第5話 勇者


「う、受けようじゃねぇか、その依頼。王子様は俺が助けてやらぁ」


 道具屋が見栄をきって答えると老人と騎士達が低い声で唸った。


「ただし今から俺の指示に従うように、いいな!?」


 道具屋の勢いある申し出につられ騎士達は大きく返事した。


 それから道具屋は一転声を潜めて騎士達に王子の身体を持ち上げるように指示する。困惑しつつも指示に従う騎士達に続けて道具屋は王子の頭と足の位置を反転させるよう言いつけた。老人は困惑しつつも黙ってそれを見届けていた。


 王子が反転させられ丁寧に床に寝かせられると、道具屋は死神の様子を窺った。スースーと寝息すら聞こえる眠りっぷりだ。よし、と手を打ち道具屋は死神に静かに近寄って呪文を唱えた。


「アジャラカモクレン、カクヨ、ムコン、テケレッツのパー!」


 死神の耳元で怒鳴るように道具屋が呪文を唱えると、死神は驚きで身をくねらせてそのまま溶けて消えていった。消えていく様をしっかり見届け道具屋は安堵の溜め息を吐く。


「おーし、一丁あがりってもんよ。さぁ老人、王子様を僧侶でも何でも見せてやりな!」


 道具屋にそう言われると老人は広間の奥で待機していた僧侶を呼んだ。僧侶が慌てて駆けつけて王子に手をやると驚きの声をあげる。治癒が出来る。僧侶のその言葉にその場にいた全員から歓喜の声があがった。


 咄嗟の思いつきが上手くいき安堵した道具屋は緊張の糸が切れて床にしゃがみこんだ。

王子の回復を喜ぶ老人はひとしきり感謝の言葉を述べたあと、報酬は後日また家に迎えに行くと告げ、道具屋を呆気なく返した。


 騎士に案内されながら夜道を歩き家に辿り着いた道具屋はどっと訪れた疲れに何も考えず直ぐ様寝ることにした。 


 明けた翌日は何事もなく過ぎたが更に翌日、道具屋の店に訪れたのは騎士団と立派な馬車であった。


 城へ、と老人に手招きされて道具屋は妻に一緒に来るかと訊ねたが妻は理解が追いつかないと首を横に振った。渋々一人で馬車に乗り半日を揺られる時間に費やし道具屋は城へと招待された。


 赤い絨毯の敷かれた白い大きな広間で王と王妃、そして第一王子に続く年齢のバラバラな王子達、宰相と王宮魔術師だった老人、大司祭という大勢と謁見することになった。


「第一王子を謎の奇病より助けてくれたこと心より感謝する」


 王の言葉に老人に目をやるが、老人は一瞬宰相に目を向けると顔を伏せた。毒を盛られたことは王に伏せているようだ。まだ明かす時ではないのだろう。


「この偉業を、この奇跡を讃え道具屋を勇者と任命する」


「・・・・・・え?」


 道具屋の困惑をよそに拍手大喝采。鳴り止まぬ拍手の中、祝福の声が響く。


「いや、あの、え?」


「では道具屋よ、いや、勇者よ。その奇跡の力を、今度は皆の為に使って欲しい。魔王討伐という任、お前に託すぞ。もちろん我々もその為の助力は惜しまない。金銭など必要ならば惜しみなく援助しよう。早速魔物の発生が多いとされる土地に騎士団を派遣するつもりだ。騎士団には最高級の馬を揃えている、二三日もあれば着くだろう」


「え、あの、え?」


「おお、勇者に神の御加護があらんことを」


 大司祭が無駄にでかい十字架を両手に掲げる。大きさに何の意味があるのか。


 道具屋の困惑をよそに大喝采は続く。スタンディングオベーションだ。祝福の賛辞がいつの間にか勇者コールへと変わっていった。


「いや、ちょっ、待って、ちょっと待ってって」


 道具屋の声は勇者コールにかき消され、何処かから鳴り出したファンファーレに続き広間に入ってきた騎士団に肩を担がれた。戸惑い抵抗する間もなく連れていかれる道具屋。


 走馬灯の様に思い出される酒場での会話。また勇者様が亡くなったらしいと。かつての夢だった勇者。だが任命されてみればまやかしの能力しか持たない道具屋には死の宣告のようなものだった。


 ふと、足元を見れば掴む複数の髑髏の手。


 それは散々祓ってきた死神達の手であった。

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呑んだくれ道具屋の死神祓い 清泪(せいな) @seina35

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