第4話 ロボの異動

「俺が不在の間にそんなことが…」


1週間後、トキオでの会議を終えた薬剤師ギルドの豊作ほうさくギルマスが帰ってきた。


「割り当てられたリストの中で麻酔薬を優先して作成済です」

「それは退職の意思か?」

「ギルマス同士で話し合ってください。満足のいく結論でなければ退職もやむ無しですね」


ギルマスが青ざめて項垂れる。

麻酔薬作りを得意とする薬剤師がギルドに不足しているからだろう。


 この状況でハヤトが退職すると、責められるのはロボとロボを押さえられなかった冒険者ギルドだ。

 しかし麻酔薬が値上がりするのは避けられないし、そうなったら困るのは怪我や病で苦しむ一般の人たちだ。


 薬作りは向き不向きがあり、不得意ジャンルの薬作りは調合に失敗することが多く、原料が無駄になる。特に麻酔薬の原料は貴重なのだ。


「えっと…もし退職した場合…」

「民間の製薬会社に転職する」


薬剤師ギルドに就職したのは祖父の影響だ。薬で金儲けをしてはならないというのが祖父の教えだったが、この場合は仕方ない。おれの年俸が大幅にアップだ。国内で流通する麻酔薬の価格も大幅にアップするだろうが仕方ない。


「臨時のギルマス集会に行ってくる…」

豊作ギルマスが胃を押さえながら出掛けていった。

薬剤師ギルドで働く者たちは、利益を追求するよりも「医は仁術なり」(医は人命を救う博愛の道である) という格言をモットーとする人間ばかりなのだ。豊作ギルマスも麻酔薬の値上がりを恐れているのだろう。


「麻酔薬、多めに作っておこうか?」

「お願いします。でもさすがですね、僕の場合麻酔薬の調合成功率は調子の良い日でも60%ですよ」

「ああ、この相性ってのは不思議だよな。祖父は鎮痛剤と相性が良かったが麻酔薬との相性はイマイチだった」

「ハヤトさん、鎮痛剤は得意?」

「30〜40%の成功率」

「ありゃあ…」


ハヤトが大量の麻酔薬をミスなく作り終えたタイミングで豊作ギルマスが戻ってきた。


「ザザちゃんとララちゃんはミルクね」

マルセルがコーヒーを淹れてくれた。ザザとララにはクッキーまである。


「それで…どんな話し合いでしたか?」

「小次郎は白髪が増えてた。可哀想だったがハヤトの条件を伝えたら、ますます青くなってた」

「ロボは異動ですか?」

「すでに冒険者ギルド内で異動先を調整中らしい。ワイハ島での仕事が終わるまでに異動先を見つけると言っていた」

「良かったですね!」

ザザとララも満足そうにうなずいている。


「冒険者ギルドに抗議の電話が殺到しているらしい。主に幼い娘を持つ親から」

「ああ、ハヤトさんのSNSですね…」

「これは強制ではなく、お願いなんだが…ロボがイズに戻らないことを発信してもらえないか」

「いいですよ」

「そうか! ありがとう!」

豊作ギルマスが嬉しそうだ。小次郎ギルマスを心配しているのだろう。



「ロボが戻らないことが決まってた割に長かったですね?」

マルセルの質問に豊作ギルマスがため息をつく。


「ギルマス集会は荒れた。超荒れた。商業ギルドの桃子ギルマスが小次郎を責め立てて…」

「桃子ギルマスのお嬢さんて3歳でしたっけ」

「ああ、桃子ギルマスの中でロボは犯罪者だ。それを聞いた医学ギルドの雛子ギルマスが怒った」

「ロボに熱烈アプローチしていた雛子ギルマスですか…」


「もう結論が出ていて、ロボの異動を確認するためだけに集まったのに、桃子ギルマスと雛子ギルマスの喧嘩と仲裁で3時間…職人ギルドのギルマスも漁業ギルドのギルマスも農業ギルドのギルマスも総出で2人をなだめた」

「今後も揉めそうですねえ…」

「うん」

豊作ギルマスがゲッソリしていた。


その夜、ロボの異動がほぼ確定でイズに戻らないことをSNSで発信して寝た。

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