6-2
「友達に……友達になってくれませんか!」
道子はもう一度、さっきよりも深く頭を下げる。
心臓の鼓動が激しい。きっと一瞬しか経っていないのに時が進むのが凄まじく遅く感じる。
「……はは!」
彼からの返答は軽快な笑い声だった。でも寮の部屋で聞いていたような人をバカにするような笑い声ではなく、優しさを感じる柔らかい笑い声。
なんで笑うのか不思議に思った道子は思わず顔を上げる。
彼は本当に可笑しそうに楽しそうに笑っている。
「なんで笑ってるの?」
道子には黒田が笑っている理由がわからなかった。
「ああ、別にばかにしてるわけじゃないよ? ただもう友達だと思ってたから、びっくりしたのとちょっと拍子抜けしちゃって」
「もう友達?」
「一緒に帰ってこうやって結構話すようになったからさ、もう友達だと思ってた」
「そ、そうなんだ」
道子にはこれまでちゃんとした友達なんていた事がない。だからこうやってお願いすることがそんなにおかしいことなんて考えもしなかった。
自分がおかしいことをしてると気づいた瞬間に、頬が徐々に熱を帯びてくる。
「でも、こちらこそお願いするよ」
黒田はひとしきり笑ったあと真顔になり、顔が真っ赤になって、すごい熱を発しているであろう手を握ってくる。
「え!?」
「俺と友達になってください。これは友情の握手」
急に手を握られて焦っているとそんなことを言われて、さらに焦ってしまう。
「え、えっと、よろしく……お願いします」
「うん、よろしく!」
黒田はいつものようにニカッと笑うと手を離す。その顔は少し赤くなってるようにも思えた。
「照れてるの?」
「まあ、こんなことしたことないからね。でもこれで晴れて俺達は友達だ」
黒田は笑顔のまま道子の方を見る。そんな彼の姿を見てるとどこかおかしくて、恥ずかしさもどこかに行ってしまう。
「でもほんとにびっくりした。告白されるのかと思った」
軽い口調で言いながら黒田は歩き始める。
「告白!? いきなりそんなことするわけないでしょ!」
「それはそれで落ち込むなぁ」
「あ、ごめん、つい……」
「謝られるとさらにへこむ」
「ええ……どうすればいいの……」
そんな会話をしながら二人は夕暮れが照らす土手道を歩く。
突然周りは変わらないし、自分もそう簡単には変えられない。
自分は あのお婆さんや狩人のように強くないし、どこかのロバのように周りを巻き込んでまで何かを達成させようという気力もない。
あの狼のように自分を貫き通すことはとても難しいことだし、あの女の子のように誰かに身を預けて幸せを感じることも今はない。
そしてあの少女のようにわがままに、でも純粋で真っ直ぐに生きることも自分には難しいかもしれない。
あの人たちは本当にすごい人ばかりだ。自分には持ってないものをたくさん持ってる。だから影響されるし、心を動かされる。それに何とかしてあげたいって思う。
道子は夢の中で童話を修理している。壊れてしまった物語を自分のやりたいようにやって、最終的にその物語の主人公の手で童話は元の形に戻る。
最初は嫌だった。でもいつの間にか楽しくなっていて、居心地のいい空間に変わっていた。
そんな道子でも直せない、やり直すことが出来ない物語がある。
それは自分の物語だ。
誰にも相手にされず、誰も信用せず、何も変わらないと決めつけて過ごしている日常。
そして雨に濡れて水たまりで転んだあの日。
全部やり直したいと思っても、決してやり直すことはできない。
でもこれからを変えることはできる。周りは変えれないかもしれない。でも自分は帰ることは出来る。少なくとも夢の中ではできた。
道子は後悔しない選択をしようと決意した。
そしてまずは自分のことを信用してくれる人を信じて、そして何より自分のことを信じてあげようと、無理やりでもなんでも自分のことだけは自分が一番信用しようとそう決意した。
黒田通と友達になりたいと思った。そう思った自分のことを信じて、こんな道子に話しかけてくれる黒田を信じて「友達になってください」と口にした。
結果オーライだったけど、道子は後悔していない。ならこれで良かったのだ。
初めての友達が出来た。傍から見れば大した変化じゃないし、当たり前の日常の一部なのかもしれないけど、道子にとってはそうじゃない。
自分のことを信じる。それだけじゃ何も変わらないかもしれないけど、第1歩進むことが出来た。それならいいじゃない。大成長だ。
「じゃ、また明日」
「うん、また明日」
「嬉しかったよ、友達宣言!」
「そんな言われ方するととんでもなく恥ずかしいことしちゃった風に思えるけど……」
「大丈夫! お互い様だから!」
「それもそう……かしら?」
「そういうこと! だから気にしない! それに俺は嬉しかったし! じゃあね!」
いつもと分かれ道で黒田と分かれる。
1人になった。それなのに気持ちがいい。こんな気持ちは味わったことがない。
自分に突如訪れた変化、それをようやく受け入れることができた。実感して楽しむことができ始めている。
ふと足を止めて空を見上げてみる。雲ひとつない茜色、空はどこまでも高かった。
自分を信じる、そして自分のことを信じてくれる、受け入れてくれる人を信じてみる。
やり直しがきかない、修理なんてできない自分の物語だ。
せめてこれからは後悔しないように、歩いて、自分なりの物語を描いてみよう。
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