当している児童養護施設の前に立っていた。

 この度の転職の成功にかこつけて購入したパンプスと落ち着いたオフホワイトのスーツを着て、インターホンを押す。

 アポイントメントは藤原さん経由でとりつけてある。どちらかというと、顧客の引継のようなものだろうか。

 私の前任。つまり、昨年担当していた人は去年で定年だったそうで、本来はもう数年仕事をすることを望んでいたそうなのだけれど、定年後も働くと張り切っていたところを運悪く胃腸炎で入院し、それまでほとんど怪我や大病すらなく生きてきたのに寄る年波には勝てないと山梨に住んでいる孫夫婦の元へ夫婦ともども移住することにしたらしい。

 つまり、私が担当している案件は全部その古田さんの引継という形になる。

 ただ、本人はすでに山梨に移住されているので、藤原さんが引継者になるわけだ。


「今年もよろしくお願いいたします」

「はじめまして。斎藤ゆかりです」


 まだまだ最初に配られた百枚の箱から減らない名刺を配る。

 養護施設の施設長である本間さんは特に名刺をもっていないようで、一方的に渡すばかりになる。


「こちらの斎藤が、去年まで担当していた古田さんの公認です。どうぞ宜しくお願い致します」


 藤原さんと本間さんはそこまで面識があるわけでもないらしく。やや他人行儀ながらに一通りの挨拶が済まされる。

 搬入方法などの取り決めが終わり次第、私達は応接室から外に出る。

 去り際、施設長の深々とお辞儀した姿が目に焼き付いた。限られた予算でのやりくりをせざるをえない施設にとって、外部資金を活用できる滅多にない機会だからだろう。

 お辞儀に透けて、感謝以上に子供たちへの温かい眼差しが見えるようだった。

 外へ向かう施設の廊下の途中。玄関の方へ向かう角を曲がろうとすると、黄色い帽子をかぶっている女の子とぶつかりそうになった。すでに午後四時を過ぎている。下校した子だろう。

 小学生も低学年だとこのくらいの時間に帰れるんだなと変な感動をしつつ、驚いて目を丸くしているその子とできるだけ目線を等しくするために、しゃがみこんで話しかける。


「こんにちは。お名前はなんていうの?」


 いきなり見知らぬ大人から話しかけられて緊張したのか、やや間がある。ただ、気にするほどでもないくらいの間隔で答えてくれた。


「……ゆかり」

「そうなんだ。私も、ゆかりっていうんだよ」


 ぽつねんと海の底でたゆたう海藻のように佇んでいた様子が気になって、つい声をかけてしまった。

 奇遇にも、同じ名。

 孤児院の子供たちのプロフィールは事前に頭に入れておいた方がいいというアドバイスを藤原さんから受けて、それなり程度には記憶の表層部分に纏めておいている。


「あらら、嫌われちゃったか」

「そうでもないんじゃない」


 私が挨拶すると共にどこかへ逃げるように去っていく同じ名前をもつ少女にちょっぴり悲しくなりながら、そう嘯くと上司がそれに答えてくれた。


「そうですか。私、あんまりあのくらいの子供と大人になってから接してないので、ちょっと脅かしちゃったかなって反省する事しきりなんですけど」

「ここの子達は、すでに傷ついている子が多いのよ。じっくりと関係をつくることね。あの子たちが十年後、あるいは二十年後の未来では軸だからね」

「はい、それはもう。もちろんです」


 子供の頃にためていたポイントを少しだけ思い出した。

 それは母が言い出したことで、いわゆるお駄賃やお小遣いをくれる時の仕組みなのだけれど、斎藤家では祖母と母と私の母子家庭兼ということもあって、お金に乏しかった。

 いってみれば、貧乏だったので、お手伝いなどをしてためたポイントで何かを買ってもらうという仕組みだった。


「あの子たちは十八歳になったら、自立しないといけないんでしたっけ」


 帰り道。駅までの道のりを藤原さんと肩を並べて歩きながらとりとめのない話をする。


「そうよ。彼ら彼女は強くなくてもいいから、自分の人生を生きてほしいものね」


 ロジカルな中にユーモアを忘れない藤原さんにしては、意外な言葉だった。

 眼差しの色がセピア色染みているというか、既に失われたものへのある種の感傷のような風合いが感じられたのだ。

 私はすこしだけ、踏み出すことにした。


「ちょっと意外でした」

「私がこんなことをいうのが?」

「ええ、まあ」


 そう少しだけ気まずげにする私の姿に肩を震わせながら、藤原さんは形のいい顎に片手を添えて、腕を組んだ。


「昔、大事故にあってね。一時期、下半身不随になってたのよ。事故から目を覚ましたのは、ちょうどクリスマスの日だった。」


 そして、その影響で生殖機能を失っていたという。

 

「罰かしらね。そんなことを最初は思っていたわ」


 産毛のない綺麗で、そしてきめ細やかな肌。ひげのたぐいも見受けられない。その横顔はけれど憂いを帯びているようではなかった。どちらかといえば、晴れ晴れとしているようにもみえる。


「そうでもなさそうな口ぶりですね」

「いまは、むしろギフトだと思ったわ」

「ギフト、ですか」

「何かを制限されたことで、新しい可能性が開く事もあるのよね」

「可能性ですか」

「私は、事故にあう前は結構、下種な人間だったの。悪い意味で泣かせた女の子の数は二桁に上るかしらね」


 想定外のカミングアウトに内心、わおと反応し、物理的には半歩距離をとった。


「いまは違うわよ」

「いまもそうだったら内心、相当ひきますけどね」


 軽口でやりあっても大丈夫な話題のようだと見当をつけると、すぐに切り替えて気安い対応をとる。

 現金な人間ね、と藤原さんには苦笑されながら駅までの道のりまで半分ほどのところまできた。


「そういえば、今日はこのまま直帰していいわ」

「え、いいんですか」


 藤原さんからのなかなか嬉しい提案に思わず声のトーンが一つ高くなって反応してしまう。


「相変わらず現金ね。私は娘の子供が一歳の誕生日を迎えたから、ケーキを買っていくのよ」

「え、娘さん。というか、お孫さん。まさかのおじいちゃんですか。藤原さん」

「ころころと忙しいわね。表情」

「すみません、でもさっき事故にあったって」

「娘がうまれてすぐの頃ね。一歳の誕生日だったかしら」

「それはまた大変な時期に」

「事故を機に、散々遊んでたのが奥さんにばれてね。ずっと別居状態。彼女がそれなりにいいところのお嬢様だったせいもあって、子育てからもドロップアウトして私が育てたのよ」

「私、藤原さんの事を結構見直しました。ついでに、藤原さんおすすめケーキショップの場所を知りたいです」


 私が入社したのは六月だったので、十二月二十五日のエックスデー迄はおおよそ半年の期間がある。

 物流局の中で、エックスデーまでの期間は二ヶ月毎、三つの大きなフェーズが分かれていて、今現在は一番最初の準備フェーズになる。

 このフェーズでは、日本は基本的に読ん月から新学年が始まるため、この時点で海外に留学している子供たち、留学する可能性のある子供たち。逆に帰国予定のある子供たちというのがリストアップされる。

 海外に在留する子供たちに関しては、物流局の対応範囲外になるため、現地組織への調整が必要になる。逆に言うと、海外から日本へ留学している子供たちについては私たちの担当範囲だ。

 扱いが難しいのは二十五日の夜間帯に飛行機の上や船上の人になっているケースだ。その場合は、航空会社へ船会社との連携も必要となる。

 今後人類が宇宙に進出し始めたら、仕事がより厄介な事になるというのがジョークの種としてよく話されている。

 私たちがプレゼントを届ける対象である子供たちが宇宙に出ているという事は、老若男女問わず多くの人が宇宙に出ていけるような時代になった事を示すからだ。

 また、特に連携については調達部の物流課と管理課、渉外部、総務部と社内でも広汎な連携が必要になる。

 私たちは国の資本も入ってはいるものの、半官半民の体裁を持っている為、税金の使途範囲をクリーンに保つ必要がある。一方で様々な企業からCSR協賛金という形で、資金を回収している。基本的にプレゼントの価格は調達の規模によるディスカウントが効くものであるけれど、それはそれだけの分量を一括購入しているからこそだ。つまりそれだけの資金が必要になるのだ。

 企業がお金を出してくれるのは、私たちの持つマーケティング情報を引き換えに提供しているからだ。

 私たちは保護者が子供に聞き、あるいは時に子供本人に直接聞いて本人が欲しいものをヒアリングする。だから、六歳から十八歳までの子供たちの欲しいものを年齢、性別、住所という切り口で持っている。

 また商品に対する率直な意見を収集することも多い。例えば、クラスで流行っている、友達の間で流行っているから丸々というゲームがほしいなどといったものだ。多くのキーとなる情報を持っている為、企業が持っているマーケティングデータと紐づける事でより効果を高めた施策を打つことができる。

 もちろんヒアリングで欲しいものを確認しつつ、プレゼント予算内に収まるように調整するのが調達部管理課の役割でもあったりする。一つのゲームタイトルなどが人気であれば、メーカーに対して百本あたり一本無料でサービスしてくれないかなどの調整を行っていく。

 ヒアリング調査は、調査部と呼ばれる部署の人達が行うらしい。

 私が入社したタイミングで同じく入社していたのはみな、海外の似たような組織からの出向者で全員調査部に所属して、主に日本語話者ではなかったり、上手く日本語をしゃべることのできない子供たち向けのヒアリング調査などを行うらしい。

 グローバル化か。この会社に入ってから、足元での変化というのを多く感じることになった。

 私が育ってきたのは、幸せな家庭で近所づきあいもそれなりにあってという多分、昭和のどこかのタイミングから続くサザエさん的な環境だ。

 ただ、今はそういう時代でもないのかもしれないとそうおもった。


「わたし達が一月から五月まで何をしているか分かるかしら?」

「わかりません」


 確かに言われてみれば、そうだ。半年の期間を集中的にサンタクロース・ロジスティクスの業務に充てるとはいえ、残りの半年は何もしないというわけにはいかないだろう。

 もし仮に、一年の半分もの期間、仕事がないのでお給料が払われませんということになっていたら暴動がおきるだろう。


「そもそも、この物流局が何のために作られたか知ってるかしら?」


 成り立ちみたいな文章はさらりと耕太から教えてもらった日にカフェで調べた際、一読したような記憶はある。

 しかし、その時は本当にさわりだけ知ろうという感じだったので、大分読み飛ばしていた。

 素直にそう認める。


「すみません、背景や設立の経緯についてはあまり」


 予想通りだったのか、二度小さく頷き藤原さんは滑らかに話し出す。おそらく、かなりの回数人に説明してきたのだろう。淀みなく続けられるそれはどこかすごいという感情を通り越して、綺麗だと感じる。

 考えてみれば、自分の組織の成り立ちなので、それこそ話せて当然という気もするけれど。

 そこには、どこか人を引き付ける雰囲気があった。


「弊社が半官半民の組織ということは知っているわよね」

「はい、さわり程度は」


 マーケティング情報の売買その他で流石に、これだけの規模の企業の社員を賄う事はできず国の予算もかなり入っているのは知っていた。


「いってみれば、これ。官民ファンドみたいなものなのよね」

「よく聞くあれですか」

「政府が自分でやるには差しさわりがあるけれど、やりたいこと。政策の実施主体として政府機関以外の主体を立てる方式ね。言ってみれば、官民ファンドは投資奨励と日経平均株価の上昇を狙ったものとかね」


 その論理で言うと、うちはどういう政策の実行主体になっているというのか。サンタクロースの存在をお子様たちに信じさせて、その保護者の票を収穫するというには手口が迂遠だ。というか、物流局の残り半分の期間でやっていることがまさにそれなのだろう。


「簡単なことなんだけどね、私達の名前は?」

「物流局です」


 シンプルでひねりのない名前。それだけに逆にわからなくなる。物流網という意味では郵便局だってあるのに、別の組織が必要な理由。


「だから、やっているのは物流よ」


 トートロジー。ただの言葉の反復を藤原さんは語る。


「それって、陸運や空運、はたまた海運を弊社がやっているということですか?」

「それらの整理と管理をしているの。あなた、はてなマークが顔に浮かんでるわね」


 どこかけむに巻くような話に、顔色に出さないように内心ではわからないですよと吐露する。

 顔色はもちろん、にこやかな笑顔。


「すみません、いまいち意味が分かってなくて」

「陸上の運送会社にしろ、海や空にしろ複数の大きな会社があるでしょ。総合通販サイトでよく注文するヒトならわかるかもだけど」

「それはもう、はい。通販で注文した際などには会社毎注文毎で配送に割り当てられる業者も変わってて、まあ面倒だなと思う事がありますね」

「トラックの積載率ってあるでしょ」

「はい。どれだけ積み荷を積み込んでいるのかっている割合ですよね」

「トラックって運送基地から出発するとき、100%の積載率なんてまず大手でもないのよ。中小で工夫している所ならまあ一台か二台くらいはあるかもしれないけれどね」

「業界の裏事情っぽい会話ですね」


 多少テンションが上がりながら言う。


「威勢というか、そういう食いつきはいいんだけど、現実的に土台無理な話でしょ。トラックに積み込める量が100だとしてよ。そのトラックの担当エリアが例えば〇×区の一丁目から四丁目だとするでしょ。個人の家や宅配ボックス、はたまた法人の事業所向けにその日の分を集めるじゃない」


 丹念に説明してくれている。だからか、その話のいきつく先はわかりやすい。

 でも、藤原さん。こういうコミュニケーションを好む人なのかもしれないけれど、新人の私にここまで時間を割いていいのだろうか。そんなことを多少思いながら、話をあわせていく。


「そこまでいわれちゃうと、明白と言えば明白ですけど。そんなピタリ賞を狙えるような感じで都合よくはいかないですね」

「しかも、個人宅はいまのご時世、家に夫婦どちらかや他の家人がいて受け取れるなんてケースは多くないけど、でも宅配がある以上は送らないといけないでしょ」

「送らないとですよね」


 それはそうだろう。送った人は送ったことがわかっても、送られた方はいつとどくかは分からない。

 それでも送った人から、配送時間を逆算して大体いつ頃届くみたいな連絡がいっている場合もあるのだ。何日も配送をさぼっていたらクレームになるだろう。

 しかも、荷物追跡システムなんてものもある。

 通販サイトなどで注文したものだったら、その注文処理結果メールや注文した後の画面にわざわざお控えくださいというメッセージと共に、荷物の追跡番号が出るのだ。

 それを使って、自分の荷物がどういったステータスなのかを判別できる。


「かくて、無駄が積み重なっていくわけよ」


 様になるニヒルな表情で藤原さんは笑む。とても貴重面そうで、無駄をきらうこの人の部屋はどうなっているのだろうとちょっと想像しようとして、モデルルームみたいに人に見せる事を前提とした部屋しか思い浮かばなかった。

 自分の想像の貧困さをちゃちゃっとわきに置いたところで、ふと今の話が物流局の業務批判的なものも多少含まれていることに気づく。


「そういうこと言っちゃっていいんですか?」

「今は解決の目途が一部とはいえ、立っているからね」

「おお、流石です。それがあれですか、サンタクロース・ロジスティクス期間以外で集中してやってるという」


 噺が綺麗に繋がったことにわくわくして、少し声が大きくなってしまった。


「あなた、テンションが急角度で変化する娘ね」

「友達からはさっぱりした女といわれてます」


 それはゆかりがよくよく言われることだ。ゆかりについての評価を誰かから聞く時、多く聞く。

 それに対して、藤原さんは苦笑いをしながら腕を組み替えた。


「それは誉め言葉なのかしらね」


 少し渋い表情をしている藤原に対して、きっと誉め言葉じゃないですかねという言葉を返しておく。

 藤原はゆかりのみるところ、かなり面倒見のいい性格に見えた。


「後腐れなく付き合える人間は貴重かと。この性格のお陰で、営業をこれまでやってきてそれなりの成績を上げられていたのかなとも自負してますし」

「なるほど」

「それで、話を戻しますと。何してるんです?」


 ビジネスパーソンとしての興味以外にも、個人的な興味があった。サンタクロースに関わる業務は季節性のものだろうし、同じくらい面白そうなことをやっているのか。それとも、やはり一般的なことをしているのか。

 サンタクロースに関わる業務をしている時点で、ゆかりの中で物流局はなかなかメルヘンチックな組織だという印象だ。


「その話をする前に、聞いてみたいんだけど、あなたインターネットのネットワークについてどのくらい詳しい?」

「全然詳しくないですね」


 ゆかりはパソコンの類を、ノートパソコンを含めて大学卒業以降、自分自身で買った事すらなかった。大体において、会社からノートパソコンが支給されるので、それを日常にもちょっと使うくらいだ。

 当然、ネットワークと聞いても漠然としたイメージくらいしかわいてこない。

 藤原さんはひとつ頷くと、ホワイトボードに簡単な図式を書き始める。


「なら、かみ砕いて話すわね。インターネットの通信はたとえばAというページを開く際に、例えば文章やイラストを別々のルートで通信してあなたのスマホに届けるのよ。物流でいくなら、軽い荷物と重い荷物で同時に発送された荷物だとしても、別のルートを通ってあなたの所に届くと、そういうイメージね」


 シンプルながら要点が伝わる複数の基地局のアイコンと様々な線で繋がる自宅のパソコンの絵を指しながら、藤原はゆかりに説明する。

 それはどこか、大学の講義のようにも思えた。


「それって、効率的なんですか? 管理の手間が面倒臭そうな感じがしますけど」


 ゆかりにとって、図式と説明を見る限りでの第一印象はそれだった。それこそ、そちらの方が管理の手間がかからないのだろうか、というのが正直な本音だった。

 ゆかりの疑問について、織り込み済みの質問だったのか、藤原は特に慌てる様子もなく言葉を続ける。


「技術の進歩のお陰ね。それこそ、荷物追跡システムなんかもそうだけれど、私達は荷物がどこにどれだけあるのか、IoTのお陰でわかるようになったわ」

「それこそ、どこかひとつの物流拠点に運び込んで仕訳て、細かく各方面の荷物に分けて運ぶ方が効率的かなっておもっちゃいますけど」


 ぽんぽんと続く会話のレスポンス。リターンの速さと内容がどこか心地いい。一方で、ゆかりは藤原が多少加減してくれているからだろうなという思いも抱いていた。


「昔はそれでよかったのよね、でも今は荷物それぞれに様々な付帯情報がついているわ。Aさんのお宅は同じECサイトからほぼ同時刻に三つの荷物を注文していて、そのうちの二つは即日配達、残り一つは翌週の日曜日配達。今は違うでしょ」


 こうして、会話の要所要所でゆかりの思考を先に進める為のヒントやフックのようなものまで用意してくれる。ゆかりはそれについていきつつ、会話の流れの行きつく先を考え始めていた。


「たしかに今は家電製品とかなら、粗大ごみで捨てた後にジャストなタイミングで届けてほしいとかありますよね」

「そうなのよね。即日配達のトラック便は平日だから積載率に余裕があり、日曜配達の便はほかの荷物もあるので、大型の家電だった荷物は一つ目の便には入らず、午後の便にせざるをえませんでしたなんてね」


 トラックの荷台が有限である以上は、仕方ない事だろうなと思いつつ、自分がそうなったら予定が狂って困るだろうと想像しながら、答える。


「それは、悲しいですね」

「大型の拠点に運び込んで、そこから各家庭へ運んでいくこの方式をハブ・アンド・スポークというのだけれど、飛行機なんかでも聴いたことがあるかしらね。ドイツのフランクフルトや韓国の仁川、ほかにはシンガポールのチャンギなんかがハブ空港として有名ね」「前にニュースか何かで聞いたことありますね」

「小包ひとつひとつにタグをつけて、読み取りと配分を行ってそこで、どのトラックに載せられ、時には人の乗る自転車に載せられるのかが決められて、目的地へ運ぶのよ。合同でね」


 つまり、とそこで言葉を区切って藤原さんは投影されている資料を変える。


「弊社のここ十年くらいの目的は、共通運送パッケージの開発なのよ」

「段ボールみたいな?」


 反射的に言ってしまい、そんなわけはないかと反省する。

 それを多少の呆れ顔で藤原さんはみていた。


「あなた、的確に突っ込みづらい微妙な返し方をするわね」

「違いましたか」

「違うわ。例えば、風邪薬やらの医薬品あるでしょ」

「はい。それなりにお世話になります」

「ここまでの文脈で行くと、薬局への運送や、薬剤を作る製剤工場、それをパッケージングする包装工場間の輸送ってどうしてると思う?」

「それは、運送会社を、使えないですか。ある意味で現金輸送車みたいなものですね」

「製薬企業それぞれで流通網を持ってるのよ」

「共通運送パッケージって、そういう」


 段ボールといったガワの話ではなく、システム自体の共通化ということだろうか。そう検討をつける。


「医薬品の共通運送パッケージ」

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幸せな朝の景色を育てて 夕凪 霧葉 @yuunagikiriha

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