終章 革命の王女の望むもの
武術大会はエマの優勝で幕を降ろしたが、続けて行われるはずの表彰は、アリスの回復および、事件の解決を待つこととなった。
アリスが部屋に軟禁され、ベッドに縛り付けられるとともに(これにはエマも異論はなかった)、すぐにエマ襲撃事件の調査が本格的に開始された。
最初に口を割ったのは長々と続く尋問に耐え切れなくなったエニアスだった。得意の馬術で確実に一位になれるように馬に薬を盛ったことを口にした彼は、だが、エマに薬を盛ろうとしたのは脅されたやったのだと必死で言い訳した。泣いて喚いて。あまりの見苦しさに尋問に立ち会った父とヨルゴスは呆れ返っていたらしい。
次に口を割ったのは組み合わせを偽造した書記官で、罪の軽減を約束すると彼はあっさり偽証を告白した。くじの操作に加え、発覚した際はレサトに頼まれたと言うことを条件に、多額の賄賂をもらっていたらしい。罪は軽減されたけれども、職は失うことになりそうだった。
キモンは、往生際悪く「自分は手を下していない」と主張し続けた。彼は直接手を下してはいないため、証言のみが頼りだったのだが、キモンの周囲の人間は、報酬を期待したのか、それとも報復を恐れたのか、ひたすらに口をつぐみ調査は滞った。そんな胸の悪くなる話の中でもエマが一番残念だったのは、キモンが『息子が勝手にやったことだ』と言ったことだ。息子でさえ彼にとっては駒でしかなかったという事実が、ひたすらに哀しいと思った。
――だが、大会から一月ほど経った頃。
アリスを刺した男が行っていた賭博の胴元がキモンの家だと突き止められ、男に目をつけてそそのかしたのがキモンの一族だと発覚した。
また、すり替えられた飴から毒物が検出され、製造した人間がキモンの命令だったと口を割った。そうなると、さすがに彼も観念せざるを得なかったらしい。
くじについての細工も、馬に薬を盛ったのも、エマを刺そうとしたことも、それらをアリスやアリスの祖母になすりつけようとしたことも全部自分が命じたと自供したのだ。
処分については未だ話し合いの最中であるけれども、簒奪のないようにという法改正がされた経緯を考えると、他の王位継承者への傷害の罪は重いだろう。ひとまずエニアスの王位継承は絶望的だと思われた。
残る王位継承者の中で、王位を争うことになるのだけれど……まずヘルメスは武術大会の成績が振るわない上、大会開催中の小悪事や、体術・剣術などでの醜態が響き、民の支持は得られそうにない。ミロンの活躍は地味すぎて目立たず、そして最大の
季節は冬に突入し、新年を迎えようとしていた。
アリスの怪我は回復し、ルキアも新年の祝祭に合わせて一旦国に帰ってしまった。ルキアは別れ際に「また近々来るから」と笑った。そのまま戻ってしまっても良いというのに、武術大会のときの言葉通り、以前の彼のままエマたちと付き合ってくれるつもりなのだ。その強さに、エマは救われた気分だった。
エマが平穏な日常が舞い戻ったような錯覚を覚えた、そんなある日のこと。アリスの回復と事件の解決を受けて、延期となっていた武術大会の表彰が行われることになった。
エマが賞品に何を望むのだろうと、また民の間で賭け事が行われたらしいが、大半が『王位』でないかと予想していた。
アリスの言うとおり、武術大会の結果は審査項目の一つでしかない。アリスを支持していた層が、エマに味方してくれるかどうかもわからない。エマはまだ一勝しただけ。たしかに大きな勝利ではあったけれども――勝負は始まったばかりなのだ。
だからこそ、民もエマが王の権威に縋るのではと予想しているのだろう。が――エマが賞品として望むものは王位ではない。それは今まで通りに、一歩ずつ階段を登って自分の努力で手に入れるつもりだった。どうしても欲しいものは他にあった。
あの後、父がアリスに難問をふっかけたのだ。そのせいでアリスが珍しく頭を抱えてしまった。あれだけの緻密な計画をなし遂げたアリスでも、《恋人の父親への対処方法》までは対策していなかったらしい。
父は「詰めが甘いな」と笑っていたけれど、エマは生まれて初めての反抗心が芽生えるのを抑えきれなかった。怒るエマに、父は「やっと親離れが出来たな」と嬉しさ半分、寂しさ半分といった様子だった。
隣に居た母が「意地悪をしないの、ほんっとうに心が狭いんだから」と呆れていたけれど、父は「こんなのは意地悪のうちに入らないし、アリスには感謝されていいくらいだと思うがな」とまるで悪びれない。譲る気のない父にエマは立腹したまま対策を考えたのだけれども――父の言った『感謝』という言葉にふと思い当たったのだ。これは、もしかしたら、父がくれた大きな好機なのではないかと。
(私には、アリスに返さなければならないものがある。……お父様があんなことを言われたのは、そういうことじゃないかしら)
謁見の間で、玉座に座る父に向かってエマは膝を折る。
「武術大会の褒美を与えたいが、エマナスティ、おまえは何を望むか?」
しんと静まり返る部屋で、エマは大きく深呼吸をすると、そこに居合わせた一人の人間をじっと見つめてから、父王に向き合った。
「今すぐに、アリスティティスを私の伴侶――将来の王配として頂きたいと存じます」
エマはアリスへの愛情を自分から示さねばと思ったのだ。受け取るばかりでは対等ではない。せめて、好きだと、今できる精一杯で伝えたかった。
厳かに言うと、その場に立ち会った貴族すべてが息を呑んだ。そして名を出された本人でさえ固まっている中、父はニヤリと笑った。
「焦ることもないだろう。『女王になれば、自ら王配を選ぶことができる』とアリス自身が言ったのだろう? 待てばいずれ手に入るものを急いで手に入れることもあるまい」
父が、以前同じ言葉を告げた時と同じ顔で、エマとアリスを交互に見ると、右隣に居た宰相の顔が険しさを増した。
「ルティリクス、それ一体何の真似なわけ?」
「決まってるだろう? 世の中の《娘の父親》の大部分と同じような真似をしてみたいだけだ」
「娘の恋人いびりか? まったく狭量だな、我が王は」
「普段広い心を持つように心がけているんだ。《娘を持つ父親》としてなら、多少狭量でも構わないだろう? おれには息子を持つ父親の気持ちまでは責任は持てない」
「あ、この間のを根に持ってるわけね?」
じゃれあうような父親達に、周囲の人間は苦笑をこらえきれないという様子。エマはうんざりと息を吐いた。
「陛下、これは正当な申し出です。なんでも欲しいものを下さるという約束でしょう!」
「それ程に欲しいか? 他の何よりも?」
「ええ」
「後悔しないか?」
「もちろん」
「じゃあ、持っていけ!」
そんな、物のように――と呆れる宰相の言葉などもう聞く気はない。エマは破顔して、そのままアリスの手を取ると、彼を引っ張って謁見の間を飛び出した。
回廊を、広場を駆け抜け、アリスとエマの塔を目指すと、アリスの部屋を突っ切って中庭へ出る。誰も居ない二人だけの空間に満足すると、エマは手に入れたばかりの自身の片割れに思い切り抱きついた。
「エマ」
諭すような声に見上げると、少し息を上げたアリスが苦笑いをしてエマを見つめている。どこか不満気なアリスの顔に、エマは急に不安になった。
(あ、あれ?)
思い返してみると、アリスの意志を完全に無視して、勝手に盛り上がってしまっている。
「え、もしかして、いや、とか言わないわよね?」
父は、エマが女王になればアリスを手に入れられる――裏を返せば、自分が退位するまで、エマとアリスの結婚を認めない、そう言ったのだ。それは二人の結婚が数年後に持ち越されるのと同義だった。せっかく想いが通じあったというのに、何年先になるかわからない即位など待っていられないとエマは思った。それはアリスも同じだと信じ込んでいたけれど――
(え、……アリスは待っても構わないって思ってるってこと?)
聞き分けの良いアリスのことだから、あり得ないことではないけれど……。
早まったか――エマのこめかみを冷や汗が流れる。だが、そんなエマに頬を寄せると、アリスは小さく口付ける。脈絡のないキスに目を瞬かせるエマに、アリスは僅かに顔を赤くした。
「いやなんて言うわけないよ。君の一番欲しい物だって言われて、嬉しくないわけない。最高の気分だ。――だけど、一応、さ。ここで主導権を握られると、後々響きそうだから」
彼はエマを腕の中に囲うと、「だから、僕に先に言わせて」と飴のように甘い眼差しをエマに向けた。
「エマ。僕と結婚して下さい」
エマは気づく。アリスは武術大会の決勝後には婚約の宣言をしただけで、エマにその言葉をくれたわけではなかった。そして、さきほどのエマの発言――アリスが欲しいという言葉も、父への懇願であり、アリスに向けての言葉ではなかった。だから、これは初めて二人の間に生まれた真っ直ぐな求婚の言葉だった。
つまりは、男のプライド、というやつなのだろうか。あくまで主導権にこだわるアリスにエマがくすりと笑むと、アリスは「返事は?」と少し焦れた様子で尋ねた。
「――そんなの、『はい』に決まってる。アリス、大好き!」
勢いで飛びつくと、アリスはエマを受け止めながら、重心を後ろに傾けた。
そのまま柔らかい土と芝の上に転がると、ふたり子犬のようにじゃれあう。小さなキスを幾つもして、こどもの頃のように大声で笑うと、丸く切り取られた空を見上げた。
アウストラリスの空は、今日も雲ひとつなく輝いていた。
《了》
女王になりたいので、その求婚お断りします! 山本 風碧 @greenapple
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