第4話 早すぎる盛者必衰

 道具屋の商売は上手くいった。戦士を助けた一件は道具屋が曖昧に説明したおかげで尾ひれがついて村内外に噂が広まっていき、誰々を助けてくれと道具屋を頼る者達が殺到した。


 特薬草より少し高めの料金を取って死神祓いを行っていく。足元に死神が現れれば呪文を唱え祓い、現れなければそれっぽい身振り手振りをしたあと教会を紹介した。次々と死神払いを繰り返し、次々と依頼が殺到した。

次々に人々を助ける旦那が誇らしいのか妻の態度も優しくなった。


 道具屋の評判はうなぎ登りで慌ただしい日々が続いたが、酒呑みの道具屋は儲けたお金で酒場に通うのを止めなかった。時には他の客に奢ってもらったり奢ったりしながら楽しい時間が過ぎていく。道具屋は酒場の主人にこっそりお礼を言うものの主人は、そんな話しましたっけ?、と惚けた顔で返した。


 しかしながら、旨い話というのはそんなに長続きしなかった。尾ひれのついた噂話がどんどんと広がる中、道具屋に来る依頼はどんどんと困難なものになっていった。困難、というよりは不可能という方が正しい。どんどんと来る依頼来る依頼、死神が枕元に立っている状態だった。


 一度目の失敗で道具屋が想像するより周りは落胆したのだがそこはどうにか妻が取り繕ってくれた。二度目の失敗で落胆は更に深くなり、三度目四度目と続くと評価は一気にがた落ちしていった。絶え間なく続いていた依頼はどんどんと減っていき、失敗の倍ほど死神祓いに成功してもその悪評は拭えなかった。


 ついには道具屋に助けられたことも偶々だったとか、元から教会で助かっただのと言われてしまう始末。悪評の広まりは好評よりも早くあっという間に道具屋の評判は地に落ちた。元々酒癖の悪かった道具屋は楽観的に酒に入り浸っていたが、妻はそんな旦那にすっかり落胆しきっていて元の険しさに戻っていた。


 そうして一時の栄光が早くも消え去ったある日。やけ酒とたらふく酒を呑んだ帰り道。相変わらず月の光のみの暗い夜道を道具屋はふらふらと歩いていると一人の男に声をかけられた。しゃがれた声が闇から聞こえ道具屋は思わず小さく悲鳴をあげた。


「もし、そなたが噂の道具屋か?」


「あ、え、は、はい。その、多分その噂の道具屋でさぁ」


 儲けているだのの噂だけを聞きつけた物取りかもしれない。道具屋は恐怖に怯えながらも警戒する。


「ならば、助けてほしい者がいる、ついてきて欲しい」


 闇からぬっと現れた声の主は黒いマントを羽織った老人だった。物取りではなく依頼かと安堵した道具屋はついつい頷いてしまった。しまった、と気づいた時には遅く老人はすたすたと歩いていくので道具屋は仕方なくついていくことにした。


 老人についていくこと暫く、たどり着いたのは村の外れにある廃屋。そこの入り口に屈強な身体つきをした男が二人、立派な鎧に身を包み剣を腰に携えている。騎士だ、と道具屋は驚くも老人は一瞥もすることなく廃屋の中へと入っていき道具屋もあとに続いた。


 廃屋の床をミシミシと音を鳴らし進んでいくと奥の広間に一人の男性が寝かされていた。男性の下には魔方陣が描かれていた。


「あらゆる手を尽くしたが回復にはならなかった。頼む道具屋、王子様を助けてくれ」


 王子様と呼ばれた男性はこの国の第一王子だった。道具屋も何度か、村への巡回の儀の際に見たことがある。王族が統治する村々を訪問していく行事が数年に一度行われる。住む世界の違う権力者に興味はなかったが、商売人として顔を売れと妻に言われ渋々行事を眺めていたものだ。


「第一王子は王位継承の争いで第三王子に毒を盛られたのだ。まだ幼い第三王子を操って宰相が権力を得るためにな。だがしかし、今第一王子が死に王位継承にゴタゴタが続けば我が国は滅びの道を辿ってしまう。まだ魔王も倒せていないのに内乱など起こしている場合ではない。道具屋、何とか、いや、何としても王子を助けてくれぬか。お前が最後の頼みの綱なのだ、お前にこの国の未来を託す」


 道具屋に返答すらさせまいと老人は立て続けに事態を説明した。未来まで託される覚えはないし、道具屋は必死に首を横に振ろうとした。何故なら王子の頭、枕元に死神がいるからだ。祓えない、助けられない。


「なぁ道具屋よ、助けられぬと首を横に振ってくれるなよ。外に漏れてはならぬ事情を話したのだ、悪いがお前に話を聞いただけなどという選択肢は無い」


 老人の言葉に呼応して入り口に立っていた騎士がいつの間にか道具屋の背後に立っていた。断れば殺すと暗黙の圧をかけられる。


 首を縦に振るしかないが、だけどもやれることなど何一つ無い。今まで何度も挑戦したものの枕元に死神が現れたなら呪文の効果は無かった。あくまで足元に現れたときだけ効果があるのだ。枕元に現れたなら無力──。


 ふと道具屋はあることに気づいた。まさかである。まさか、死神が間抜けにも居眠りをしているのだ。死神が寝ることなどあるのかと瞼を擦ったが、死神は見事な鼻提灯を作るほど深く眠っている。


 道具屋の頭に一つの案が浮かんだ。まさかまさかの大博打だ。

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