修理できない日常

6-1

授業が始まっても道子は珍しく机に突っ伏したままだった。別に寝てるわけじゃない。


むしろここ最近では一番意識がハッキリとしている。だからこそさっきまでのこともいつもより鮮明に覚えている。


「うーー……」


道子は目立たない音量で唸り声を上げて、足をばたつかせる。


どうしてあんな恥ずかしいことを言ってしまったのだろう。しかもムーグリル相手に。

確かにいつもよりテンションは高かった。そして勢いというものもあった。ただそれだけで思ってることを口に出してしまったのだ。


もう二度とあんなことは口にしない。言ってしまった後が恥ずかしすぎる。自分の頬が今どれだけ赤くなってるのか伝わってくる熱で実感していた。


でもそんな恥ずかしさの中に少しだけ空気が通っているような清々しさを感じていた。

道子は気を取り直すように顔を上げて、少し乱れていた髪を直す。


言ったことに後悔はない。やったことにも後悔はない。残っているのは恥ずかしさだけだ。


「……まあいっか」


道子はそう呟いて未だ感じている恥ずかしさを忘れることにした。


そして道子は机の中から教科書を引っ張り出す。それと同時にお腹がなった。

昼休み何も食べてないのだ。夢の中でたらふくデザートを食べたからと言ってお腹が膨れるわけではない。あの場所はあくまでも夢の中なのだ。


お腹はとんでもないくらい空いている。ただ心は満たされていた。

今更教科書を準備してても一人で机に突っ伏しながら恥ずかしがっていたとしても道子のことを気にするものは誰もいない。

日常はそう簡単に変わらない。自分が変わろうと思っても周りの環境はそう簡単に変えることなんてできない。


それを実感しながらも道子はひとつ決意をする。

そしてそれを心に秘めながらいつも通り授業を受けた。



昼休み後、夢の中では異常事態を乗り越えてきたというのに、現実では何事もなく一日を終えようとしていた。

帰り道、道子はいつも通り一人で帰路を歩く。

日はまだ高く、部活生達は今頃必死に汗を流している頃だろう。


「お疲れ様!」


いつもよりゆっくり歩いていた道子に話しかける一人の男子、黒田通。


「お疲れ様」

「朝ぶりだねー」


黒田はニコニコしながら道子の隣に並ぶ。


「あれ、なんか朝よりもスッキリしてる顔してるね」


黒田は道子の横顔を見ながらそう口にする。


「そうかしら?」


昼のことを思い出しながら、道子は平静を装いつう話を続ける。


「うん、悩み事は解決したの?」

「……ぼちぼちかしら」

「ぼちぼちか」


黒田は軽く笑う。


「じゃあちょっとは解決したんだ? よかったじゃん!」


自分の事のように喜んでくれて、こんな会話を楽しんでくれる。

道子はもう一度決意を固めて、足を止める。


「ん? どうしたの?」


黒田もつられて道子より少し前で足を止めて、道子の方に体を向ける。


「あの、言いたいことがあって……」

「なになに?」

「……この間はハンカチありがとう」

「ん? ああ気にしなくていいよ、俺が勝手にやっただけだし」

「それでも、感謝してる。ありがとう」


道子は横手に持っていた学生鞄を前に持ってきて、黒田に向かって頭を下げる。


「どういたしまして」


顔を上げるとニコッと笑う彼の顔が目に映る。


「言いたかったことってそれ?」

「えっと、じゃなくて……」

「大丈夫?」


黒田は少し心配そうに道子を見つめる。


「あの……私と……」


言わないといけない。笑われるかもしれないし、断られるかもしれない。それでも言葉にしないと伝わらないし、後悔はしたくない。


道子の真剣な表情を見て感化されたのか黒田も姿勢を正して、真顔になる。

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