第4話幼女にお薬とご飯をもらう生活

 装甲車両は廃墟の街を走っていた。

 時折、車両全体に爆音や振動が響くことであのトカゲ型ロボット、通称メーロが砲撃を加えていることが森羅にもわかった。


(そうだ。都市を護衛して侵入者を抹殺する生物型兵器キメラ。トカゲ型がメーロで、スライムみたいなやつがブドゥー。プテラノドン的なやつがイエロ。わかる!今ならぜんぶわかるぞ!)


 強制記憶装置によって森羅はだいたいの物品や兵器のことがわかってしまう。この車両が装甲をまとっていくつもの貨物を牽引する「運び屋」のトレーラーであることも察した。しかし、相変わらずわからないのはこの世界の状況だった。


(機械が人類に反逆して戦争になってるのか?ターミネーター的な感じ?くわしく聞きたいけど、このおっさんに聞いても殴られそうだしなあ……)


 黒い兵士の背中を見ながら彼は歩き、車両の間を移動してゆく。すでに両手の拘束は解かれており、兵士に命じられて後ろをついて行っているがどこで何をさせるつもりかは一切説明がない。

 兵士の歩みはある車両で止まった。

 そこには6人の少年兵が座っており、全員がすぐに立ち上がる。


「エッレ、お前の班でこいつの面倒を見ろ」

「わかりました、隊長!」


 エッレと呼ばれた少年は起立してはきはきと答えた。

 そうしないと殴られることを森羅も先ほど学んだばかりだ。

 兵士はそれだけ伝えると踵を返してどこかへ去ってゆく。足音が消えるとリーダーらしいエッレという少年を残して全員が床に座り直した。


「名前はあるか?」

「え?俺の?」


 森羅は思わず聞き返した。

 どう見ても小学生高学年くらいの子供が胡散臭そうな目で見上げている。


「当たり前だ。ないなら勝手につけるぞ」

「いや!し、森羅だ!」


 勝手に名前を決められては困ると思い、彼は本名を言ってしまった。


(かっこいい名前をつけたほうがよかったかな?ゲームの主人公みたくアーサーとか。いや、それはさすがに恥ずかしいか)


「シンラか。お前はしばらくミンとルーの2人と組んでもらう。いろいろ教えてもらえ」

「えー!」


 床に座っている一人の少女が大きな声で抗議した。


「なんで私たちなの!?」

「子分が手に入ったと思え。ルーが規律を叩き込め。その代わり好きに使っていいぞ」

「え?弾除けにも?」

「当たり前だ」


 そう言われて少女はにんまりと笑った。

 それがろくでもない仕事だと森羅は予感した。


「了解しました!」

「じゃあ、後は任せる」


 エッレはそう言うとこちらも対応を丸投げしてしまった。

 たらい回しされてるなと森羅は感じ、そんな彼にルーという名の少女は不快な目を向けてくる。


「あんた、記憶装置で教育されたのよね?」

「あ、うん……」

「曖昧な返事は禁止。殺すよ?」


 少女の目が鋭くなり、彼は背筋が寒くなった。

 それが冗談ではなく、少女が肩にかけた自動小銃に触れたからだ。このルーという少女は本当に自分を撃つと理由もわからず彼は直感した。


「ルー、まずは怪我の治療をしてあげよ?」


 隣の少女がおずおずという感じに言った。

 名前はたしかミンだったなと彼はさきほどの会話を思い出す。どちらの少女も小学生くらいの年齢で、ミンよりもずっと子供らしい顔つきだと彼は判断する。少なくとも人を殺せる目をしていない。


「彼の足、けっこう痛そうだよ」

「ったく。あんたは甘いんだから」


 ルーは舌打ちを一度してからミンの方へあごをしゃくる。

 それを見て彼女は片手で抱えていた小箱を開ける。


「座って。足、痛いでしょ?」

「頼む!今まで我慢してたけど実はすげー痛いんだ!」


 彼はその場にへたり込んで今まで抑えていた苦痛を顔と声に滲ませた。

 自分の足の裏を恐る恐る見ると切り傷が無数にできて出血していた。そこに痛みを感じたのは強制記憶装置を終えたあたりからだった。原始人でもない男が素足で瓦礫の街を走れば傷だらけになるのは当然。今まで気にならなかったのは生死のかかった状況だったからだろう。


(危険な状況だとアドレナリンが出るんだっけ?よく知らないけど……)


 インターネットで得た知識を彼は思い出した。


「痛たたたた……」

「傷口を洗うから我慢してね」


 そう言うとミンは小箱から液体の入った小瓶を取り出し、あまり清潔的に見えない布にそれをかけて彼の足の拭き始めた。その痛みは先ほどの強制記憶装置ほどではなかったが彼が無言でいられる程度でもなかった。


「痛い痛い痛い痛い痛い!」

「わかるけど我慢して」


 ミンは容赦なく傷口をこすり、破片を取り除いてゆく。

 森羅は目に涙を浮かべ、最終的にはルーから「うるさい!」と怒鳴られて銃を向けられたことで静かになった。


「キメラに足吹っ飛ばされたわけじゃないでしょ?これくらい我慢しなさい」


(痛い痛い痛い!液が染みるうううっ!ぐおおおおおっ!)


 周囲にいる少年少女たちは呆れた顔で彼を見ていた。この程度の怪我で何を言ってるんだと言いたげに。しばらくの間、足の洗浄と消毒は続き、ようやくそれが終わって足に布を巻き始める段階になると彼の全身は汗でびっしょり濡れていた。


「う……ううう……お、終わったのか?」

「うん。もう大丈夫。お腹減ってる?」

「え?」


 奇妙な質問に彼は面食らった。


「お腹。空いてる?」

「えっと……まあ、ほどほどに」

「曖昧な返事をしない!」


 ルーが自動小銃を向けたので彼は「ひっ」と悲鳴を上げた。


「す、空いてます!」

「じゃあ、これを食べておいて」


 ミンはポケットからブロックの破片のようなものを取り出した。

 焦げたクッキーに見えなくもない物体が携帯食料であると焼き付けられた記憶が彼に教えた。しかし、なぜこの状況でご飯を食べろというのか。

 その疑問を察したのか、ミンは言った。


「いつまた戦闘になるかわからないから。今のうちに食べて」


(あ、そういうことか……)


 彼は足の痛みに耐えながら携帯食料を口に運んだ。

 殴られた頬の傷がずきずきと痛むが、無理やり噛んで喉の奥に押し込む。かすかに甘い味を感じたが、今までの人生でもっとも不快な食事だった。


(パサパサして喉を通りにくい……)


「はい、お水」


 ミンは気を利かせて水筒を彼に差し出す。

 その優しさに彼は素直に感動し、感謝した。


「あ、ありがとう!」

「ふふ……」


 ミンは子供らしく笑った。


(よくわからないけどミンは良い子だ!)


 ハムスターのように食料を齧りながら彼はミンの好意にしばらく甘えようと決めた。小学生に頼る高校生という情けない事実から目を背けながら。 

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催眠使いエロ男子くん、SFな世界に追放される! M.M.M @MHK

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