第37話 進んだ先は

「……!」


 俺は手帳のページをめくろうと手に力をかけ――――


「うぅ」


 やっぱり怖くて躊躇ってしまった。

 何だかやっぱりこの手帳からは嫌な予感がするのだ。


「主よ」


 その様子を見ていた黒すけが口を差し挟んだ。


「その書物の中身は今の主には刺激が強いと思う」

「え、そうなのか? なんで分かるんだ?」


 彼の一言に慌てて手を引っ込めた。

 勇気を出して読もうと思っていたけれど、黒すけの一言にすっかり怖気づいてしまった。

 だって黒すけが刺激が強いって言うんならきっとそうなんだと思うから。


「その手帳の内容におおよその予想がつくからだ。我に近い気配がする」

「黒すけに、近い……? とにかく分かった。読まないことにする」


 彼の言葉に頷き、手帳を再び懐に仕舞った。

 黒すけのアドバイスはちゃんと聞かないとな。

 別にこの手帳を読まなくていい口実が出来るから大人しく従うわけじゃないぞ。


「それよりも、出口というならあちらの棚の向こうから空気が流れてくるのを感じる」


 つい、と黒すけが指さした。

 そこにはごく普通の書類棚に見えるものがある。


「そうか、隠し扉か……! 疑ってかかるべきだった」


 隠し扉とかそういうのが洋館にたくさんあったのだから、当然この地下の実験室にもあるだろうと考慮しておくべきだった。しっかりしろ、俺。


「ありがとう黒すけ!」


 書類棚に近づいてあれこれ調べ、ほどなくして横にスライドすればその後ろの扉が現れるという仕組みだと判明した。現れた扉を開け、その向こうの通路へと二人で進んだ。

 通路は狭く、右に左にと折れ、時折分かれ道が姿を現す。その度に黒すけと相談しつつ進む方向を決めた。

 黒すけはとても頼りになった。この地下迷路から出たら黒すけもギルドに入ってくれないかな、と思った。彼もギルドにいてくれたらきっととても助かるだろう。

 期待を込めて彼を見つめたら、彼はとても不思議そうに目をぱちくりとさせたのだった。


「なんでもない」


 ここから出たら彼をギルドに誘ってみよう。


「そうか。それならいいが――――む?」


 ふと黒すけが通路の先を見つめた。

 通路の先に何かが蠢くのが見えた。同時に肌がぞわりと泡立つのを感じる。

 間違いない、この感覚は……!


「黒すけ!」


 腰から剣を抜こうとして、すかっと空振る。

 ああ、そうだ。黒すけは人になっちゃったから今の俺は丸腰なんだった!

 どうしよう戦えない!


「我が守る」


 黒すけが大剣を振り上げる。

 そして迫り来つつあった蠢くものたちに向かって剣を振り下ろした。


「ギィ……ッ!」


 怪物たちは衝撃波に巻き込まれ、悲鳴を上げて消し飛んだ。

 やっぱり。不定形の怪物たちだ。

 瓦礫の下敷きになって全滅したのかもしれないと思っていたが、そう上手くはいかないようだ。

 消し飛んで散り散りになった怪物の身体はもう集結して再生し始めている。この再生力では瓦礫で下敷きにしたくらいでは死なないだろう。


 黒すけが叫ぶ。


「走るぞ!」


 ひょいと身体が浮く。

 黒すけが俺の身体を軽々と担ぎ上げたのだ。


「黒すけ、自分で走れるから大丈夫だ!」


 叫んでも黒すけは俺を下ろしてはくれない。

 まあ今の状況でわざわざ俺を下ろしている暇はないんだけれど。

 それでもこんな風に簡単に抱き上げられるのは慣れなくて気恥ずかしい。


 それにしても、なんでそんなにいちいち俺の身体を抱き上げるのだろう。

 黒すけにとっては俺は弱々しく見えて仕方ないんだろうなやっぱり。

 実際、今の俺は丸腰だし黒すけに守ってもらえるのはありがたかった。


 やがて黒すけと彼に担ぎ上げられた俺は十字路に差し掛かった。


「ギ……ギギ……」


 前方から奴らの気配を感じる。いや、右と左からもだ。

 かといって後ろの道を戻っても再生して追ってきた怪物たちと鉢合わせするだけだ。囲まれた!


「黒すけ、どうする!?」

「主は我の後ろにいろ!」


 黒すけは一旦俺を床に下ろすと、大剣を構えた。

 何もできない自分が歯痒かった。

 俺は黒すけに守られてるばっかりなんて。俺も彼の力になりたかった。


 暗闇の中から怪物たちがその不定形の身体を蠢かせながら姿を現す。

 一匹二匹のレベルではない。何十匹という怪物たちがひしめき合いながらこちらに向かってくる。

 さっきよりもずっと数が多い気がする。

 まさか地下が崩れた時に一気に増殖したのか? だとしたら怪物たちは何匹に増えたんだ?

 ぞっとするような思いがした。


 黒すけは次々に怪物を打ち倒す。

 だが怪物は衝撃波で引き裂かれる度に増殖し、数を増していく。

 じりじりと俺たちは追い詰められていった。

 くそ、どうすればいいんだ……!


 その時。


「マスター! いま助けます!」


 辺りが閃光に包まれた。

 あまねく闇を照らし、聖なる光が場を満たす。


「その声は、アーサーくんか!?」


 現れたのはアーサーくんだった。

 彼が放った光に晒された怪物たちは塵となって消えて行く。


 そして怪物たちは復活する様子を見せない。どうなっているのだろう。

 どんな方法で倒しても復活してしまうとラルフたちは言っていたはずだ。


「マスター、こいつらの弱点を見つけたんです!」


 アーサーくんたちの後ろからレオやラルフたちも駆けてきた。

 良かった、みんな一緒にいたみたいだ。無事にみんなと合流できた。


「あの怪物の弱点って何なんだ?」


 アーサーくんに聞いた。


「光です。それも光を宿した剣で切り裂いたりするのではなく、純粋な光でないと駄目なんです。光の属性の魔力を持つのは……特定の人間だけなので、それでテレンスさんたちでは苦戦したのでしょう」


「へえ、アーサーくんはその数少ない光魔法を扱える一人という訳か」


 そういえば俺みたいに闇属性も身に宿す人だって少ないんだ。

 そりゃ光魔法に適性がある人も少ないだろう。


 アーサーくんの光魔法のおかげで怪物たちへの対抗手段が出来たということになる。

 それは良かった。


「それよりも……」


 アーサーくんが視線を移す。

 彼の視線の先には黒すけがいる。


「どうしてまだそいつが傍にいるんだ」


 ラルフが難色を示した。

 どうやらラルフだけでなく皆黒すけの存在に不満があるらしい。

 確かに黒すけの衝撃波で地下が崩落しかけたんだから、怒るのも仕方ないからもしれない。


「さっきは怪物たちがいたせいで分かりませんでしたが、その方からは"よくないもの"の気配を感じます」


 アーサーくんが呟くように言った。

 彼も疑わしげな視線で黒すけを見つめている。


「よ、よくないもの!? 違うぞ、黒すけは俺の剣の黒すけが人間になった姿なんだ! 害はない!」


 丸腰になった腰を示してみんなに説明する。

 しかし俺の言葉に皆は怪訝そうに眉を顰めるばかりであった。

 いきなり剣が人間になったなどと言われても訳が分からないのだろう。

 俺だって急にそんなこと言われても信じられないだろう。


「害はない?」


 疑問の声を発したのは、意外にも黒すけだった。


「我はこやつらの存在を認めた覚えはない」

「え――――?」


 彼の一言にひやりと汗が流れるのを感じた。


「主さえ頷いてくれるなら我はこやつらを今すぐにも滅そう」


 黒すけはレオやラルフたちを睥睨するように見回す。

 その視線にアーサーくんが剣を握る手に力を込めた。


「駄目だって! なんでそんなこと言うんだよ黒すけ!」


 さっき説明して納得してくれたと思っていたのに。黒すけのみんなへの敵意は消えていないようだった。

 黒すけが物騒なことを言うから、みんなすっかり警戒心を強めてしまっている。


「何故……? 主に相応しくない下賤な者たちだからだ」


 下賤だから? 黒すけは何か勘違いしているのかもしれない。

 彼には彼なりの理屈があるようだが、どういう理由でそんなことを言うのか分からない。

 黒すけは相当の気難し屋だ。


「主よ。如何する」


 どうするって、そんなの聞かれても――――

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コミュ障の俺がなんでカリスマギルドマスターに!? 野良猫のらん @noranekonoran

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