夕暮れ
きよ
第1話
あるゴミ収集所に、同じ家から出された三台の粗大ゴミが捨てられていた。
昨日が一般ゴミの収集日だったので、三台以外は何もない。
いつもは精力的に飛び回り袋を突くカラスも、今日は電線に止まって退屈そうにしている。
「我々が捨てられてから、三日が経ちますね。」
とテレビ。
「そうっスね。」
と勉強机。
「でもそれも今日で最後ですね。」
掃除機が長い首を右後ろにひねりながら言った。そこに、粗大ゴミであることを示す紙が貼られているのだ。その紙には、「粗大ゴミ」という大きな文字と今日の日付が書かれていた。
「そっスか。残念です。」
ちっとも残念ではなさそうに勉強机が言った。それとは反対に、テレビは悲しそうだ。そんなテレビの様子に気付いた掃除機がテレビに話しかけた。
「どうしてそんなに悲しそうにしてるんですか。」
「…つい五年くらい前までは毎日のように囲まれていたのに、今こうしてここにいるのがなんだか寂しくてね。」
「お察しします。」
掃除機は言った。
「 私も壊れる前は、家の人がよく使ってくれました。」
そう言うと、掃除機はコードで涙をそっと拭った。それを見たテレビと勉強机は、演技だな、と思ったが、何も言わなかった。そんな白々しい演技でさえもどこか心を打つものがあったからだ。
掃除機は続けて言った。
「持ち主の家にはよく蜘蛛が出ましたよね。私はよくその退治用に使われましたよ。」
テレビと勉強机は頷いた。
「覚えてます。いつも子供達があなたで蜘蛛を吸おうとしたんっスよね。」
「そう、子供達は自分で直接蜘蛛を取るのが怖かったんでしょうね。それで私を使った。私だって、蜘蛛が怖いのに。」
「蜘蛛を吸わされたあとは、いつも顔が死んでました。」
「もう本当、やめて!って感じでしたよ。」
そう言って掃除機は笑った。
勉強机が言った。
「僕はずっと子供部屋に置かれていたので、子供達の寝言を聞くのが毎日の楽しみでした。」
「へえ、どんな寝言だったんですか?」
テレビと掃除機は興味を示した。
「ある夜、突然次女が言うんスよ。ごめんなさい!もう悪い事しないから、先にお姉ちゃんを食べてってね。隣で寝ている長女はそれを聞いて起きるわけですよ。でも寝ている次女はそれに気付かない。しかも寝言で、姉の美味しい調理法まで言い始めるんですよ。塩コショウ振って、仕上げに醤油をかけるときっと美味しいよって。それを聞いて長女が寝ている次女に、ちょっとそれ、どういう意味⁉︎って怒るんです。でも次女は起きない。真剣に寝言を言い続けてたんっスよ。」
三台は盛大に笑った。
「そうそう、私もそんなことがありました。」
笑いがひと段落してからテレビが言った。
「末っ子が留守番させられた時でした。お母さんはテレビ見ちゃダメよって言って買い物に行ってしまいました。最初は一人遊びしてたんですが、一人ではつまんなかったのか、途中から私を見だしましてね。しばらくして、CMなのにチャンネルが変えられないなって不思議に思って見てみると、寝ちゃってたんですね。そして、そこへお母さんが帰ってくる。私は焦りましたよ。これじゃ、この子が怒られちゃうって。お母さんがインターホンを押した時、思わず、誰もいません!って言っちゃいそうになりました。私が声を出したら、人間が怖がると分かっていたのだけれど。でも、ようやく末っ子が起きたんです。それからはすごかったですね。光のスピードで私の電源を切って、リモコンを元に戻す。それから鉛筆出して宿題広げて、お母さんにおかえりーって声を掛ける。私はあんなに素早く行動する末っ子を今まで見た事がなかったので驚きました。」
掃除機と勉強机は思わず笑った。
「でもね、この話にはオチがあるんですよ。お母さんを家に入れるまでは完璧だったのに、最後に自分から、忍たま乱太郎なんて見なかったよって言っちゃったんです。それでバレて、怒られっちゃったっていう。」
テレビはそこまでを神妙な顔で言うと、堪えきれなくなったのか、ふふふと笑い出した。
勉強机と掃除機はそれを生暖かい微笑みで見守った。
雲が風に乗って移動し、太陽の光が三台を明るく照らした。
「子供達がまだ小学生だった頃、動物園にいつも行きたい行きたいって話してましたね。」
「唐突っスね。」
ちょっとずれた話題を提供する掃除機と、苦笑いしながらもツッコんであげる勉強机。
「特に長女は、いつもキリンが見たいって騒いでたなぁ。私も首が長いのに、キリンみたいには好かれませんでした。」
不満を言いながらも、掃除機は懐かしそうに目を細める。掃除機は空を仰いだ。鳥が何羽か飛んで行くのが見えた。
「でも…もう関係ないか。」
寂しそうに呟く。
「最近は、家にいても誰も私を見ないで、スマートフォンに目線を落としていて。そう考えたら、私は捨てられて当たり前なのかもしれないですね。こちらとしても、捨てられた方が気持ちが楽ですし…。」
とテレビ。
「私がいなくなったら自動で掃除をする丸いやつを買うんだって、次女が言ってました。」
と掃除機。
「末っ子が高校を卒業してからは、ただ大きくて邪魔だって、僕は煙たがられました。落書きも子供の重みもこの一身に受けてきたのに。」
と勉強机。
しばらく流れる沈黙。
三台の前をカラスが通り、猫が通り、学校帰りの子供達が通った。
深い、ため息をついた。そして、あとの二台も同時にため息をついていたことに気付く。
三台はオレンジ色の空と、沈んでいく太陽を眺めた。
「でも…やっぱり、最後まで見守りたかったな。」
誰かが言った。
「私達がいなくなった後も、あの一家には幸せでいてほしいな。」
誰かがつぶやいた。
「また、帰って来れるのかな。」
誰かが聞いた。
しかし誰も答えない。三台とも答えは分かっているからだ。そして、それを口にしたら、だいぶ前からそこに待機している熱いものが落ちるだけだという事も分かっている。
掃除機は上を向いて目をつぶり、テレビはうつむき、勉強机は遠くを見つめた。
おそらくこれが最後であろう、静かな夕暮れのひと時を静かに過ごす。
しばらくして、三台はトラックに乗せられた。
トラックが音をたてて走り出すと、そこには何も残っていなかった。
夕暮れ きよ @KiyoOrange
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