終幕

悪魔は娘が自分のことだけを信じてくれることに、ひどく安堵を覚えていた。

しかし娘は突然、いや様々な物事を乗り越えて大きく成長する。

「私、信じてみることにするわ」

娘は突然そんなことを口にする。その口調は柔らかい。

「君は私を見捨てるのかい? 君も私を裏切るのかい?」

「別に裏切ったつもりなんてこれっぽっちもないわよ」

真っ白な空間で 娘と悪魔は肩を並べて座って、会話をする。

「……大きくなったね」

「あなたはなんだか小さくなったわね」

娘はクスクスと笑い、それに釣られて悪魔も微笑む。

娘の頭を優しく撫でながらそれでも悪魔はどこか寂しそうだった。

「人を信じても待ってるのは裏切りか、それ以上の仕打ちだけだよ? いいことなんて何も無いかもしれない」

「それでもいいの」

悪魔は娘の頭から手を離し、立ち上がる。

「僕は君に幸せになってほしいんだ」

「少なくとも今はとても楽しいわ」

「今だけかもしれない。本当に人は突然何をするかわからないのさ。私なんかよりよっぽど悪魔なのさ」

「裏切られる、そうかもしれないわね。……でも私信じてみるって決めたの。これまであなたの言うことを信じてきたし、ううん、今も信じてるし、あなたが言ってることが正しいかもしれないわ」

「だったら……」

「でもね、これは私が初めて自分自身で決めたことなの」

娘は真っ直ぐ悪魔を見つめる。

「……そっか、そんなに固い決意をしてるんだね。じゃあ私から言うことはもう何も無いよ」

悪魔は立ちあがり、娘に背を向けようとする。しかしその手を娘はしっかり掴む。

「どこに行くの?」

「私はもう用済みだ。どこか遠くにでも行くさ。私みたいな悪魔がいてももう困るだけだろう?」

「何言ってるの、私はあなたを悪魔だなんて1度も思ったことがないわ。昔から大好きな私の大切な大切な人よ」

「……でも」

「それに私が本当に変われるのかどうか見てて欲しいの」

「私にかい?」

「そう、だから、どこにも行かずにそばで見守っててよ。ずっと隣でね

悪魔は泣き崩れた。こんなにも自分は娘に愛されていたのだ。

それを実感した瞬間、涙は止まらなくなった。

彼の涙は娘の前に大きな大きな川を作る。まるで娘を守ろうとする障壁のように大きな大きな川になる。

そして彼の体は崩れていき、宙に舞った黒い塵は娘の周りに花を咲かせて草原を作り出す。

それはどこまでも暖かく娘のことをどこまでも包み込んでいた。

「私は君のことを見守ってる。ずっとずっと、愛しているよ」

彼はそう言い残して一輪の彼岸花へとなる。

娘はそっと自分の隣に咲いた花を撫でると、その手を胸元に持っていき、そっと目を閉じる。

「大好きだよ、お父さん」

娘の頬を優しく風が撫でる。

娘の心は今まで感じたことないほど晴れ渡り、そして、澄んでいた。

娘はゆっくりと目を開き、立ち上がると明るい光の方へと1歩歩み始めた。

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童話修理館~あなたの物語修理します~ 葵 悠静 @goryu36

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