第46話 モンスターが生まれる日(二)

 等々力は普段の調子で答えた。

「今はね。だけど、いつまで等々力を続けるかは、わからない」


 ガニーが周囲を警戒しつつ、感想を述べた。


「一杯、まんまと喰わされたわけだ。ここなら、狙撃する位置に事欠かないな。装備を持って暗闇に潜む狙撃手を三人も準備しておけば、俺に逃げ場はない。そういう手筈か」


 逃げ場はないと認めたわりに、死を覚悟している空気はなかった。雰囲気から推察するに、仮に狙撃手が三人いたとしても、逃げ切る自信があるのだろう。


 等々力は傲慢な態度を装い、尋ねた。


「最初は殺すつもりだったが、気が変わった。君はそれなりに優秀な人材のようだ。どうだ、我々の駒になる気はないか」


 ガニーが等々力を鋭く睨みつけ、返事をした。


「断る。俺にも組織に対して義理がある。それに、どこの誰ともわからない人間と一緒に仕事をする気には全然なれない。特に身分を偽り、ころころ態度を変える人間は信用できない」


 予想通りの答が返ってきた。


 等々力は幾分か芝居がかった口調で「では、しかたがない」と口にした。片手をゆっくりと上げて、天を指差した。


 ガニーが懐に手を入れたが、銃を取り出したときには、等々力は上空に飛び上がっていた。


 驚き等々力を見つめるガニーを見下ろして、悠然と言葉を掛けた。

「もう、我々を追うな。警告は一度だけだ」


 ガニーが訝しげに等々力を睨んで「もう、派手な警告を貰ったが」と口にした。

 等々力はチョウ大人の空気を纏って、見下して発言した。


「図に乗るなよ、小僧。お前ごときに警告をするのに、あそこまで手の込んだ仕掛けは絶対しない。先日のは、我々の付近を嗅ぎ回る、アメリカとイギリスの犬共に対して行った警告だ。私はお前の相手だけをしているのではない」


 ガニーは大きな声で叫んだ。

「なら、最後に教えろ。結局、お前はいったい何者だ」


 何者だと問われても困る。本性はただの大学生だ。


 だけど、たとえ正直に話しても、ガニーが納得しないのは間違いない。なら、もっと大風呂敷を広げてやれ。


「いいだろう。特別に教えてやろう。ある時は、織田信長。ある時は、明智光秀。またある時は、徳川家康。戦国の世より、この国の歴史が動くときに陰から支えてきた一族だ。あえて名乗るなら、ファントム・オブ・ヒストリーとでも名乗っておこう。まだ、私を追うというのなら、イラクに来い」


 等々力は両手を大きく広げ、片方の手で布を掴んで一気に引っ張り被った。これで、ガニーからは、姿は見えなくなったはず。


 柴田が背中を軽く叩いてから、背中の仕掛けを外してくれた。


 等々力は足音を立てないように布で姿を隠しながら、確認した経路を小走りに走った。


 途中で転びそうになったが、なんとか左近と合流して、動物園の裏口から逃げるように出て行った。


 念のために隠家のウィークリー・マンションに帰らず、左近に偽名でとってもらったホテルに移動した。


 ホテルに潜伏して、三日後に左近がホテルに晴れやかな顔でやって来た。

「軍曹だけど、日本からいなくなったわ。軍曹の行先は、バハマよ」


 バハマ? なんでイラクではなく、カリブ海の楽園に行ったのだろう。


 もう、ファントムを追う仕事が馬鹿らしくなって、遊びに行ったのだろうか。遊びでも仕事でも、追って来ないなら問題はないが、少し気になる。


 等々力が不思議に思っていると、左近がガニーを哀れむような表情を浮かべて説明した。


「軍曹は組織から、立て続けに行った仕事の報告を求められたわ。軍曹が関わった事件と、ファントムの正体について、真面目に報告したそうよ。報告書の内容は不明。だけど、軍曹の報告書を見た組織の上層部が、軍曹は働きすぎで頭がおかしくなったと判断して、バハマのサナトリウムに送ったわ」


 納得がいった。確かに、俺の話を真に受けて報告書を書いて、アメリカにいる組織の上の人に見せたら、狂人扱いされるだろう。


 予定通りに進まなかったが、作戦は成功したといっていいだろう。


 軍曹がサナトリウムで「俺は日本の重大な秘密を知った」「日本を影で操る一族が存在する」「俺は正気だ」と声高く主張すればするほど、重症扱いされるに決まっている。


 全ては終った。金は潤沢に入ったので、あとは仕事を辞められればいい。だが、左近は簡単には離さないだろう。


 左近がさっそく話を切り出してきた。

「等々力君には、次の仕事を頼みたいんだけど」


 しょうがない、あと二、三回ほど付き合ってから、終わりにしよう。

「なんですか、次の仕事って? あんまり危険な仕事は嫌ですよ」


 左近が真顔で発言した。


「次の仕事は大物新興宗教教祖の影武者よ。天命により二百歳まで生きるって豪語していたんだけど、愛人宅で怪死したのよ。それで教団幹部が大慌てで依頼してきたわ」


 教祖の名前は等々力でも聞いた覚えのある人物だった。


 政治家にも強い影響力があり、総理大臣でも迂闊な言葉は口にできない。公表されていないが、教団の資産は十兆円を優に超えると言われている。


 ただ、教祖が興した宗教団体は、他の宗教団体から信者の引き抜き問題を抱え、政教分離の理論で、野党からは敵視されている。教祖の家族も、一癖も二癖もある。


 味方も多いが、敵も多い人物。葬儀の席に名探偵がいれば殺人事件が起こり、元詐欺師がいれば後継者を決める殺人ゲームが起きても不思議ではない。


 今の日本を裏で動かしている凄腕の人物といえるだろう。


 ハッキリ言えば、今までの仕事が安全に思えるほどの仕事だ。しかも、成り済まし対象が怪死となれば、なんとも曰くつき仕事だ。


 最初は左近がふざけているのかと思った。

 けれども、左近から冗談を言っている空気は微塵もなかった。


 嘘から出た誠という言葉があるが、まさか等々力自身の壮大な嘘が現実味を帯びて、身に降りかかろうとは思わなかった。


 やはり、「世の中、正直に生きるべき」との教訓を得たのに、破ると禄な目に遭わないと、思い知った。

【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空気を纏いし猛者 金暮 銀 @Gin_Kanekure

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ