第6話 瞑想の効果など

 僕の家は2階建ての一軒家。四人家族の各々の部屋が2階にあって、1階はリビングや風呂などの共有スペースになっている。家族構成は両親と妹で、母さんは主婦、父さんはプログラマー、妹が中学2年生だ。名前なぞどうでもいいが一応言うと、母、父、妹の順で若菜わかな洋司ひろしさくらだ。名前のどうでもよさといったら、もはや両親の名前を忘れかけるくらいだ。

 妹はやんちゃで、まだ中学2年生だというのに22時くらいまで帰ってこない。そのくせ学校の成績は平均以上なのだ。一般的には普通のように聞こえるが、平均以上を常に保つのは家族的にはかなりすごいことだ。なぜなら、もう1人の子供が常にワースト10に入っているからである。ちなみにこの成績を改善するつもりはない。


 そういった事情で、いつも母さんと2人で夕食を食べている。母さんとは食事中、週に1回ほどしか会話しないし、テレビやラジオなどの機械が音を流しているということもない。つまりは、尋常でなく静かなのだ。食事をするときは、何となく自分が老けたように感じる。


 こんな風な生活だとまるで僕が両親と険悪な関係にあるように感じるかもしれないが、決してそういうわけではない。ただ、互いに関係し合うのを諦めただけ。

 優秀だが手の掛かる妹が両親と話しているのをよく見るが、ああいう関係を築く能力は僕にはなかったらしい。


 つまらない夕食を食べ終わり、僕は2階に上がる。家にいるときはいつも憂鬱だ。

 部屋の電気を付けて、ノートパソコンを開く。高校に受かった記念に親が買ってくれたものだ。

 考えてみると頭が悪いのも得だ。普通に生活していても誉めてもらえる。

 パソコンでしばらくゲームをしたり動画を見たりしていると、眠くなってきた。画面に表示されている時間は12時。寝よう。明日も学校だ。

 そうだ、その前に瞑想をせねば。

 

 機械的に就寝準備をして、ベッドにいく。ドアの横のスイッチを押して部屋の電気を消し、ベッドの上で見よう見まねの座禅を組む。

 周りが暗いと、自分の本質が浮き上がってくるように思える。この感じが僕は好きだ。


 取り敢えず左手の魚に意識を集中させる。

 目の前は全くの暗闇で、視界全体でとらえどころのない何かが動いているような感じがする。昔の人が暗闇を怖がったのもこんな感じだろうなと思う。

 しばらくすると、何となく目の前に光が見えてくる気がする。薄暗く青い光。それが広がり、


 朝、目が覚めてすぐ、昨日の夜のことを思い出せないことに気付く。

 しかし、何となく昨日どうなったのかはわかる。たぶん、座禅を組んだまま寝てしまったのだろう。その証拠に、僕は座禅そのままのような形でベッドに倒れていて、足が圧迫されて凄く痛い。

 枕元の時計を見ると、8時5分、ベスト起床時間だ。服を着替え、階下に行く。

 朝食を食べ、登校。


 学校に行くと、教室に入ったのが8時55分だった。おかしい。歩く速さはいつも通りだったはずだ。まあいいや。そんな日もあるだろう。

 席について、隣の席の人が話しかけてきた。出席番号1番、浅川実だ。隣だったのか。

「今日、早いね。」

「…」(軽っ!)

ノリが軽い。驚くほど軽い。ナンパか?

「あれ?もしかして俺のこと知らない?」

「いや、知ってるけど。」

「ああ、よかった。いつも寝てるから、隣の人とか把握してないかと思ってた。」

「ああ、まあ。(把握してなかったけれども)」

「それでさ。」

それでさ?文脈が読めない。

「1回話してみようと思ってたんだよね。」

「へえ。」

「いつもチャイムちょうどに来て、そのまま寝ちゃうからさ、」

「うん。」

「話しかけられなかったんだよね。」

 チャイム登校にこんな利点があったとは。

 毎朝こんなのに絡まれていたら、疲れて睡眠どころではない。

「でさ。」

「うん。」

「なんでいつも寝てるん?」

おう。予想外の質問。

「別に。眠いから?」

適当に答える。

そこで始業のチャイムが鳴り、会話を中断した。


 その後も浅川は質問のし通しで、全然眠れなかった。ひどい話だ。


 今日も座禅を組む。2日目で成果が出るのを期待するのは焦りすぎだろうか。しかし、僕の性格的に、もうそろそろ何かしら起こらないと三日坊主で終わる。

 しばらく精神を統一していると、不意に体が軽くなったように感じる。なんだろうこれは。不安になって目を開けると、そこは真っ暗闇だった。自分の部屋ではない、奥行きのある暗闇。

 体を動かそうとしたが、動かない。しかし首は多少回転するので、周囲を確認することは出来る。


 首を全力で左に動かすと、視界に何かが映る。なんというか、存在感のある暗闇を見ている感じ。端しか見ることはできないが、とてつもなく大きいものであることがわかる。

 僕は強い恐怖心に襲われる。すると、目が覚めた。


朝、いつも通りに登校すると、時間は8時53分。やっぱりなんかおかしい。速く歩けるようになったとかかな。とにかく、これからはいつもより遅く起きられる。まずはそれを喜ぶべきだろう。


「よう。今日も早えな。」

「うん、おはよう。」

「なんだよ。元気ないん?」

「昨日眠れなかったからね。」

皮肉を言ってみる。気持ちを察してどこかにいってくれないかな。

「へえ、夜更かしは良くないぞ。」

違う。そうじゃない。

「お、浅川、おはよう。珍しいのとしゃべってるね。」

また、なんか面倒くさそうなのが増えた。どこかで見たことがあるような。

「おはよう。えっと…、名前何だっけ。」

「糸魚川」

「そうだったそうだった。よろしく。私、清水濁梨にごり。」

「どうも。」

「濁梨って、梨で濁るって書くんだ。」

「へえ。」

「父さんが宮沢賢治のファンでさ、やまなしって話が大好きでね、」

「いつも夜更かししてるから、昼間、眠くなるんじゃないか?」

「たくさんの梨酒で水が」

「おう、なに話してんの?」

「また濁梨の由来の話してるよ。何回目だ?こいつ父さん好きすぎんだろ。」

「こいつ誰だったっけ。糸魚いとい…、隆司?、こいつのあだ名ってなんだ?」

「知らん。タクシーとかでいいんじゃないか?」

「じゃあそれで。」

やばい。睡魔が。

「あれ、なんかタクシーふらふらして…」


 起きると、最後の授業が終わるところだった。ゆっくり眠らせてくれるとは…、案外いい人たちだな。


 座禅を組んでいるとまた、体が軽くなるような感覚になり、目を開けた。

 昨日とは違い、ぼんやりと周りが見える。青白い光に照らされた地面は、一面、真っ白な砂。左に目を向けると、大きな建物の端が見える。雰囲気的にはパルテノン神殿のような感じ。端しか見えていないから、なんとも言えないが。

 視界の右端に、大きな何かが通る。急いで右を向くが、そこにはなにもいない。やはりこの場所は怖いな。

そんなことを思っていたら目が覚めた。

 なんで、座禅を組んでいたはずなのに、起きるとベッドで横になってるんだろうな。

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