第2話

◼️◼️◼️


「お帰りなさい。おつかれさまでした」


戦闘時の緊張と興奮の反動で心持ち重くなった身体で帰投すると、たおやかな笑みに出迎えられた。

それを見た瞬間スッと疲労が抜けていくような気がするのだから、我ながら現金なものだ。

少し気恥ずかしさを覚えてか、視線を外すように出迎えてくれた女性に頭を下げた。


「おつかれさまでした、絹見さん。サポート助かりました」

「少しでも役に立ったのなら嬉しいです」


受付に招き入れるように歩きつつ、彼女――絹見 静菜は口許に手を当て、少し身体を揺するように笑う。

肩口から下ろされた豊かな髪がふわふわと揺れた。

綺麗に結い上げられたその亜麻色を見るだけでも一分の隙もないお洒落ぶりである。


あの髪の編み方は確かフィッシュボーンとかいったか。あれでは魚の骨ではなくべっ甲細工の方が近いかもしらん。

そんなことをぼんやりと頭の片隅で考えながら思い出すのは、雁首揃えて恨みがましい目を向けてきた同期の男たちのことだった。


考えてる間に受付に到着する。

流れるような所作でカウンターテーブルのような仕切りの向こう側へと回った静菜は、小さな咳払いをひとつ、居住まいを正した。


「――改めまして。怪我ひとつない、ご無事の帰還お見事でした。これより貴方は正式に【サキモリ】の一員となりました。“脅威からの侵食を防ぐ人、未来を守らんとする者”である我々は貴方を歓迎します! ようこそ、五稜 桂吾さん」


これ、歓迎の定型文なんです。少し恥ずかしいですね。などと、はにかみながら小声で伝えてくる静菜。

そんないちいち男心をくすぐってくる姿を前に、これは他の男たちから妬み嫉みを向けられるのも当然だなと桂吾は思った。どこか他人事のように。


「これから3ヶ月間、私と貴方は相棒(バディ)です。一緒に頑張りましょうね、五稜さん」


そう言って胸の前で小さく両手を握る、なにか限りなく尊さを覚える存在が――自身よりも3つ年上の先輩でありサキモリ第7支部のアイドル的存在が、3ヵ月間とはいえ二人三脚で仕事に挑むパートナーになるとは。

己は前世でいったいどれほどの徳を積んだというのだろうか。


「よろしくお願いします。……えーと、絹見先輩」


瞬間、周囲から一斉に舌打ちをされたかのような錯覚に陥った。

実際に音として聞こえたわけではない。

ただ、明らかに針のような視線が背中にいくつも突き刺さっているのが分かる。


つい先ほどまで候補生扱いだった自分の同期にさえ知れ渡っている存在なのだから、当然のごとくファンはそこら中にいる。

ましてこの場所は人の往来が盛んな受付だ。自分達のアイドルに近づく悪い虫予備軍に、注目が集まらない方がおかしいというもの。


乾いた笑いを浮かべればいいのか、それとも喜色満面にニヤければいいのか、あるいは爽やかに微笑んでみせればいいのか、はたまた自慢げにドヤればいいのか……。

もはや混乱しすぎて表情筋が石のように固まっていた。

今しがた済ませたばかりの初陣よりもよほど神経が磨耗する状況に内心で頭を抱えた。


戦闘による負傷の心配よりも胃に穴が空くのではないかという不安の方が遥かに大きいという事実に愕然としながら、桂吾の新生活は幕を開けたのだった。


新人サキモリ研修終了まで、残り90日。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オペレーション・オペレーターズ ~戦場を駆けるにはパートナーが必要です~ @tunonashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ