第7話 午前中の夢など
いつもよりゆっくり起きることができたので、気分が軽い。その軽い気分のままに学校に行くと、8時57分に着いた。うん。及第点といったところか。いまいちだな。
「よう、タクシー。」
「おはよう。」
浅川実が話しかけてきた。適当に返す。
すぐにホームルームも始まったが、ずっと話をしてくる。
9時5分頃、会話が終わった。なんとも言えない安心感というか、やっと会話に飽きてくれたか。と思ったところで清水濁梨が話しかけてくる。
「おはよう、タクシー。」
「おはよう。」
清水濁梨は僕の前の席だったんだな。というか、タクシーって僕のことなのだろうけれども、渾名の由来が分からない。
なんか今日はあまり眠くないな、たまには授業を受けようかな。
「1時間目って何だっけ。」
「おお、タクシーもついに授業を受ける気になったんだな。」
「うん。」
「そうかそうか。タクシーが真面目になって父さん嬉しいぞ。」
お前は僕の父さんじゃない。結局1時間目の授業何だよ。
1時間目開始のチャイムが鳴り、先生が入ってきた。顔を見てもちょっと見覚えがない先生だ。授業は理科だった。そういえば理科は難しいから、いつも授業前に寝てるんだった。先生は挨拶をしたあとプリントの解説を始めたが、僕はプリントを持っていなかったので寝た。
気づくと、どこかの古い建物の中にいる。光源もないのに全体的に明るく、変な感じの場所だ。今僕のいるのは黄土色の石でできた円形広場。四方八方に道が伸びていて、その先はどうなっているのか見えない。
ここは夢だろう。だからといって起きる必要もないから、のんびりこの夢を見ることにする。僕はふらふらと目の前の道を進む。道はどこまでも続いていて終着点が見えない。
体感で30分ほど道を歩いたところで、今の道から横に続く通路を見つけた。僕がその通路に入って進んでいくとすぐに、祭壇のようなもののある円形の部屋に着いた。
祭壇は小さい円卓のような形で、中心は窪んでいて水がたまっている。
僕はその水に触れてみた。
すると頭の中に情報が流れ込んできた。
――
イトヨ 17 1
遺跡は小さい。
――
なんだろうこの文は。
おそらく上のところが僕のステータスで、下の文が遺跡の解説だと思うが、それにしても短すぎる。説明不足だ。
それになぜここにあるのだろう。もうすでに入り口からかなり歩いてきているのに。
やはり戻ろうか。もと来た広場のことはあまりよく見ていなかったが、実はなにかがあったかもしれない。
もとの場所に戻ろうと思い、部屋を出る。
部屋を出るとそこは先程までいた場所とは明らかに違う場所だった。
先程は細い1本の通路を通ってきたので、当然部屋を出ればただ通路が続いているだけのはずなのだが、今は三叉路になっている。
円形の部屋に沿って両側に1本ずつ通路がある。もしかするとこれは部屋に沿って一周しているかも知れない。そして入ってきたときの通路と同様の通路が入り口からまっすぐ続いている。
僕は試しに、部屋に沿っている方の道を進んでみる。
時計の針の動く音が聞こえるほど静かで、僕の出す物音以外に音はない。
何本か、部屋から垂直に伸びる通路があったが、その他は特になにもなく、元の部屋の入り口に戻ってきた。
やはり部屋の周りを一周していたみたいだ。
時計を見てみると、9時15分を指しているが、秒針が動いていない。というか、1秒進んでまた1秒戻るを繰り返している。
これでは時間が分からない。
まあどうせ夢だ。時間なんて気にしなくても学校が終わるときには起きる。
さてどうしようか。何となく、部屋の入り口の前の道は帰り道のような気がするから、入り口から時計回りに2本目の道を進んでみることにする。
道を進んでいくと、しばらく行ったところで湾曲した脇道があった。曲がり具合からして、おそらく中心を例の部屋とした円周を描いているのだろう。
この遺跡の構造は大体わかったかも知れない。
脇道を左に曲がる。
予想に反して、脇道は、縦道に繋がることなく行き止まりになった。
もしかするとこの遺跡はかなり複雑かもしれない。
元の十字路に戻って、そのまま脇道をまっすぐ反対側に向かう。
しばらくあるいて、十字路を2、3回通った頃だった。遠くから湿った音が聞こえてくる。おそらく次の別れ道のところになにかがいるのだろう。
すごく不気味だが、ここは夢。別に死ぬわけではないし、少しだけ様子を見てみようとして、別れ道まで足音を忍ばせて進んだ。
顔だけを出して縦道を覗き込むと、そこには不思議な形状をした生物と、その下敷きになっている、僕の高校の制服を着た女子がいた。
思わず声を出しそうになり、急いで押さえる。もと来た道を少し戻って息を整える。
一瞬前を思い出してみる。その生物は白く、ところどころ黄色い斑点があった。柔らかそうな見た目だったが、ナメクジのようにどことなく嫌悪感を感じた。
生物の下部は白いスカートのように揺れていた。
あの人はもうだめだ。自分だけ遺跡から出ようと思い立ち、急いで最初の部屋に戻って入り口正面の道を駆けた。
ふと気がつくとチャイムが鳴った。時計を見ると12時。
結局午前中の三時間は寝てしまった。今日の午前中は移動教室がなくてよかった。
四時間目は体育で、そのあとは国語と数学だ。体育から戻った直後に睡眠することが確定しているスケジュールだ。
今日は文芸部はない。授業が終わったら図書室に行って魚の図鑑でも見てみよう。
図書室に行くのは1週間ぶりくらいだろうか。何だかんだ最近は精神的に忙しかった。
今から楽しみだ。
図書室の司書の先生は感じがよく、気も合うから、行くたびに雑談をしてしまう。それも楽しくていい。
放課後になった。僕は図書室に行き、図鑑の区画にあった魚の図鑑を見る。
目次でイトヨを検索して開いてみると、簡単な説明と写真が載っている。写真の魚は僕の腕にあるものと同じだ。
イトヨは攻撃的らしい。下腹部が赤くなったりする。そして、オスは口のなかで稚魚を育てたりするらしい。など。
生態が面白く、図鑑のなかで小さいコーナーになっているほどだった。
しばらくぼんやりと魚の図鑑を見ていたが、つまらなくなったので別の図鑑、亀について載っていそうな水の生き物の図鑑を見てみる。
目次を見てみたが、エビやカニ、貝などが載っているだけで、亀については載っていなかった。
しかし、そのまま何も見ずに棚に戻す気にはならなかったので、中身の方も一通りめくってみた。
そして僕はあるページに目を止める。それはウミウシのページ。
同じページに紹介された、シラユキウミウシ、シロウサギウミウシ。その二種類をどのように区別するのかはよくわからなかったが、それは僕が夢の中で見た妙な生物と、全くもって同じ形をしていた。
一瞬、先程のそれが水の生き物だったことに驚いた。以前瞑想中に見た何かの遺跡といい、今回の夢の遺跡といい、少なからず水と関係がありそうだと感じる。
しかし考えてみれば当たり前のことだった。僕も魚であり、アンカーの人達も僕の知る限りでは皆水の生き物だった。
図書室では特にやることもなくなってしまったので、家に帰ることにした。時間は5時半、冬場は暗い。
歩いていてふと例の電灯を見たが誰も居なかった。そのまま歩き続けると、道が交差するところで後ろから声が掛かる。
どうやら視覚の影のところで待っていたらしい。
振り向くと、やはり亀井さんがいた。話しかけてくる。
「一瞬だが遺跡まで行ったらしいな。」
「…確かに午前中、そういう夢を見ましたが。」
「それが遺跡だ。詳しく説明したいのだが、時間がない。君は帰宅しなければならないだろう。」
「そうですね。」
「だから今夜、遺跡のところで待ち合わせだ。瞑想すれば遺跡まで飛べる。待ってるぞ。」
地中にある海 AtNamlissen @test_id
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