5-13

「道子?」


道子は立ち上がってムーグリルに背を向ける。でも頬を伝う涙は止まってはくれない。


いつも話を修理するために童話の世界に入る。それは傍から見れば一つの世界を救ってる主人公のように見えるかもしれない。でもいつも救ってくれてるのは、自分を助けてくれてるのは童話の登場人物なのだ。


いつも救われている。だから道子も変わろうと思える。彼女らは、彼らは本当にすごい人ばかりなのだ。人の心をこんなに動かしてくれるのだから。


「大丈夫かい?」

「なんでもないわよ」


背を向けたまま、なるべく震えてる声がバレないように強めの声でそう返す。

どこからかチャイムの音が聞こえる。どうやら昼休みが終わってしまうらしい。


「君にはここはもう必要ないかもしれないね」

「…………」

「それくらい君は成長してる。変わってる。もうここに来なくても君は十分変われるかもしれない。本当に感謝してるよ」

「……何言ってるの」

「へ?」


道子は片手で涙を拭い、笑顔でムーグリルの方に振り向く。


「なに間抜けな声出してるの。そもそも私たちがちゃんと赤ずきんを連れ戻してたらこんな大事にはならなかったわけでしょ?」

「それは確かに……」

「それでまたいっぱい修理しなきゃいけない本もできたんじゃないの?」

「そうだね……」

「……なら、赤ずきんが壊しちゃった本くらいは私が修理するわよ。あなたは修理できないんだし、それくらいするのは当たり前でしょ」


道子がそう言い放つと、ムーグリルは一瞬目を見開いて顔全体で驚きを表現した後、目を潤ませながら両手を広げた。


「道子――!!」


そしてまた全力で道子に飛び込んでくる。しかし道子はそんなムーグリルを当然のように横に避け、手を振りあげると思い切り後ろから彼の頭をひっぱたく。


ムーグリルは今度は壁に吹っ飛ぶのではなく、道子が上から叩いたので彼女の真横で床に突っ伏した。

しかし顔をすぐに上げて、ぶつけた額と鼻を真っ赤にしながら瞳を煌めかせる。


「まさか君の口からそんな言葉を聞けるなんて! これで抱きつかないでどうするんだい! ハグさせてくれ!」


ムーグリルは床に膝をつきまた両手を広げる。その顔は言うまでもなく満面の笑みだ。


「大袈裟だし、あの勢いで抱きつかれても私はいい迷惑よ」

「僕は嬉しいよ! 僕にもできることがあればなんでも言ってくれ!」

「言わなくてもいつも勝手に呼ぶじゃない……」


道子は軽くため息をつく。だがその顔はどこか楽しそうだった。


「ムーグリル、これからも私を頼っていいわよ。私があなたの図書館の「鍵」になるわ」


道子はそう言うとムーグリルに向かって意地悪げに微笑む。

ムーグリルはぽかんと口を開けて、目をしきりに瞬きさせる。完全に呆気に取られていた。


そんな珍しいムーグリルを見た道子はニヤッと笑い、ムーグリルに背を向けて廊下の先の出口目指して歩き出す。


「ははは! こりゃ一本取られた!」


大声で楽しそうに笑うムーグリルの声が背中から聞こえる。


道子は清々しい気分で、そして満面の笑みで背中をめいっぱい伸ばして前を向き、思い切り勢いよく、現実に帰る扉を開けて、光へと飛び込んだ。

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