第2話 新しい土地で初出勤

身支度を整えて、この土地の薬剤師ギルドに初出勤した。もちろんザザとララも一緒だ。


「僕はマルセル。イズ薬剤師ギルドへようこそ、ハヤトさん」

「はじめましてハヤトだ。この子がザザでこの子がララ」

「うわあ可愛いなあ。ザザちゃんはレディだね、ララちゃんは元気いっぱいだねえ。可愛いなあ」

ザザとララはマルセルに撫でられてご機嫌だ。


「うちのギルマスも動物好きなんだ。仲良くしてあげてね。…そのギルマスなんだけどハヤトさんと入れ替わるようにトキオに行っててね、来週には会えるよ」

「そうか、俺は何から始めたら良い?」


マルセルが俺の研究室に案内してくれた。

「最低限の設備だけ運び込んであるよ。次に案内する倉庫で必要なものがあったら申請してから研究室に運び込んでね。ザザちゃんとララちゃんのことを聞いていたから研究室は一階にしたよ」


壁一面の大きな窓は扉になっていて、ザザとララが中庭と研究室を自由に出入りできるようだ。ありがたい。研究室を整えているとザザとララが外に飛び出していった。家から持ってきた敷物や水入れを置いてやると、戻ってきて寛いでいる。


「これでひと段落かな?」

「手伝ってくれて助かった、ありがとう」

「いえいえ。それで…これがハヤトさんの納品リスト。ハヤトさんに作って納品して欲しい薬品の量と締め切りが書かれているよ。今はかなりスケジュールに余裕があると思うから、余った時間で新薬の研究も出来ると思う」

「ありがとう、さっそく取り掛かるよ」


良心的なスケジュールだった。大規模災害が発生したり、病気の流行があったりすると途端に忙しくなるが薬剤師ギルドは基本的にホワイトだ。



「ハヤトさん、ちょっと良いかな?」

納品リストにあった傷薬を仕上げたタイミングでマルセルが声を掛けてきた。


「そろそろお昼でしょ、よかったら一緒にどう?」

自分が返事をするより先にザザとララが立ち上がってマルセルに駆け寄る。

「可愛いなあ。ザザちゃんとララちゃんに気に入ってもらえそうなお店に案内しないとね!」


マルセルが候補にあげた中から1番ザザとララの反応が良かった店に来たが大当たりだ。


「美味いな!」

ザザとララも、ガッフガッフ食べている。

「イズは海鮮が美味しいからね。ヌマヅ丼やスルガ丼は一度食べて欲しかったんだ。海鮮の鍋も美味しいよ。海鮮以外だとミシマクロケットやイノシシ鍋もおすすめ。サクラエビ焼きそばも美味しいよ」


視線を感じる…


「ザザちゃんとララちゃんがハヤトさんを見てるよ、可愛いね」

「今日の晩飯はコロッケにするか?」

「ワフッ!」

今日の献立が決まった。


「後で美味しいお店を教えるね。地元のジャガイモを使っていることが条件なんだけど、いろんな種類があるんだ」

ザザとララがマルセルに尻尾を振っている。すっかり懐いてしまったが大歓迎だ。マルセルはいい奴だ。小さなララはマルセルに抱かれて腹を晒している……懐きすぎだぞ。


「おい!」

2人と2匹で食後のお茶を飲んで寛いでいると見知らぬ男が乱暴に声を掛けてきた。


「ロボさん…いくらS級冒険者でも失礼ですよ」

マルセルが注意してくれたが、あいつS級なのか。高身長なイケメンでスタイル抜群な筋肉質ボディでランクが高くて高収入でも…ないな。これはない。ザザが警戒して唸っているがめなくていいだろう。


「わ、悪い…。だが、その子は…」

ロボと呼ばれたS級がマルセルに抱かれたララに手を伸ばす。


「何するんですか」

マルセルがロボの手を乱暴に払う。


「その子は俺の同胞だ!」

「…ロボさんはフェンリル族でしたっけ?」


「そうだ。そのふわふわムチムチなポテ腹、丸々とした二頭身ボディ、フサフサの尻尾、太くて短いドスコイ脚、間違いない!」


ララがプルプルと震えている……怒りで。

ザザと俺からも殺気がダダ漏れだ。マルセルから冷気が漂う。


「茶色くて柔らかいフワフワの毛皮が可愛いだけでララちゃんはスマートだよ。黒くて大きなお目目も可愛いね。あんな失礼なおじさんの侮辱に耳を貸す必要はないからね」


S級冒険者を完全無視してララに話しかけるマルセルは良いおとこだ。


「これが証拠だ!」

ロボがララに術をかけると、ポンっとララが人化した。3歳くらいの美幼女だ。


「うわあ、可愛い!」


ララが人化した。

ララは魔犬ではなくフェンリル族だったのか……マルセルの言う通りララは人化しても可愛いな。


「じゃじゃ! やと!」

ザザと俺を指差して名前を呼んでくれた。ハヤトが言えなくて“やと”か…可愛い過ぎるだろう。ザザが人化したララを爆舐めだ。ララが俺に腕を伸ばしてきたので抱きとめるとララの匂いがした。いつものお日様の匂いだ。


「まりゅ!」

俺に抱かれたララがマルセルを指差す。

「うわあ、嬉しいな。僕の名前も呼んでくれた!」


「俺はその子のツガイに立候補する!」

完全に存在を忘れていたS級冒険者が何か言った。

「待望のメスの同胞だ。一族のことも俺なら教えてやれる」


「そろそろ休憩も終わりじゃないか?」

「そうですね、戻りましょう」

「腹一杯で昼寝したいな!」

「だめですよお、ハヤトさん! キリキリ働いてくださいね!」

「ハハハ! マルセルは厳しいな! アハハハハハ!」


引き続きS級冒険者が何か言っていたが無視して帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る