第3話強制記憶装置

「ぎゃあああっ!痛い痛い痛い!痛いってば!」


 森羅は悲鳴を上げた。

 拘束された二の腕を捕まれ、持ち上げられたからだ。間接がめりめりと音を立てておかしな方向に曲がり、痛みのあまり彼は目の前の黒い兵士を足で蹴りつけた。相手は微動だにしない。

 大人の兵士はいくつか質問をし、言葉の通じないとわかったのかバッグのように彼を持ったまま近くの貨物列車のような乗り物に近づく。

 その一両の側面が上下に開くと彼が見たこともない武器や機械がいくつも収められていた。銃やミサイルなどの武器と推測できるものもあれば、巨大な剣や槍のようなものもある。SFチックな文明でなぜ剣や槍があるのか。そんな謎を森羅は考えたりせず、自分の関節を外そうとしている兵士をひたすら蹴り続けていた。


「痛い痛い痛い痛い!痛いくらいわかるだろーが!クソが!」


 言葉と攻撃を無視する兵士は膝を軽く曲げてジャンプした。

 1メートル近く飛び上がり、トレーラーの中に二人が納まるとようやく彼を床に降ろした。


「エンデ!ワルト・トレイレ!」


 何かを叫ぶと貨物全体がゴウンと音と立てて照明がつき、全体が小さく振動を始める。乗り物が起動したのだと彼はわかった。

 他の車両が開いて少年たちがそこへ乗り込んでゆく。これは乗り物で、今から移動するのだと理解し、彼は車両全体がゆっくりと動き出すのを感じた。


(ここから逃げられるんだ!乱暴だけど実はいい人だったのか?)


 この世界には相手の関節をきめて持ち上げるのが友情の証なのかも。そんな淡い期待をした森羅だが、二の腕はまだ掴まれたままだ。その腕を引っ張られた。


「え?なに?」


 彼は椅子のような装置の中へ座らされた。

 胴体と両足をベルトで固定され、上部にある半球のヘルメットのようなものを頭にかぶらされる。首にもベルトが巻かれた。


「これはシートベルト的なやつだよな!?そうなんだろ!?」


 絶対に電気椅子じゃない。

 彼はそう信じて兵士の顔、正確にはつるつるしたクロイヘルメットを見た。

 スピーカーから「くくっ」と笑い声が聞こえた。


(その笑いはどっちの意味だよ!)


 彼はいくつも質問するが兵士は完全に無視し、傍にある装置をいじり始め、やがてキイイインッと高い音が車両に響き始める。この装置で何かをする気らしい。


(クソッ!体にさえ触れればー!)


 彼は手足の拘束を解こうとするが徒労だった。

 金属音が徐々に大きくなり、兵士の手が一つのボタンにかかる。


「レッヤ」


 そう言ってボタンを押した瞬間、森羅の視界が真っ白に染まった。


「ぎぎいぎぎぎああああがあああああああああっ!!」


 もしも脳に直接スタンガンを受けたらこんな痛みかもしれない。いや、痛みとは別次元の苦しみを受けた彼は絶叫し、体が反り返りそうになった。ベルトがなければ背骨が真っ二つに折れていたかもしれない。椅子の上で全身を暴れさせ、激痛と引き換えに得たものは「情報」だった。

 脳内に音声や文字や映像が流れ込んでくる。この世界で使われる言語。社会、地理、算術、科学などの知識。それらが終わると戦闘に関する情報がやってくる。銃や兵器の名称と構造。作戦。格闘。サバイバル術。そして生物を模した殺人機械、キメラたちの習性や武装、弱点。数秒間の間に数か月分の学習で得るはずだった知識が一気に流れ込み、その付加で彼の脳は死に掛けた。


「ががががががっがががががあああああっ!!」


 あと一秒続いたら死ぬ。

 彼がそう思った瞬間、脳で暴れまわっていた電気信号は消滅した。


「まだ生きてるか?」


 兵士の言語は森羅の脳で無意識にそう翻訳された。


「あ……う……」

「あー、やっぱり壊れたか?じゃあ死ね」


 兵士は腰に下げていた拳銃のようなものを抜き、彼に向けた。

 生存本能から森羅は咄嗟に声を出す。


「ま、待て!」

「なんだ。わかるじゃねえか」

「……え?」


 彼は自分がこの世界の言語をすでに理解していることを理解できない。

 しかし、兵士の尋問は続く。


「答えろ。どうしてパンツ一枚であそこにいた?3つ数える間に言え。3,2,1……」

「ああああ!い、言うから撃つな!」


 彼はすでに兵士が持っている武器が何かわかる。パルスガンだ。物体中の極性分子を振動させ、一瞬で過熱する。要は電子レンジと同じ原理だが、殺人用に作られたそれを人体に撃てば内部から沸騰し、心臓を狙えば即死する。


「早く言え」

「本当のことを言うから撃つなよ?」

「ああ、早くしろ」

「別世界から神様に連れてこられた。いや、本当だ!」


 彼は男が指に力をこめる前に叫んだ。


「嘘じゃない!この装置で頭がぶっ壊れたのか!?」


 森羅は自分の記憶を信じられなくなった。

 自分が座っているのは強制記憶装置。人間の脳に情報を焼きつけ、無知な一般人を即席で作業員や兵士にするために作られたハグン都市の商品だが、脳が破壊されて狂ったり死亡することも多い。失敗した人間にもう一度「焼き直し」して成功する例もあるが、きわめて低い確率だ。


(そう。俺はそういうことを知ってる。知識を植えつけられたんだ。じゃあ、この地球とか神様って知識は何だ?)


 彼は混乱の極地にいながら必死に言葉を選んだ。


「嘘ならもう少しマシなやつを使うだろ?」

「確かにな。パンツ一丁でいたからてっきり他の部隊で気の狂ったやつかと思ったんだが……よくわからんな」


 兵士は武器を戻し、別の品を取り出した。

 直径20センチほどのリングを見て彼は「うわっ」と嫌な顔をする。


「これが何かわかるな?」

「ああ、服従の首輪だろ」


 遠隔でスイッチを押すと神経毒を塗った針がせり出して所有者を殺す。今まさに首にかけらようとするそれに彼は抗う術がなかった。


「正直、お前の素性はどうでもいい。死ぬ気で働け。命令違反したら殺す。役に立たない時も殺す。いいな?」

「ああ」


 彼の右頬に石が飛んでくるような衝撃が走った。


「わかりました、だ」

「わかりました……」


 口の中に血の味を感じ、彼は傭兵部隊の飼い犬になったことを理解した。

 絶体絶命の状況は今も続いている。しかし、彼の頭の中には一つの謎がずっと浮かんでいた。


(俺は神様に追放された催眠能力者の森羅……でいいのか?この記憶は本当か?強制記憶装置のせいで頭がぶっ飛んでるんじゃないよな?うーん……わからん!)

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