真実
いつものように白い靄がかかった後、現れたのはスーツを着たサラリーマン風の紳士であった。
「君たちは……」
その男は、すぐに僕たちに気づいて声をかけてきた。普通は今の状況に戸惑うのが先だろうが、すぐに僕らに視線が向くとは。
「僕らは怪しいものじゃありません」
すかさず僕は返す。何よりも先にそれだけは伝えなくてはならない。
「分かってる。君たちは移住民だね?」
「移住民?」
聴き慣れない言葉だ。
「あの……いやに落ち着いてるみたいですけど、もしかしてあなたは何かご存知なんですか?」
横から桂坂さんが口を挟む。男の表情が緩んだ気がした。
「うん。実はこの状況は私達が作り出したものなんだ」
「私達……?」
「そう。我々、人類救済結社ノアの計画通りなんだ」
「何ですって!」
思わぬ展開に僕の頭はついていっていなかった。続いて語った男の話は、驚くべき内容だった。
人類に終末が近づいているという噂は以前からあったが、実は科学的にもそれがほぼ確実というところまで信憑性があるというのが、水面下の世界で常識となっていたのだ。世界の科学者たちは密かに集まり、対策を練った。
その中で生まれたのが『人類を異世界に転移させよう』という途方もない計画だった。実は異世界転移を実現しうるエネルギー体というものが既に発見されており、そのエネルギーを使えば、異世界に人を送ることが可能だということが分かっていた。
しかし、逆に帰還することは出来ないため、着いた世界がどういう場所なのかは誰にも分からない。ただ、同じ世界に行く、ということだけは判明していた。
そして男の組織は、5月20日の午後1時にそのエネルギー体の最初の一つを解放した。それは小さなエネルギー体で、五つに枝分かれした後、日本の各地に飛び去り、ランダムに選ばれた人間を包み込んだ。
その人間は異世界へのルートに入って行った。そこは一人づつしか通過出来ないため、順番に一日遅れで異世界に到達することになる。
それが今の僕たちだったのだ。
「私はエネルギー体の管理者の一人で、夢野という者だ。二度目のエネルギー解放の被験体となり、真っ先にここに来たわけだ。二度目のエネルギー解放は最初の開放から五日後だ」
夢野の言うことは信じ難かったが、少なくとも今の状況を合理的には説明出来ている。嘘をついているとは思えない。
「あなたたちの計画では、この後どうなるんですか?」
「うん。エネルギー体は、今のところ分かってる範囲では、世界におよそ百見つかっている。一回に五人送れるとすれば、最大五百人がこの地に来ることになる」
「つまりその五百人で新たな世界を創ろうと?」
「そういうことだ」
僕と桂坂さんさんは沈黙した。あまりの壮大な計画に驚くとともに、残される多くの人々に対する悲哀がこみ上げてきたのだ。
「じゃあ、家族にもこのまま……」
「確率的には絶望的だろうな」
夢野さんは軽く目を伏せる。
「残る人類はどうなるんですか!」
僕は聞かずに居れなかった。
「皆、死んでしまう。史上最大のカタストロフが起きるのだ。人類は間違いなく滅亡する」
「そんな……」
「哀しいことだが、それが真実だ」
僕の目から涙がこぼれてきた。
「しかし、人類は生き残る。君たちが今も元気でいるってことは、この世界でも充分人類が生存出来るってことだろう?」
夢野さんの目は輝いていた。希望に満ち溢れている。
「向こうに残された人類の分まで、私達には生きる責任がある。向こうの人々にとっても私達は希望なのだ!」
僕の横で泣いていた桂坂さんが堅く唇を噛み締める音が聞こえた。
「そうよね。もう過去のことに囚われていてもしょうがないわ。未来を見据えなくちゃ」
桂坂さんは強い人だ。もう立ち直っている。僕だけが思いを断ち切れないでいる……。
「分かったよ。僕も前を向かなきゃな」
僕は涙を拭い去ると、夢野さんや桂坂さんとともに遠くを見つめ、これから創り上げる遥かな未来に想いを馳せた……。
(完)
異世界転移物語 逢城ゆうき @aijoyutaka
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